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厳しいときにこそ人間としての真価が問われる~八天堂代表・森光孝雅氏が語る(3)

2023年6月 6日更新

厳しいときにこそ人間としての真価が問われる~八天堂代表・森光孝雅氏が語る(3)

2023年4月19日に開催された月刊誌『PHP』創刊900号記念イベントでの森光孝雅氏(株式会社八天堂 代表取締役)の特別講演をご紹介する最終回。厳しい状況を乗り越える過程で実感した経営理念の大切さ、リーダーの在り方、経営の要諦とは?

※あわせてお読みください。
「逆境を活かす~八天堂代表・森光孝雅氏が語る(1)」
「会社は何のためにあるのか~八天堂代表・森光孝雅氏が語る(2)」

会社経営で大切なこと

弊社が社員とともにつくっているのは、パンだけではなくて、サービスであったり技術であったり、社内の雰囲気であったり、付加価値です。会社は、ステークホルダー、関係される皆さんや地域の未来のためにならないといけないなと思っています。そして、未来のために利益にもこだわっていかないといけない。
私は当時「どんぶり勘定」でしたから、利益に対して非常に甘かったです。利益は「お役に立った結果」ですから、利益を出していくことは、とても大切なんです。

そもそも経営というのは、言葉が硬いですけど、投資と回収の連続じゃないですか。そして伸びている会社、成長している会社というのは、投資と回収の質と量が、ともに高まっていっているところばかりなんですよね。投資の源泉は利益ですから、利益がないと投資ができない。
しかも、理想は自己資本、自分でしっかり稼いで、得た利益から投資をしていくということが大事です。

人への投資が最優先

そして、この投資、何に一番投資をしていくんですかというと、圧倒的に人です。人をコストと考えることはないと思いますが、人件費も含めて立派な投資ですから。採用とか育成も、もちろん立派な投資ですよね。
特に、採用と育成というところで考えると、中小零細企業は、採用に、あまりにもエネルギーを使っていないところが多すぎます。ほとんど使っていない。採用サイトに全部任せるというのも安直ですよね。お金をかけたから採用ができるというものでもないです。たまたま来てもらうことがあっても、それは、たまたまですから。

私は、採用は一つの出会いと思っています。だから、良い人がいたら全国に求めに行っています。「弊社の考え方に共感共鳴してくれる人はいませんか」という思いで、全国の大学や高校に行かせてもらっています。弊社の考え方に賛同してくれて、ベクトルを合わせて、志を一つにして歩んでくれる人。こういう人を探し求めていくのは、経営者の役割だと思います。特に中小零細企業では、社長自らの役割です。

こうした出会いがあって、はじめて育成があると私は思っています。育成育成とやりすぎてしまうから、中小零細はなかなか人づくりができない。だから出会いにエネルギーを使います。
弊社は食品メーカーですから、まず良い食品をつくれる良い人がいないといけない。そして良い人をつくっていくためには、会社が良くないと、と思っています。

リーダーは厳しいときにこそ高らかに松明をかざす

今、人的資本経営という言葉をよく耳にしますが、我々は人を基にした「三方よしの経営」をやっていきたいと思っています。「三方よし」であるかどうか、ここを判断基準にしたい。
この価値観がしっかりしていれば、少々のことではぶれません。悪くなっていかないんですよ。経営者自身のモチベーションも高まります。
このおかげで、私自身も楽になりました。外部環境に左右されませんし、悪いときには逆に燃えてくるわけですから、今はある意味、わくわくしながら経営をやらせてもらっています。

この「何のために会社があるのか」というところが確立されても、ビジョンや戦略、どのようにやっていくのか、商品技術はどうかというのは大切です。理念だけあっても商売はできません。商品や技術がなければ目的は達成できません。これらは車の両輪で、同じくらい大切なのです。
もちろん、右や左にある同じようなものしか売っていないということなら、やはり厳しいわけです。どこにもないような商品、技術を生み出す。これにも使命が必要です。

経営者リーダーは、何があってもやり抜いて利益を出さないといけない。ですから、リーダーにとって逆境というのは非常にチャンスなんだなと思います。視点を変える、考え方を変えていく、また社員にも考え方を変えていってもらう。だから、リーダーは厳しいときこそ、高らかに使命を、松明をかざしてもらいたいと思います。

「志」とは

弊社の話に戻りますが、私は厳しい状況のなかで考え方が変わりました。今までは自分が大きくなっていくためにやるぞと。夢というと、良い言葉ですけれど、自分のほうに矢印が向いている夢というのは鼻につきます。
夢とよく似た言葉に「志」があります。地域や未来、要するに周りに向けている矢印を「志」と言うんじゃないかなと私は思います。

「志」は、いくら周りに言っても鼻につくことはありません。逆に応援してもらえます。いや、逆に応援してもらうためには周りに言わないといけない。一人の力、一社の力なんて限られているのだから。
「志」は周りのため、地域のため、業界のためになっていくわけだから、大いに叫んでもらいたい。ああそうか、地域のため、業界のためになるんだったら、自分にできることがあったら言ってくれ、何かあったら一緒にやろうよと応援してもらえます。

