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率先垂範~松下幸之助「人を育てる心得」

率先垂範~松下幸之助「人を育てる心得」

(2016年5月25日更新)

 
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指導者は身をもって範を示す気概をもたなくてはならない

 
*  *  *
 
真理の探究とそれを人びとに説くことに生涯をささげた哲人ソクラテスは、彼の考えを危険視する時の政府によって、死刑の宣告を受けた。
 
その死刑の執行を前にして牢獄に日を送るソクラテスに、友人たちは逃亡をすすめ、実際にその手だてを計画した。ところがソクラテスは頑としてそれを拒否したのである。そしてこういったという。
 
「私はこれまでの半生を通じて、人びとに国法を守るように説いてきた。国法があやまっていたり不当なものである場合、それを言論によって改めることは大切だが、国法である間はそれに従わなくてはならない。そう説いてきた私が、今不正な目にあっているからといって、死を恐れ、自分の言を破ることはできない。人間にとって大事なのは、ただ生きることではなく、よく生きる、正しく生きることなのだ」
 
そして従容として死刑の毒杯をあおいだというのである。
 
立派な教えを説くことは大事である。それによって人びとに正しい道を歩ませ、世の中をよりよいものにしていくのだから、うまずたゆまず説かなくてはならない。しかし、同時に大切なのは、それを身をもって実践し、範を示すようにつとめていくことである。“百日の説法屁一つ”というようなことわざもある通り、どんなにいいことを説いても、そのなすところがそれと反していたのでは、十分な説得力をもち得ない。
 
ソクラテスは、釈迦、キリスト、孔子とともに“世界の四聖”といわれている。それはもちろんその教えがきわめて高い哲理であるからでもあろう。それとともに、ソクラテスがみずからの教えを自分の命を捨て、身をもって範を示したことが、それを万古不易のものとしているのではないかと思う。みずからの教えに命をかけて殉じたその態度が粛然として人びとの胸を打ち、限りない尊敬の念を湧き立たせるのである。
 
指導者というものは、いろいろなかたちでみずから信ずるところ、思うところを人びとにたえず訴えなくてはならない。と同時にそのことを自分自身が率先実践することが大事であろう。もちろん、力及ばずして一〇〇パーセントは実行できないということもあると思う。というよりそれが人間としての常かもしれない。しかし、身をもって範を示すという気概のない指導者には、人びとは決して心からは従わないことを銘記しなくてはならないと思う。
 
 
【出典】
 
 
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