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多様性を活かすリーダーの統治【コラム】~張琴

多様性を活かすリーダーの統治【コラム】~張琴

(2010年10月26日更新)

 
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昨今、「多様性の尊重」という名のもとに、人の言動に対して無関心になっている人が増えていると感じています。時に、多様性という他との「違い」を「間違いだ」と決めつけたり指摘する人もいます。なかには、「自分の思い通りにならない」ことを「自分の話しを聴いてもらえない」とすり替えたり、他の意見を排除する人もいます。

 

本来、意見とは自分の見解であって、そこには責任が伴います。意見に対して唱えるものを「異見」と言い、ここにも責任が伴います。双方に責任意識が伴わない限り、対立から調和を生み出すことは困難です。対立がいけないのではなく、対立のままで放置することが良くないのです。では、「異見」を唱えるときの責任とは何なのでしょうか?

 
まず一つ目が「尊重」です。尊重とは、他の立場に立って一度考察してみることであり、話に耳を傾けて意図を汲むことであり、相手が話す機会を重んじることに他なりません。相手の意見の価値が尊いか否かということではなく、意見そのものが現場の生の声であるならば、それが尊いのです。アフリカで蚊取り線香を売るとして、「蚊がいなくなる」と説明しても売れないでしょう。しかし、「火種」と言えば売れるかもしれません。これが相手の目線に立つことです。
 
二つ目は「学ぶ姿勢」です。特に、多様な考えや行動を利用して効果的な議論するためには、他の「異見」に学ぶ姿勢が必要です。どのような「異見」であったとしても、そこから学べることはたくさんあります。
 
そして、学びを得るために必要なことが感受性の高さです。三つ目の感受性とは、「言ってみて、聴いてみて、やってみて」、それを相手のせいにせず自分で噛みしめ味わうことです。「異見」を言った後に起こることを自分の責任において味わうこと。「異見」を言う責任、それをもとに決断を下す責任。リーダーとして意思決定を下す時、これらの姿勢を皆で保つことこそが、統治の姿勢と言えます。
 

 

張  琴 (ちょう・こと)

PHPゼミナール講師、PHPビジネスコーチ(上級)、SEPスーパーバイザー、SFA(ソリューション・フォーカス・アプローチ)コンサルタント

 

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