日本人は、黙って何かをするというのが美徳のように言われますけど、とんでもない話で、公の夢の話は大いに伝播させてPRしていかないといけません。私自身、それはもう痛感しています。

実際「よし、公のためにやっていくんだ」となってくると、今まで背を向けていた人が、私のほうに向いてくれるような感覚をもったんです。実際、本当にそうでした。
よく「相手は変えられない」と言います。相手は本当に変えられません。自分が変わらないと。私もそれまでは自分の夢ばっかりですから周りも離れていったのですが、「周りのために、もう一度生まれ変わってやりたいんです。すみませんでした」という思いになりました。

こだわりのパンを量販店に卸してV字回復

そのころ、ある方から「私の住んでいる地域には、こだわったパンがない」と言われました。「どういうことなんですか」と、その地域に行きますと、地産地消とか、天然酵母を使用したようなパンがどこにも売っていない。小さいスーパーとコンビニしかなくて、その方は自転車しか交通手段ないので、こだわったパンを手に入れることができなかったんです。

それで私は、地域のスーパーに入っていって「私、こういうものなんですけど、こだわったパンを見てもらえますか」と言ってみました。そうしたら「置いてほしい」と言われました。ほんとうに、なかったんです。

ここだけなのかな、他もそうなのではないかと思って、広島県内のスーパーに行きました。すると、ほとんどのところで置いてくれるようになりました。

100円のアンパンが、120円とか130円で売れるんです。いくら材料こだわっているといっても、2割も3割も粗利が変わったらやっぱり利益が出ますから、3年足らずでV字回復をすることができました。

一店一品の専門店に活路を見出す

周りから「よく頑張った、よく乗り越えた」と言われたのですが、既に喜べない自分がいました。
当時は三原から広島県内全域に商品を配っていましたので、売り切れたらおしまい。スーパーさんからしてみたら、12時までに売り切れたら、もうチャンスロスです。
それを見た地元のパン屋さんが、こだわったパンで営業に来られます。オセロゲームのようにひっくり返されるということもありました。このままでいったら、また厳しくなる、大きく変化していくためには何があるのかという危機感をもっていました。

当時、東京に行ったら、一店一品の専門店で行列ができていました。たとえば、ガトーフェスタハラダさん。ラスクにチョコレートをつけたフランス菓子が大ヒットしていました。
我が町・三原にも弊社と同じ昭和8年創業の和菓子屋さんがあり、その経営者は私の中学校の後輩です。それで彼が「このままでいったら潰れてしまいます。『ひとつぶのマスカット』という商品で東京に出ます」と。彼は試食販売でどんどん売上を伸ばして「森光さん、東京は全然違いますよ」と言います。
これには私も勇気づけられて、彼にできるんだったら私もできないわけがない、絶対にやってやろうと思いました。しかし彼のように、他にはない商品があったわけではないので、そこから商品開発に取り組みました。それが「くりーむパン」です。

厳しいときにこそ人間としての真価が問われる

しかし、一店一品の専門店に切り替えるのには覚悟が必要でした。危ないところを助けてくれた、命の恩人である量販店さん、スーパーさんに、今度は「商品を止めさせてください」と言わないといけないんです。
これも地獄のような体験でした。本当に申し訳ないと思ったので、土下座するぐらいのつもりで1店舗、1店舗と行かせてもらいました。「もう出て行け。二度と来るな」「不道徳だ」「お客様のことをないがしろにするような、こんな会社とか経営者は見たことがない」も言われました。

でも、そのときに誠実に逃げずに謝って、今、頑張って結果を残している。だから応援する気持ちになっていると、皆さん言ってくれるようになりました。
何が言いたいのかというと、厳しいときにこそ真価が問われるんですよ、人間は。良い時ではありません。厳しい時にこそ成長できるし、その人の真価が問われるんです。
もしその時に、地元・広島県の量販店さんを、私が逃げるように止めていったら、足を引っ張られて今の商売はありません。だからあの時に、誠実に向き合って謝ることができた自分を褒めてやりたいなと思うのです。

「くりーむパン」が大ヒット

八天堂の「くりーむパン」

商品を「くりーむパン」一点に集中して、東京で、ありがたいことに行列をつくったときに、バイヤーさんから「社長よかったね。1年続いたらいいな」と言われました。
私はドキッとしました。でも本当なんですから。この「くりーむパン」が1年でアウトになったら、うちの会社も1年でアウトですから。もう今日ダメになるんじゃないか、今日売れなくなるんじゃないか。15年近く経ちますけど、今でもそうです。危機感の塊です。
だからこそ良いときに次の事業の種まきをしていかないといけないと、今、いろんな種まきをさせてもらっています。

