経営理念とは? 企業理念との違いや作り方を解説
2024年1月23日更新
組織の活性化や結束を高めるために、経営理念の作成を検討している企業は多いはずです。経営理念には、組織・事業の本来の使命を掲げ、それを組織で働く従業員全員で共有することが重要です。しかし、どのように作成するのか、あるいは社内に浸透させる方法について、迷うことがあるかもしれません。そこで今回は、経営理念の作り方や、浸透させる方法についてご紹介します。
INDEX
経営理念の定義とは? その重要性
経営理念には明確な定義はありません。しかし、多くの企業には、企業理念、ミッション、パーパス、社是、社訓、綱領、信条、経営方針、クレドといったものがあり、それぞれに「何のためにわが社(事業)は存在するのか」が表明されています。表現の仕方は異なりますが、その企業の本質や価値を表現する経営理念が重要であることに対して、異論を差しはさむ人は少ないでしょう。
本田技研工業創業者・本田宗一郎氏は、「理念なき行動は凶器であり、行動なき理念は無価値である」という名言を残しました。また、経営理念と業績に関する実証研究も進められ、両者に強い相関関係があることを示す論文も多数存在します。
このように、経営者の実践持論という観点からも、社会科学のアプローチという観点からも、経営理念の重要性は誰もが認める真理といえるでしょう。
経営理念の中に表明される企業の使命
事業経営という枠組みの中では、経営理念に、その企業固有の使命が表明されていることが一般的です。ここでいう「使命」とは、「責任をもって果たさなければならない任務」を指します。強い現場をつくるためには、まず組織・事業の本来の使命を掲げ、それを組織で働くメンバー全員で共有することが重要です。
そのことに関して、松下幸之助(PHP研究所創設者、パナソニックグループ創業者)は著書の中で次のように述べています。
たとえ個人企業であろうと、その企業のあり方については、私の立場、私の都合で物事を考えてはいけない。常に、そのことが人々の共同生活にどのような影響を及ぼすか、プラスになるかマイナスになるかという観点から、ものを考え、判断しなくてはならない。
松下幸之助著『実践経営哲学』(PHP研究所刊)
共同生活の向上に貢献するという使命をもった、社会の公器として事業経営を行なっている企業が、その活動から何らの成果も生み出さないということは許されない。そういう使命を現実に果たしていってはじめてその企業の存在価値があるのである。
こうした使命観というものを根底に、いっさいの事業活動が営まれることがきわめて大切なのである。
経営理念と業績の相関関係
一方で、ビジネスの最前線で戦っている人ほど、「理念でメシは食えない」「理想と現実は違う」「きれいごとでは勝てない」といった、経営理念に対する批判的な考えを持つ傾向があるようです。果たして、経営理念と業績は相関関係があるのか、ないのか?
この論争に一石を投じたのが、麗澤大学の高巖(たか・いわお)教授による、経営理念とパフォーマンスに関する研究論文(※1)です。この研究では、経営理念の浸透が職務関与や革新指向性の促進を通じて組織メンバーのパフォーマンスを向上させることが検証されました。数々のデータ・エビデンスとともに、社会科学の研究アプローチからも、経営理念の重要性が明らかにされたのです。したがって、「理念でメシは食える」ことが実証されたといえるでしょう。
※1 高巌「経営理念はパフォーマンスに影響を及ぼすか――経営理念の浸透に関する調査結果をもとに―」『麗澤経済研究vol18,No1』
参考記事:力強い成長力を生み出す「経営理念・ビジョン」とは~「成長ドライバ」のあるべき姿
経営理念と企業理念の違い
経営理念とよく似た言葉に企業理念があります。どちらも企業の行動指針や存在価値を表しており、同じような意味合いで使われることも多いです。経営理念と企業理念を英語で表すと、その違いがわかるでしょう。
経営理念:Management Philosophy
企業理念:Corporate philosophy
経営理念には「管理」を意味する「Management」に関する理念という意味があります。そのため企業の方針、経営上の意思決定など、経営に関する基準となる考え方といえるでしょう。一方で企業理念には「法人」という意味の「Corporate」が使われています。
そのため、企業の存在価値などを明文化したものといえるのです。経営理念は経営に関する考え方であるため主に社内向けに使いますが、企業理念は社外向けに発信するものといえるでしょう。
なぜ経営理念が重視されるのか
経営理念が必要とされる理由には、次の3点が挙げられます。
●企業が目指すべき方向性を示す
●社会的信頼を得る
●社員のモチベーション向上や人材確保につなげる
それぞれの内容についてみていきましょう。
企業が目指すべき方向性を示す
経営理念を掲げることで、企業が目指すべき方向性や使命を明確に示すことができます。「何のために企業が存在しているか」や、「企業が目指すべきものは何か」を明示することで、企業の存在価値を示せるでしょう。経営者が判断に迷った際には、「経営理念に合っているか」という判断ができるため、一貫性のある経営ができます。
