課長職にマネジメントの革新を!
RSS

吉田秀雄、電通「鬼十則」

吉田秀雄、電通「鬼十則」

(2010年12月16日更新)

 
  • はてなブックマーク
  • Yahoo!ブックマーク
  • Check

「広告の鬼」の異名をとる電通第四代社長・吉田秀雄が下した決断の背景に迫る第2回。

 

 

 

*  *  *

 

人間・吉田秀雄に学ぶ経営・仕事のコツ

吉田は冷徹な経営者だったと伝えられているが、むしろ親分肌で得意先に融通を利かせるほうだった。あるとき、得意先の三共製薬が窮地に立ち、その波紋が電通に及びかけたとき、吉田は全社員にこう言ったという。

 

「三共さんは永い間のお得意さんである。もしひっかかって万一のことがあっても、それで電通がつぶれる事もあるまい。もちろん大きな損害と痛手は、こうむろう。しかし、考えてもみよ、人が弱目の時逃げる事こそ、常々の道義をわきまえぬ仕方だ。かりにそれで電通がつぶれたにせよ立派に世間に筋道は通る。こういう時にともに苦しんでこそ、本当の代理業である。心配するな。今危急のときにあるお得意さんにもっとも大切な資金といえば広告だ。広告をとめることこそ致命的だ。逃げてはならん。むしろ一層その手足となって協力しなければなるまい」(片柳忠男『広告の鬼・吉田秀雄』原文ママ)

 

苦労人のゆえか、侠気もあり、本来お得意との共存共栄を願っていたのである。こうした思いからすれば、中山太陽堂事件への対処が特別な信念によるものであり、たんなる報復措置ではなかったことがよくわかる。

 

その太陽堂に対しても、後に京都での会議に出席中、太陽堂社長の中山太一の訃報に接すると、吉田はただちに役員を連れて大阪の中山家を弔問に訪れている。義理人情にかたく、情に厚い人間味が窺い知れよう。

 

今日、吉田に学ぶことは何であろう。

 

それは、正しい仕事をめざす、仕事の意義をより高く昇華していくという姿勢ではないだろうか。「鬼」といわれたように仕事への情熱は並大抵ではなかった。自ら社員に示した「鬼十則」は、仕事の意義、そしてそれに取り組むために社員としての修養のあり方を示したものである。この教えはビジネスマンとして、個としての能力を存分に発揮することが、いかに個人にとっても組織にとっても重要であるかを問うている。

 

厳しい要求だが、その根底にはやはり人間愛が垣間見える。仕事への情熱と友愛の精神、それがビジネスマン吉田秀雄の身上であり、自身の魅力の原点もそこにあったといえよう。

 

昭和38(1963)年、吉田秀雄は、五十九歳で逝去する。あまりにも若いその死は、多くの人に惜しまれた。吉田自身もまだまだ為したいことがあったであろう。もっとも、それ以上に悔やまれることとして、生母より早く旅立たざるを得なかった親不孝を生母に詫びたかったかもしれない。

 

【鬼十則】

一、仕事は自ら「創る」可きで、与えられる可きでない。
二、仕事とは、先手先手と「働き掛け」ていくことで、受け身でやるものではない。
三、「大きな」仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。
四、「難しい仕事」を狙え、そしてこれを成し遂げる所に進歩がある。
五、取り組んだら「放すな」、殺されても放すな、目的完遂までは。
六、周囲を「引き摺り廻せ」、引き摺るのと引き摺られるのとでは、永い間に天地のひらきが出来る。
七、「計画」を持て、長期の計画を持って居れば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
八、「自信」を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。
九、頭は常に「全廻転」、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。
十、「摩擦を怖れるな」、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。

 


 

渡邊祐介

わたなべ ゆうすけ

PHP研究所 松下理念研究部長。専門分野は、松下幸之助研究・日本経営史。松下幸之助を含む日本の名経営者・実業家の経営哲学の研究。また、経営学の諸理論とくに組織論・マネジメント論と松下経営哲学の関連性について興味を持ち、考察を深めている。


メールマガジン

更新情報をメルマガで!ご登録はこちらからどうぞ