コロナ禍や原料不足をを乗り切る

最近では3年前、コロナ禍で駅ナカの販売はすべてアウト、売上はほぼゼロになりました。でもそのときは「何があっても社員を守っていく」と思いました。「有事の経営」という言葉がありますが、有事というのは外部のことだけではありません。内部の有事、というのもあるんです。会社が倒産していくのは、内部の有事、つまり人が辞めていったり謀反したりというような、内部がガタガタになることで倒産するというのがあります。

でも、内部の有事っていうのは、平時から対策ができるんです。たとえば、人を育てていくこと。しっかりと組織をつくっていくこと。細かくあげればまだありますが、もう一つは、財務です。
松下幸之助さんも言われていますが、「ダム」をしっかりつくること。弊社では、ありがたいことに、この「ダム」がありましたから、コロナ禍で国の雇用調整助成金が出る前ではありましたけど、会社が100%雇用を保証していくからと社員に伝えることができました。

私はそのとき、社員のスイッチが入るのを感じました。その気になって、何かグーンと来る感じを覚えたんですね。それで、コロナ禍で、売り上げが過去最高で推移しているわけですよ。

今年、材料の卵の流通がたいへんなことになりました。材料が供給ができないというのは、ものすごく大変なことです。コロナ禍よりもさらに大変なぐらいです。
でも、私は社員の給与を5%上げました。ユニクロさんが、初任給30万円といった発表をしましたが、その少し前のことです。
5%というのは経営にとっては大きいのですが、私は何があっても給与を上げていかないといけないと思ってました。この鳥インフルエンザが流行りかけたときに「心配するな。それどころか給与を上げていくからな」って、社員に言うことができました。

そうすると、ここでまた社員のスイッチが入ったんです。「こんな厳しいときに本当に大丈夫ですか。本当に上げてもらえるんですか」「自分たちも何かできることをやらせてください」という雰囲気になって、またイノベーションが生まれていく。
私も考えつかないような新たな事業が生まれたり、卵を使わないおいしいカスタードクリームをつくってくれたり、卵を使わない植物ベースの商品開発をしたり、何か「自分事」として仕事をやってくれているというのを、ものすごく感じています。

平時の備えが大切

そうした危機をどうやって乗り切ったのか。それは、しっかりした経営理念、ビジョン、戦略、人を育てるための採用、育成、これらをやってきたからこそ、いざという時に手を打てたんだろうと思います。
繰り返しますが、平時が大切なんです。平時にいかに備えをしておくか、経営者の心構えをつくっておくか、そこが大事です。平時に備えていたことは、有事に、逆境のときに現れてくるということなんです。
もし皆さんの中で、今厳しい、なかなか大変なんだという、この逆境にある方がいるなら、いやチャンスなんだと、考え方を置き換えてもらえればと思います。いや今は順調なんだ、ものすごく良いんだという方がいれば、そこは落とし穴。今こそ、ちょっと気をつけないといけないなと逆に思われた方が良いと思います。

将来に向けて

我々は「食のイノベーションを通した人づくりの会社」を標榜していますので、この広島から東京、東京から全国、そして日本から世界へと広げていくことが目標です。10年後、あるいは20年、30年先のことを考えると、絶対と言っていいほど世界に目を向けていかないといけない。今はまだ国内でも十分可能性はありますが、海外へと食文化を発信していくという時代が必ずやってくる。今はその種まきをしているところです。

そして、この15年間ほどは、いろいろな事業をやっていく中で、農家のみなさんがたいへん苦労されているというのを感じます。我々のパンにもフルーツは重要ですので、八天堂ファームという子会社をつくって農福連携の事業をさせてもらっています。

私は20数年来、福祉関係のお手伝いもしています。皆さんご存知ですか。障がい者手帳を持っている方は、いま全国に1000万人以上いらっしゃるんです。決してマイノリティではありません。
なかには頑張ろうと思っても頑張れない方々が大勢いらっしゃいます。我々のように頑張れる人間がそうした方々を支えていかなくては、という気持ちで福祉をテーマとした事業もさせてもらっています。賞をいただいたりもしますが、それが目的ではありませんが、そのようなことで人づくりをやっているわけです。

最後になりますが、われわれ企業の目的は、自分が豊かになって、今度は目の前の人、周囲の人が豊かになるように、そして未来に豊かさや幸せをもたらせるような世の中を築いていくということだと思います。
今日は、自分に言い聞かせるつもりでお話をさせてもらいました。ともに豊かになり、日本のみならず世界、また未来の豊かさに向けて挑戦してまいりましょう。ご清聴ありがとうございました。

森光孝雅(もりみつ・たかまさ)氏 プロフィール

八天堂・森光孝雅

1964年、広島県三原市生まれ。中学・高校時代は卓球に熱中し、県大会3位の成績をおさめる。1991年、祖父の代から続く和菓子・洋菓子店を受け継ぎ、パン屋を開業。経営危機を乗り越え、2008年に口どけのよい「くりーむパン」を開発。スイーツパンという新分野を開拓した。2009年に東京に出店。メディアで取り上げられ、行列のできる店となり、業績を急拡大させた。現在は経営理念の社内浸透を図りつつ、アジアへの進出を加速させている。

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