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「日に新た」な挑戦で世界に誇れる板金屋に~毎朝『指導者の条件』を心に刻み松下幸之助の教えを実践~

2025年12月17日更新

「日に新た」な挑戦で世界に誇れる板金屋に~毎朝『指導者の条件』を心に刻み松下幸之助の教えを実践~

今年4月、ニューヨークで行なわれたアートフェア「Artexpo New York 2025」で、ある日本のアート作品が話題を呼んだ。精巧なステンレスのみでできたその作品を手がけるのは、東京都日野市で板金加工業を営むミューテック35。代表取締役の谷口栄美子氏によると、こうしたデザイン性の高い作品に取り組み始めたのは、父親から事業を引き継いだ直後の経営危機がきっかけだったという。自身がバイブルとする『指導者の条件』(松下幸之助著/PHP研究所)で松下幸之助が述べる「日に新た」の考え方を実践したのだ。谷口氏は毎朝日課として開くほど本書を読み込んでおり、経営の随所にその考え方を活かしているという。

INDEX

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松下幸之助「商売戦術30カ条」を読む

株式会社ミューテック35 代表取締役 谷口栄美子(たにぐち・えみこ)

谷口栄美子

2007年創業者である父親の引退を機に、弟の松下憲明氏とともに事業を引き継ぐ。'15年自社ブランド「THE BLOSSO」を大手百貨店や自社サイトなどで販売開始。予想を上回る反響を得る。同時に「クラフト事業部」を新設し、ステンレス製の名刺入れや鏡などの新製品を続々生み出している。'16年機械売買事業を開始。'18年ミューテック35に社名変更し、代表取締役に就任。'20年からは機械加工事業を開始。'23年にYPVSリプロダクトブランド「Corherz(コエルズ)」ショップをオープン。

株式会社ミューテック35

本社:東京都日野市/創業:1990年/事業内容:精密板金(精密板金加工・プレス金型加工)、プレス金型製作・プレス加工、機械加工、粉体塗装、各種機械装置の販売及び保守、機械装置の買取及び販売、オリジナル商品の企画・開発・製作及び販売、アクセサリー・インテリア用品・家具・事務用品の製作・販売及び輸出入

危機に直面して気づいた自主独立の重要性

私が『指導者の条件』を初めて手に取ったのは、2007年に専務に就任した時でした。ミューテック35(当時の社名は「ミューテクノ」)は1990年に私の父が創業した精密板金加工の会社で、私自身は父に頼まれて1998年に入社し、主に経理を担当していました。それが突然、私を専務、弟を社長にして事業承継すると父から言われ、思いがけず経営を担うことになったのです。
私はこの会社に入るまで専業主婦で、一度も社会に出て働いたことがありませんでした。経理の仕事を覚えるのも苦労したのに、ましてや経営のことなど何ひとつ知るはずがありません。
その時に頭に浮かんだのが、松下幸之助さんの名前でした。子供の頃から父が「この方は『経営の神様』なんだよ」と話すのを耳にしていたので、経営について知りたいなら、幸之助さんに学ぶしかないと思ったのです。すぐに書店に走り、著書を何冊も買い込んだ中に『指導者の条件』がありました。
それ以来、本書を枕元に置き、朝起きてすぐに読むのが毎日の習慣となっています。102項の教えが収録されているので、パラパラとめくってページが開いた箇所を「今日の教訓」として心に刻む。そんな読み方を続けています。
経営について右も左もわからない私にとって、幸之助さんの言葉はどれもありがたいものでした。『指導者の条件』に書かれたことを一つひとつ実践していけば、自分のような頼りない人間でも、少しはまともな経営者に近づけるのではないか。そんな思いで読み始めましたが、幸之助さんの教えを本当の意味で理解できるようになったのは、専務就任の翌年に起こったリーマン・ショック以降のことでした。
それまで順調だった会社の経営は暗転し、売上は激減。安定的に発注があった得意先からも、仕事がまったく来なくなりました。
想定外の危機に直面し、多くの壁にぶつかる中で、「幸之助さんがおっしゃっていたのはこういうことだったのか」と腑に落ち、その言葉がますます心に響くようになったのです。
『指導者の条件』では、逆境との向き合い方について様々に語られていますが、その一つに「日に新た」の項目があります。
「今日のような日進月歩の時代にあって、指導者たるものが旧態依然というような姿にあることは許されないといっていいと思う」
これはまさにリーマン・ショックで劇的な環境変化を迎えた際に、私に求められた姿勢でした。昨日と同じことを繰り返していては、この苦境を脱することはできない。ものの見方や考え方を日に新たにし、自分も会社も変わらなければいけません。
そのことを痛感したのは、ある取引先との会話がきっかけでした。仕事がなくなったので、私はこれまで注文をもらっていた得意先に何度も電話をかけて「まだ仕事はありませんか?」と問い合わせたのです。
でも3度目に電話した時、先方の担当者から「谷口さん、本当に仕事がないんですよ」と申し訳なさそうに言われてハッとしました。世界的な経済危機にあって、仕事がないのは私たちだけではない。取引先も仕事がなくて苦労しているのだと、ようやく気づいたのです。
なんて失礼なことをしたのかと恥じると同時に、私が強く思ったのは「ミューテクノは自立しなければいけない」ということでした。『指導者の条件』でも「自主独立の精神」の重要性に触れ、「他をあてにし、他に依存していたのでは真の成功はおぼつかないだろう」と記されています。
特定の得意先に頼らなくても、経営を持続できる会社にしたい。そのためには経営者である自分も、現場で働く従業員も、誰かに依存するのではなく、自主独立の心を持った会社にしなければいけない。私はそう決意しました。

