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建設業界は変わらなければならない! 震災を契機に独立・開業~ハタコンサルタント

建設業界は変わらなければならない! 震災を契機に独立・開業~ハタコンサルタント

(2012年12月27日更新)

 
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『お客様に感動を与えるエクセレントカンパニー』は、人に感動を与えるCSエクセレントカンパニーを取材し、経営トップの思いや人材育成ほか様々な取り組みをご紹介した1冊です。今回は、本書のなかから、実践に基づくコンサルティングで建設業界全体の進歩向上を目指すハタコンサルタント株式会社様をご紹介します。

 

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■阪神・淡路大震災を契機に独立・開業を決意

 

ハタコンサルタント株式会社は、建設関連会社を対象とする各種コンサルティング、およびセミナー開催を専門に手がけている。企業向けのコンサルティングを行う会社は数多く存在するが、建設関連だけにターゲットを絞っているケースは非常に珍しい。なぜ建設業なのか――それには、創業社長である降籏達生が、どのような経緯でこの会社を始めたのかを振り返らなければならない。

 

昭和三十六年二月に神戸で生まれた降籏は、中学生のとき、『黒部の太陽』という映画を観た。富山県の黒部ダムと、それに通じるトンネルを建設した男たちを描いた作品だ。数々の苦難を乗り越え、物づくりに命をかける人々の姿にとても感動し、自分も将来建設の仕事を生涯かけてやってみたいと思ったという。

 

果たして、大阪大学工学部土木工学科を卒業後、実際に黒部ダム建設に携わった株式会社熊谷組に入社。希望の部署を尋ねられたとき、「ダムやトンネルをつくりたくてこの会社に来ました。私は『黒部の太陽』のような仕事がしたいんです」と答えた。昭和五十年代当時、熊谷組は、日本アルプスから静岡県にかけての範囲でダムやトンネルを多く手がけていた。そのため、これを担当する名古屋支店の配属となった。ついに子どもの頃から抱いていた夢を実現させたのである。

 

現場監督になった降籏は、主にダムやトンネル、橋梁の工事現場を担当し、充実した日々を送っていた。山間僻地で長期間滞在する仕事が多く、地元の人々に温かく迎えられながら、休日には登山やスキーを楽しんだ。やがて社内恋愛の末に結婚し、幸せな家庭を持つこともできた。

 

順風満帆な生活だったが、降籏には「十年間勤めたら独立して事業を始めたい」という目標があった。ただ、会社を辞めて具体的に何をしたいのか、いくら考えても答えが出ない。やりたいことが決まらないのに退職するわけにもいかず、十年が過ぎ、十二年が経とうとしていた平成七年一月十七日、午前五時四十六分、阪神・淡路大震災が起こったのである。これが大きな転機となった。

 

神戸の震災が発生したとき、宿舎で寝ていた降籏は、強い揺れを感じて飛び起きた。テレビをつけると、自分が生まれ育った街のあちこちで火災が起こり、たいへんな惨状となっている。すぐに飛んで帰ったところ、両親は無事だったが、実家の建物は被害を受けた。それどころか高速道路が倒れ、丈夫なはずのビルも無残に折れ、街は見る影もなく崩壊していた。

 

降籏は大きなショックを受けた。人を守り、人を幸せにするはずの建設物が壊れて、人を傷つけてしまったのだ。確かに強い地震ではあったが、それを言い訳にはできない。人を傷つけるようなものをつくってきた建設業界そのものに、大きな課題が突きつけられたように感じた。

 

「建設業界は変わらなければいけない。自分は業界の変革の旗手にならなければいけない!」

 

そう思った降籏は居ても立ってもいられなくなり、辞表を提出してその年の三月いっぱいで会社を辞めたのである。何ができるのかはわからないが、とにかく動き出さなければいけないという気持ちだった。しかし、大志はあったものの、現実のビジネスは厳しかった。

 

 

■ISOコンサルティングに取り組み、事業の基盤を確立

 

生活の基盤を築いていた名古屋で事務所を開き、施工計画の提案や図面を書く仕事を受注しようと営業に回ったが、どこの建設会社に行っても門前払いされてしまう。改めて「熊谷組」の看板の大きさを感じたが、手をこまぬいているわけにもいかない。情報を集めているうちに、震災後、復興が進む神戸大阪地域で建設技術者が不足しているのがわかり、熊谷組時代からの人脈を生かして、名古屋から阪神方面へ技術者を派遣する業務を手がけた。

 

二年ほど経って復興需要が落ち着いてからは、国内ゼネコンの多くが進出していた東南アジアへの技術者派遣に取り組み、一定の成果を得た。しかしこちらも間もなく需要が減り、やがて「毎日が日曜日のような状態」になってしまった。

 

そんな折、建設省(現国土交通省)が、建設会社に対してISOシリーズの認証取得を推奨したことから、建設業界でISOを採用するのがブームになった。そして知り合いの建設会社から「ISOを取得するためのコンサルティングができる人を知りませんか?」と尋ねられたことをきっかけに、降籏はISOのコンサルティングに取り組むことを決めたのである。

 

ここで、降籏の建設業における経験が存分に生かされることになる。その頃、製造業出身でISO取得のコンサルティングを行う人はたくさんいたが、建設業出身でそれを手がける人は、少なくとも中部地域ではほぼ皆無という状況だったのだ。降籏のもとには依頼が殺到し、今度は休みどころか、睡眠時間もとれなくなるほど忙しい日々が続いた。そうして数年の間に百数十社のISO取得を支援したことで、降籏は業界関係者から篤い信頼を獲得するにいたったのである。

 

最初は個人事業であったが、この頃、「ハタコンサルタント株式会社」として法人化した。また、清水建設株式会社出身の三浦規義という頼もしい仲間も得て、「建設会社で経験を積んだ技術者によるコンサルティング」という同社ならではのスタイルが確立したのである。

 

ハタコンサルタント株式会社

代表者/代表取締役 降籏達生

創 業/平成十年十一月  設 立/平成十二年九月

住 所/愛知県名古屋市中村区名駅四-二-二八 名古屋第二埼玉ビル

電 話/〇五二(五三三)九六八八(代表)

URL/http://www.hata-web.com/
 


 

exce.jpg『お客様に感動を与えるエクセレントカンパニー』

(PHP研究所/2012年9月)

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