仁慈の心~松下幸之助「人を育てる心得」
2015年11月 4日更新

指導者には人をいつくしみ人びとの幸せを願う心が必要である。
保科正之は、徳川三代将軍家光の異母弟にあたり、会津藩の藩祖として、またのちに幕府の大老として、名君のほまれ高かった人である。
彼は先の藩主が国政を乱し、改易になったあと会津に着任したのだが、早々に未納年貢を免除するなど、いろいろなかたちで貢租の減免を行なった。また、いわば今日の福祉政策にあたる数かずの善政を行ない、領民は非常に喜び、会津藩では代々正之の方策が受けつがれ、幕末まで東北の雄藩として栄えたのである。
正之にかぎらず、江戸時代に名君といわれた領主の多くは、こうしたかたちで、仁慈の心をもって領民を救済し、民を富ますことを心がけていたといわれる。いわゆるお国がえがあって新しく入国した領主が、領民の疲弊しているのを見て、一定期間年貢を減免し、その間は豪商などに借金して財政をまかない、領民が立ち直ってのちはじめて年貢をとったという話も聞く。
さかのぼれば、古代においてすでに、仁徳天皇は、国中に炊事のけむりの乏しいのを見て人民の困窮を知り、三年間課役を中止し、三年たって国中にけむりが満ちてはじめて、「民富めり」と再び租税を課しておられる。その間は皇居も荒れはて、雨がもるほどであっても、修理されなかったという。
そして、「天が君主を立てるのは人民のためであり、君主は人民を本としなくてはならない。人民が貧しいことは自分も貧しいことであり、人民が富んではじめて自分も富んだといえるのだ」といわれたと伝えられている。
仁徳天皇の場合は伝説かもしれないが、しかし大事なことは、そのような人民をいつくしむ仁慈の心をもつことが、昔から指導者のあるべき姿だとされてきたことである。そこにいわば日本の一つのよき伝統があり、そうした伝統が受けつがれ、保科正之はじめ数かずの名君を生んだのであろう。
しかも、そうした領民をいつくしむ名君のもとで、領民も、また藩の財政もゆたかに栄えたのである。いわば物心一如の繁栄という姿が生まれたわけである。
封建時代においてさえも、人民をいつくしむということが、自他ともに栄えるもとだったのである。民主主義の今日における指導者は、まず人びとの幸せを願う仁慈の心をもたなくてはならないといえるだろう。
【出典】PHPビジネス新書『指導者の条件』(





































































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