「あなたの会社がなくなっても困らない」

まずやるべきことは、新たな取引先の開拓です。でも私は営業経験がなかったので、どこへ行けばいいかもわからない。電話帳を開いて片っ端から電話をかけたり、たまたま電車内で広告を目にした工業関連の展示会に飛び込み、出展企業に営業をかけたこともあります。
ところがこちらが板金屋だとわかると、追い払われたり、無視されたり。ようやく話を聞いてくれる会社があったと思えば、分厚い書類をポンと投げられて、「その値段でできるなら発注するよ」で終わり。それでも私は仕事をもらえたことが嬉しく、持ち帰って工場長に見せたら、「こんなに安くては材料費にもなりませんよ」とあきれられました。
自分が不甲斐ないばかりに、こんな扱いを受けるのだと思い、私は従業員への申し訳なさでいっぱいでした。自己流の営業では売上につながらず、なんとか状況を打開したいと考え、知人に勧められた中小企業家同友会のセミナーに参加することに。そこで出会った指導役の経営者から、こんな問いをぶつけられたのです。
「谷口さんの会社って、社会に必要なんですか?なくなっても、誰も困らないんじゃない?」
それを聞いた瞬間、カッとなって頭に血が上りました。「私はこんなに苦労して会社を経営しているのに、あなたに何がわかるのよ!」と猛烈に腹が立ったのです。
でも休憩時間になり、気持ちが落ち着いてくると、「なぜ初対面の私に、あんなことを言ったのだろう?」と疑問が湧いてきました。そして「もしかしたら愛情の裏返しかもしれない」と思ったのです。きっとあの人は「社会に必要とされる会社にしなさい」と激励してくれたのだ。私を怒らせるような言い方をしたのは、経営者としての覚悟を試したのだろう。そう考えると納得がいきました。
厳しい指摘をポジティブにとらえることができたのは、幸之助さんから「素直な心」の大切さを学んだからです。また『指導者の条件』にも「諫言を聞く」という項目があるように、他人の指摘や忠告は、自分にとって貴重な教えになります。
実際にこの経験は、私に大きな影響を与えました。社会に必要とされるには、この会社ならではの「強み」を明確に示さなければいけないと気づかせてくれたからです。
そこで私は取引先のお客様や、会社に出入りする銀行、保険会社の人たちなど、会う人会う人に自社の印象を聞いて回りました。すると「仕事が丁寧ですね」「いつも早く仕上げてくれるので助かります」といった声が多く聞かれました。「丁寧さ・正確さ」「早さ」を実現する技術力や経験値こそが、自分たちの強みである。私はそう確信しました。

強みを活かす事業転換と職場環境づくり

この強みを活かし、自立した会社を目指すにはどうすればいいか。その答えが「試作屋」への転換です。
当時すでに日本の製造業は工場を東南アジアへシフトしていましたが、上流の開発工程は今後も国内に残るはずです。難しい試作の板金加工に高精度・短納期で対応できる会社は限られるので、開発者に「この会社が必要だ」と思ってもらえます。少量多品種の試作品なら、安く買い叩かれることもありません。
試作中心の会社であることを打ち出してから、取引先の数や業種が増え、限られた得意先だけに依存した経営から完全に脱却しました。強みがわかったことで、会社として目指す姿が明確になり、2010年には経営理念もつくりました。
経営理念とは「志」であり、『指導者の条件』でも「大きな志を立てることが大事」と書かれています。経営理念の一番目に「私たちは、ものづくりの知恵と高度な技術で、世界に誇れる日本の工業界に貢献します」と掲げたのも、大きな志を貫きたいという使命感があったからです。
自立した会社になるため、同時に取り組んだのが、従業員の自主性を引き出す職場づくりです。工場の体制を見直し、生産管理人を廃止したのもその一つです。
製造業の現場では、工程管理の責任者である生産管理人を置くのが一般的です。しかし仕事の進め方を指示する人がいると、従業員は進行管理が他人任せになり、納期遅れなどが発生しても生産管理人のせいにする場面が見られました。
そこで当社の工場では生産管理人を配置せず、自分が担当する工程には自分で責任を持ってもらうことにしました。ちょうど工場全体の受注状況や各製品の納期を全員が共有できる工程管理板システムを導入したばかりだったので、それを見れば自分は何をいつまでにやるべきかを一人ひとりが考えられます。
少量多品種を扱うため、現在は月平均で2000枚もの図面が各工程を流れますが、生産管理人がいなくても問題なく仕事が回ります。これは従業員が自ら考え、協力し合い、責任を持って取り組んでいるからです。
『指導者の条件』の「自主性を引き出す」の項目でも、上の人間がこまごまと指図すると、部下は指示されないと動かなくなるという趣旨の記述がありますが、今のミューテック35に指示待ち人間は一人もいません。