経営理念は経営者だけではなく、従業員にとっても重要な行動指針になります。経営理念はいわば経営者からのメッセージです。業務で判断に困った際に、経営理念に基づいて行動することで、組織が同じ方向を向いて行動することにつながります。
社会的信頼を得る
経営理念を明文化することで、社会的信頼へと繋げられます。経営理念は経営に関する行動指針や判断基準を示したものであり、経営の方向性を明確に表現しているものです。そのため経営理念を定めている企業は、事業の成長性が評価されやすく、対外的な信頼も得ることにもつながるでしょう。
どのようなビジョンをもって、どのように社会貢献を行っていくのかなど、企業の進む方向性が、経営理念を通じて対外的に発信できます。取引先だけではなく、株主や金融機関などから共感を得られれば、経営にプラスの影響が生まれます。
社員のモチベーション向上や人材確保につながる
経営理念を明確にすることで、社員は自分が携わっている仕事への理解が深まります。自分が行っている業務が経営にどう貢献しているか、社会貢献にどう役立っているかを理解できれば、モチベーション向上につながるでしょう。
企業の考え方やビジョンを表す経営理念は、優秀な人材確保にもつながります。求職者から価値観やビジョンに対して共感が得られれば、採用活動にもプラスになるのです。社員のエンゲージメントが向上することで、離職率を低下させることにもつながるでしょう。
経営理念を作成する際のポイント
経営理念を作成する際のポイントは、以下のとおりです。
●将来的なビジョンを明確化する
●シンプルな言葉で伝える
●従業員と一緒に作り上げる
経営理念を作成する際には、まず将来のビジョンを明確にすることが大切です。「数年後にどのような企業になりたいのか」「どのような事業で、どのように社会に貢献していくのか」を具体的にイメージします。そのうえで、目標を達成するためにはどう行動すればよいかを考えていきましょう。
ビジョンが明確になったら、次はそれを伝えるシンプルな言葉を考えます。経営理念は全従業員で共有するべき価値観であり、求心力となるものです。全従業員に経営理念を浸透させるためには、誰でもわかりやすいシンプルな言葉がよいでしょう。内容が伝わりにくければ、全従業員が同じ価値観を共有できません。
また、経営理念を作る際には、経営陣だけではなく社員も一緒に作るようにしましょう。社員からのアイディアを募集したり、一緒になって考えるミーティングを開催したりしてもよいかもしれません。自分たちで考えた経営理念であれば共感度も高くなり、意識して業務に活かせます。
経営理念の浸透は難しい? 不祥事が起きる背景とは
経営理念の重要性を理解し、立派な経営理念が額に入れられて事務所内に掲げられていたり、すばらしい文言で表現されたミッションやパーパス、クレド等が記された冊子やカードを社員に配布しているのにもかかわらず、不祥事やトラブルを起こす組織が少なくありません。
保険金不正請求問題等の不祥事を起こした大手中古車販売会社は、各職場で毎朝、経営理念が書かれた「経営計画書」を全員で唱和していました。また、同社と強い関係をもっていた大手損害保険会社は、ガバナンスに大きな問題があると批判されています。この会社は、かつて「パーパス経営」の取り組みで先進的な企業として注目され、リスペクトされていたのです。
「お説ごもっとも」が思考停止を招く
なぜ、こうした事態が起きるのでしょうか。
あまりにも崇高な考え方や美しい文言を並べ立ててしまうと、誰もがその理念や価値観を否定することができなくなります。「お説ごもっとも」の状態で、すんなりと受け入れてしまうのです。実はこれが、理念の浸透・共有を阻害する最大の要因です。
すんなりと受け入れる状態とは、見方を変えれば、その価値観について人びとが深く考える機会が失われているということです。つまり、誰もがその正しさを疑うことなく、思考停止の状態で業務に従事する結果、日々の仕事と経営理念の間に乖離が生じるのです。
大切なのは異質な意見に耳を傾けること
不祥事を起こす組織に共通しているのは、異論・反論が出にくい風土が醸成されているということです。そうした風土が、人びとの思考停止状態に拍車をかけ、自分たちがやっていることが正しいのかどうかわからないという状態にしてしまいます。
したがって、異論・反論、否定的な意見を言ってくれる人の存在が、組織の健全性を維持するうえで、非常に重要なのです。
「わが社の経営理念の内容は、これでいいのか?」
「そもそも経営理念は必要なのか?」
「私たちのやっていることは正しいのか?」
こうした異質なメッセージが人と組織に揺らぎを与え、理念や日々の自分たちのあり方について深く考える契機になるのです。
「ワーク・ライフ・バランス」から、「ワーク・イン・ライフ」へ
また、経営理念が浸透しない要因の一つに、若い世代を中心に、従業員一人ひとりの「働く価値観」の変化があるように思われます。
