課長職にマネジメントの革新を!
RSS

小林一三、時代を先取りし、文化を創造した経営者

小林一三、時代を先取りし、文化を創造した経営者

(2011年9月 5日更新)

 
  • はてなブックマーク
  • Yahoo!ブックマーク
  • Check

たびたびの出世取り消しに遭う不遇なサラリーマン生活、そこから企業家に転じ成功を収め、果ては政界に迎えられ大臣になるなど、小林一三のキャリアは波瀾万丈である。

しかし、数多くの挫折を経験しながら、小林の評価を不動のものとしているのは、本業の鉄道事業に付随したアイデア豊かな事業戦略にあることに異論はないだろう。

ローン分譲住宅の販売、百貨店開業、温泉開発、歌劇団の創設等、小林は鉄道事業にかつてない都市文化を付加した。鉄道事業としても後発で参入した小林が、なぜこれだけユニークな戦略を打ち出せたのであろう。その一連の思考の根源と決断の要因をパーソナリティの形成とキャリアの変遷から考える。

 

文化を創造した経営者

小林一三がスケールの大きい経営者なのは、彼が行なった事業の多くに“日本最初の”という修飾語が付けられることからもわかる。

小林の経営者としてのスタートは、三井銀行時代の元上司で北浜銀行の頭取だった岩下清周の指導を受け、箕面有馬電気軌道株式会社(現・阪急電鉄株式会社)を創立したところから始まる。鉄道事業の経営こそ日本初ではなかったが、小林ほど鉄道事業の本質を理解し、沿線に価値を与え続けた経営者はいないのではないだろうか。

まず、小林は日本初の分譲住宅月賦販売をはじめた。それから、ドイツの動物園に想を得た、今でいうサファリパークの原型ともいえる放し飼いの動物園、箕面自然動物園を開園する。全国的に有名な宝塚少女歌劇(現・宝塚歌劇団)の創設も小林の手による。

日本初という点で多くの鉄道事業者の範となったのは、終点駅にターミナルデパートを開業、鉄道事業と百貨店事業のコラボレーションによって都市文化の形をつくったことである。

また、意外に思われるが、今、春夏に全国を沸かす全国高校野球大会も小林が企画したものだ。豊中のグラウンドを大々的に利用しようと、部下の一人が関西の中学校を集めて野球大会をやることを提案した。小林は聞くなり、やるなら全国大会だと朝日新聞社に協力を取りつけ、第一回全国中等学校優勝野球大会が開催されたのである。日本最初の職業野球団をひきうけ宝塚運動協会を設立したのも小林だった。

小林が発想した戦略がすべて事業化に成功したわけではないが、次々に繰り出される時代を先取りした戦略は、従来の経営者像にはなかった。

 

経営者兼コピーライター

その異色の才能は、小林自身が経営者でありながらコピーライターであり、また劇作家であったことからも窺える。

小林が発起人となり、明治四十(一九〇七)年に設立された箕面有馬電気軌道は、当初から建設資金難にあえぎ、世間の認識も低かったことから、新線の必要性を喫緊に社会に認知させ、広く出資を募らなければならなかった。小林は、パンフレットをつくり株主をはじめ関係者に配ることを思い立つ。

当時まだ、企業広告は市井になく、パンフレットをまくという宣伝手法も画期的で、小林の独創力の発端ともいえる。このパンフレットは今でも時代を感じさせない出来映えである。だれが見ても理解しやすいようにと、一般人が関係者に質問をするQ&A形式になっている。「箕面有馬電気軌道会社の開業はいつごろですか」という問いにはじまって、投資家が気になる利益や配当についてもしっかりと述べる。自分の回答に小林は質問を重ねる。

「それはあまりにうますぎる話ですが、何か他に計画していることがあるのですか」。今度は住宅地経営の可能性を説明し、念押しに、「箕面有馬電軌の沿道はそんなによいところですか」と質問させてさらに各論に入る。このパンフレットは「最も有望なる電車」という題で刷られ、話題を呼んだ。

小林がコピーライターであるというのは、このパンフレットのコピーや文章すべてが小林の手に成るものだからである。他にも宝塚線、箕面支線の営業開始時の宣伝コピーは斬新だった。このとき小林は、ありきたりなコピーではなく、十五番もある「箕面有馬電車唱歌」という歌をつくってしまった。

東風ふく春に魁けて 

開く梅田の東口

往来ふ汽車を下に見て 

北野に渡る跨線橋

 

また箕面自然動物園を開園したときは、「箕面動物園唱歌」をつくり、動物園入り口をこう描写している。

溪の流に朱の橋

這入る御門の両袖に

孔雀キラキラ金襴の

羽根を広げて迎へけり

 

小林のコピーでもっとも注目を集めたのは、大正九(一九二〇)年に神戸線が開通した折のものである。ライバル阪神電車への競争意識を持ちながらつくった。

新しく開通た 神戸ゆき急行電車

綺麗で早うて。ガラアキで

眺めの素敵によい涼しい電車

 

「ガラアキ」という表現は人びとをうならせた。小林はこの広告を阪神間の全新聞に掲載して悦に入っていたという。

 


 

渡邊祐介

PHP研究所 松下理念研究部研究部長。専門分野は、松下幸之助研究・日本経営史。松下幸之助を含む日本の名経営者・実業家の経営哲学の研究。また、経営学の諸理論とくに組織論・マネジメント論と松下経営哲学の関連性について興味を持ち、考察を深めている。


メールマガジン

更新情報をメルマガで!ご登録はこちらからどうぞ