ミューテック35製造現場

『指導者の条件』を参考にして、自社の強みを活かしつつ、従業員の自主性を引き出すことに注力

人を変えようとせず、自分の背中を見せる

私にとって幸之助さんの言葉はどれも金言ですが、なかでも助けられたのが「人」に関する教えでした。
18年前に専務になり、2018年からは社長として会社を運営してきましたが、経営で最も難しいのは人との向き合い方だと実感しています。相手が喜ぶように気を使い、モチベーションを上げるために頑張っても、ある日突然「会社を辞めます」と言って従業員が去っていく。そんな経験を何度もして、心が折れそうになった時期もありました。
私も最初のうちは「何がいけなかったのだろう」「社内の人間関係に問題があったのかも」などとあれこれ考え、原因を追究しようとしました。でも結局、どんなに考えても他人の心の内はわからない。そもそも原因がわかったところで、相手の気持ちや考えを変えることはできません。『指導者の条件』の「あるがままにみとめる」にある通り、人を変えることはできないのです。
「人間の本質というものは変えることができない。それを変えようといろいろ努力しても無理である」
だからこそ経営者は従業員のあるがままを認め、その人の持ち味を活かせるように「適材適所」を考えなければいけない。さらには仕事を「まかせる」ことで、個々の力が自由に発揮されれば、仕事の成果は上がるし、人も育っていく。毎日本を開いて幸之助さんの言葉に触れるうちに、私も自然とその教えを実践できるようになりました。
経営者だからといって、人を変えようなどと大それたことは考えず、自分自身が社会や会社のためにひたむきに取り組み、その背中を従業員に見せるしかない。それが経営者の役目なのだと考えています。
社長に就任した際に、社名を現在のミューテック35に変更しました。これは「"三方よし"の実現を、ものづくりの"五感"を働かせて目指す」という意味を込めています。
さらなる自立を目指すには、自社開発を手がけるメーカーにならなければとの思いから、2015年には金属加工のアクセサリーブランド「THE BLOSSO」を立ち上げました。また今年4月にはニューヨークのアートフェアに板金加工技術を駆使したステンレス製の彫刻を出品し、大きな反響を呼びました。これほど繊細な造形を板金加工で成し遂げたことに、皆さん驚かれたようです。

ステンレスアート「鳳凰」

ニューヨークのアートフェア「Artexpo New York 2025」で話題を呼んだステンレスアート「鳳凰」。オールステンレス製で、色は粉体塗装という技術でつけている。また、デザインは谷口氏の次女が手がける

私はミューテック35を「ものをつくる人にとって魅力的な工場」にするのが目標です。新たな挑戦を続けていれば、「面白そうな会社だな」と思った人たちが集まってきます。
先日も大学生が工場見学に来たので、「なぜうちに興味を持ったの?」と聞いたら、「ヨーヨーをつくりたい」という答えが返ってきました。彼は世界大会に出場するほどのヨーヨーの達人で、独学したCADでヨーヨーを設計し、中国の工場と交渉してオリジナル品をつくってもらったそうです。そこまでものづくりが好きで、自分で考え、行動できる自主性もある。これぞミューテック35が求める人材です。
ある時は「THE BLOSSO」のアクセサリーを見て興味を持った人が、「ぜひこのブランドを扱いたい」と言って転職してきたこともあります。その人はジュエリー業界で営業経験があり、彼女の活躍でブランドの売上は一気に倍増しました。
「日に新た」の精神でチャレンジを続けていると、予期せぬ出会いや進化が生まれ、会社も人も成長していく。そんな面白さを実感しています。
私が「指導者の条件とは?」と質問されたら、幸之助さんの言葉に倣い、「素直に、謙虚に、前向きに」と答えます。これからもこの言葉を胸に、同じ志を持つ仲間とともに日本の工業界に貢献していきます。

取材・構成:塚田有香 写真提供:ミューテック35

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本記事は、電子季刊誌『[実践]理念経営Labo』Vol.15から転載したものです。登録不要、全編無料でお読みいただけますので是非ご覧ください。

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