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松下幸之助の人材育成

松下幸之助の人材育成

(2014年7月 4日更新)

 
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松下幸之助の人材育成観とはどのようなものであったのか。キーワードを紐解きながら、ご紹介します。PHP研究所は、松下幸之助の人づくりへの哲学をベースに、企業・組織の社員研修・人材開発をサポートしております。

 

松下幸之助の人材育成観とPHPゼミナール

PHP研究所は、松下幸之助が敗戦による混乱と貧困の中で、人間にとっての真の平和・幸福・繁栄(Peace・Happiness・Prosperity)とは何かを考える場として、昭和21年(1946)に創設しました。その後活動を月刊『PHP』発行のみにとどめておりましたが、昭和36年、京都東山山麓真々庵にて活動を再開。爾来、PHPに関する研究、出版、普及活動を続けるなか、昭和52年5月、PHPの研究成果を実践するために、PHPゼミナールを開講しました。
 
PHPゼミナールは、これまでに全国1万社以上、25万人を超える社員の研修実績があります。いわゆるハウツー研修ではなく、「何のために働くのか」「何のために生きるのか」といった根源的な問いかけに向き合う「人間研修」として、年々高いご評価をいただいております。現在では、経営幹部から、管理職、新入社員まで、階層別の公開研修を実施しておりますが、各コースとも、松下幸之助の人づくりの哲学を基軸にオリジナル開発したものです。
 
PHP公開セミナー体系
 

松下幸之助 人材育成の考え方

松下幸之助は生来病弱であったから、みずから先頭に立って仕事を進めることがむずかしく、いきおい人を信頼し思い切って仕事を任せざるをえませんでした。そうすると、任された人はいきいきとそれぞれの持ち味を発揮し、期待に応えてくれる場合が多かったといいます。
また創業当初の松下電器(現・パナソニック)は無名の町工場であり、有能な人材の獲得は、なかなか思うにまかせませんでした。それだけに松下幸之助は、人材育成に格別の力を注いでいきますが、そこには基本的な人間観、人材育成観がありました。
 
 
 
 

人間は無限の可能性を秘めている

“玉磨かざれば光なし”という言葉もあるように、ダイヤモンドのような宝石でも磨かなければ、ああした光輝く状態にはならない。けれども、ただの石をいくら磨いても、ある程度ツヤが出てくる程度で決して宝石のようにはならない。宝石としてのすぐれた本質がないわけである。
 
動物でも教えればサーカスなどでみるようにある程度の芸はできるようになる。けれどもそれ以上に自分でいろいろ工夫して、何かを創造していくことはできない。そこへいくと人間ははるか離れた月にまで到達したり、さらに遠い火星へでもロケットを送り込んで、この地上から操作するといった神わざのようなことでもできるのである。ただ人間でも、教えられ、きたえられなければそうした偉大な本質も十分発揮されない。かつてインドで狼に育てられた二人の少女が発見されたが、発見当初の行動は人間より狼にきわめて近いものだったという。
 
だから人を生かし、その人の可能性を最大限に発揮させるためには、やはり教えるべきは教え、きたえるべきところは厳しくきたえなくてはならないし、また同時に一面で目標を与え、仕事をまかせることによって自主的な創意と努力によって自分を磨き高めていくようにするといったことが大切になってくるわけである。
『人事万華鏡』(PHP研究所)
 

社員稼業

だから、一つの仕事をもって世に立つ、社員なら社員としての職をもって世に立つということは、本質的には独立していることである。皆さんは何々の社員という会社の社長である、こういうように考えてはどうか。おれは社員だ、その社員という稼業の社長が諸君である。私もそうである。そういうような襟度〈きんど〉に立って物事を見れば非常に愉快であります。(中略)しかしそういうような高い襟度をもって終始一貫する人は非常に少ない。いわゆる社員稼業という独立稼業の経営をしているんだ、こういうような襟度をもって仕事をしておられる人は少ない。そう思うても、いつとはなしにいわゆる世間でいう社員気質、サラリーマン気質になってしまう。そして使われているというような気分になってしまう。
松下幸之助
使われているということを広義に解釈すると、この松下電器も世間から団体として使われているわけですね。「松下、おまえこういうものつくれ」「はい、承知いたしました」と言うて、三万五千人の人が社会から使われているのである。それと同じことであって、諸君は、「きみ、こういうことやったらどうや。こういうようにしたまえ」と言われることには、「承知しました」と言う。しかしこれは使われているんやない。それはそういう一つの職業に生きているわけである。独立自営の職業である。そういうように解釈をしたならば、私は非常に心がひらけてくると思う。実際そのとおりです。本質はそのとおりであります。
 