『平成30年版 子供・若者白書』(内閣府)によると、「仕事よりも家庭・プライベート(私生活)を優先する」と回答した者は63.7%であり、平成23年度の調査時(52.9%)よりも10%上昇していることがわかりました。(図表参照)
2021年8月に総務省が公開した提言書「ポストコロナの働き方『日本型テレワーク』の実現」の中には、「『ワーク・ライフ・バランス』という言葉は、ワーク中心で人生というものを考えるニュアンスがあり、今後は、人生のなかに仕事があるという『ワーク・イン・ライフ』という言葉の方が馴染むという意見もあった」と記載されています。
時代の流れとともに、企業(仕事)と個人の関係性が変わってきました。昭和の時代は、仕事が絶対で「ライフ・イン・ワーク」の状態でしたが、平成に入ると、上記のように、「ワーク・ライフ・バランス」が叫ばれるようになり、そして令和の時代以降は「ワーク・イン・ライフ」が主流になってくると予想されています。
仕事をして出世する、待遇をよくする、ということが価値観の最上位にあった「ライフ・イン・ワーク」時代(昭和~平成初期)には、会社の考え方を社員に刷り込む方式の理念浸透は機能しました。しかし、個人の生き方が重視される「ワーク・イン・ライフ」の現代は、そのやり方では経営理念の浸透共有がうまくいかないのです。
経営理念を浸透させるためのポイント
ここからは経営理念の浸透方法について考えていきましょう。経営理念は作成することだけではなく、社内に浸透させることが大切です。そのためには、以下の3つのポイントを心がける必要があります。
●経営理念を設定した背景を伝える
●経理理念を実現するための目標値を設定する
●目の届く場所に経営理念を掲げる
それぞれの内容について紹介していきます。
経営理念を設定した背景を伝える
経理理念を浸透させるには、単に内容を伝えるだけではなく、設定した背景を伝えるようにしましょう。経営理念はわかりやすくシンプルな言葉にしているため、より深く浸透させるためには、背景や経営陣の思いを理解してもらう必要があります。 どのような考えで経営理念を設定したのか、背景を知ることで経営理念に対する理解が深まることでしょう。背景を伝えるだけではなく、経営者自らが模範となって経営理念を実践していくことで、従業員にも浸透しやすくなるでしょう。
経営理念を実現するための目標値を設定する
従業員の具体的な行動に落とし込んだり、具体的な数値目標を設定したりすることも、経営理念を浸透させるポイントです。経営理念は簡潔な言葉にしているため抽象度が高く、内容を理解できていたとしても、具体的な行動には移しにくい場合もあります。
より浸透させるためには、経営理念から逆算して数値目標を設定したり、どのような行動が求められるかを従業員に考えてもらったりするとよいでしょう。
目の届く場所に経営理念を掲げる
経営理念は、従業員に告知するだけでは浸透しません。繰り返し見てもらえるように、目の届く場所に掲げるようにしましょう。たとえば、社内の執務スペースに掲示したり、朝礼での唱和や、社内イントラネットのトップページに設定するのもよいかもしれません。年度始めなどの節目節目で経営者が、経営理念について話をすることで、さらに理解が深まるでしょう。
企業の事例に学ぶ経営理念の浸透方法
コーヒーチェーン世界大手のスターバックスには約3万人ものスタッフがいますが、ほとんどがアルバイト従業員です。アルバイトが中心の運営でありながら、質の高いサービスを実現しているのは、多くのスタッフに経営理念が浸透していることが理由と言えるでしょう。スターバックスではアルバイトであるか正社員であるかを問わず、スタッフには入社時に80時間もの研修を実施します。
研修では、接客やコーヒーの淹れ方といった実務的な内容はもちろん、経営理念を学ぶのにも多くの時間を割いています。またスタッフが常に理念に触れられるように、各店舗に行動指針が記載された「グリーンエプロンカード」をおいています。このような施策を通してスタッフはスターバックスで働くことに誇りを持ち、質の高いサービスを実現しているといえるでしょう。
参考:スターバックスジャパン Our Mission and Values
まとめ:経営理念を浸透させ企業成長を目指す
経営理念とは、その企業の本質や価値、方針を示すものであり、「何のためにわが社(事業)は存在するのか」が示されています。経営理念を定めることで、企業の存在価値や目指すべき方向性を社内外に明確に示すことができます。対外的な信頼を得られるだけではなく、自分の業務がどのように社会に貢献しているかがわかり、従業員のエンゲジメント向上につながります。
経営理念を全従業員に浸透させることは、簡単ではありません。そのため経営理念を作る過程に従業員に参加してもらったり、設定した背景を経営者から説明しオフィスなどに掲げたり、あるいは、実現するための目標値を設定するなど、継続的な取り組みが必要になります。
経営理念を浸透させて、全従業員が同じ方向を向いて成長できる企業を目指しましょう。