新入社員導入教育での講話
昭和37年(1962)4月3日、於・松下電器本社
 

自主責任経営

それはけしからん。課の責任は君一人の力じゃないか。かりに部下が悪ければ、どうもあれは適性がないから他に使ってもらいたいと、いくらでも会社にいえる。それをいわないで、べんべんと使っているのはやはり君の責任じゃないか。ボクも会社の社長として、うまくいかない場合に、どうも社員が悪いからといいわけする意思は全然ないんだ。こういう話をしてきている。
 
第1回「関西財界セミナー」での講話
昭和38年(1963)2月7日、於:白浜・ホテルパシフィック
 

最高の熱意

経営者の適性といいますのは、人によっていろいろ考え方があるでしょうが、私は、経営者というものは、知識才能が最高でなくてもよいと思う。しかし、その会社を経営するという熱意だけは、これは最高でなくてはいけないと思う。(中略)その熱意さえあれば、知識才能のある小僧さんや番頭さんが生まれますよ。そしてその人たちがみんなやっていきます。ところが経営者に熱意がなかったら、知識才能があっても会社はバラバラになってやっていけないですよ。みずから知識才能があり熱心であれば、これは鬼に金棒だけれども、こいつは往々にしてワンマンになる。だからある程度は補うことができるけれども、ある程度はやりすぎることがあるのです。だから知識才能があり、かつまた熱意もあるということは、いいけれども最高じゃないですね。
『日本粧業』誌上での対談
昭和35年(1960)1月1日号
 

素直な心

私は、素直な心になってやっていただきたいと思うのです。素直というのは、ただおとなしくという意味ではありません。素直な心というのは、ものの実相を見いだすことができる心ということであります。この素直な心がなければ、ほんとうの強さというものはないのであります。(中略)邪心をもって物事を見ると、いろいろなものにとらわれて、ほんとうの姿を見失うと思います。それではいけない。だから、われわれは常に何が正しいかということを考えつつ仕事を進めますが、その根底をなすのは、素直な心でものを見ようということです。
松下幸之助 素直
いいかえますと、白は白と見えるように、青は青と見えるように、黒は黒と見えるように素直にものを見ていこうと、こういうことであります。そうすると、白を黄色に見たり、赤色に見たりするようなことはなかろうと思いますから、判断に過ちがないと思うのです。ですから、素直な精神というものをもてば、強く正しく聡明〈そうめい〉にあいなる。そういう精神、心があれば強くなる、聡明になっていく、だから実相が分かる、こういうことであります。
 
新入社員への講話
昭和43年(1968)10月24日、於・松下電器本社
 
 

PHPゼミナール(公開コース)のご案内

PHP研究所では、こうした人間観・人材育成観にもとづいて研修事業をすすめています。
昨今、わが国の産業界を取り巻く環境は激変し、組織も個人も変革を迫られています。その中で、社員一人ひとりに求められているのは、自分の意志と創意工夫で事に当たり、結果責任を負うという当事者意識をもった生き方・働き方への転換ではないでしょうか。
 
「現在の仕事に安住して新しいことを生み出せない」
「将来に対する危機感が弱い」
「昇格しても以前のやり方が変わらない」
「リ ーダーとしての将来ビジョンが描けない」
 
PHPゼミナールは、「人材の無限の可能性を引き出す」「自ら育つ力を引き出す」というアプローチから、これからも貴社の社員研修ニーズにお応えしてまいります。
 
 
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