アルギン酸で「ベスト・イン・ザ・ワールド」へ~国内シェア9割超!嘘やごまかしを許さないものづくり~
2025年12月 8日更新

食品、医薬品、化粧品、繊維加工など幅広い分野で活用され、人々の健康と豊かな暮らしに欠かせない素材となっている「アルギン酸」は、コンブやワカメ等の海藻の主成分ともいえる天然の食物繊維だ。そのアルギン酸の工業的生産に日本で初めて成功し、以来、専業メーカーとして国内シェア90%超を誇るキミカだが、代表取締役社長の笠原文善氏によると、創業者である父亡き後、アルギン酸の可能性に限界を感じ、事業転換を考えた過去があったという。窮地において支えとなった創業精神とは?
INDEX
株式会社キミカ 代表取締役社長 笠原文善(かさはら・ふみよし)

1956年、千葉県生まれ。'79年東京理科大学工学部卒業。'81年早稲田大学大学院を修了後、持田製薬に入社。退職後、'84年に君津化学工業(現キミカ)へ入社。2001年に同社代表取締役社長に就任。その他、東京理科大学理事、日本発明振興協会理事長、千葉県発明協会会長、東京商工会議所中小企業委員会委員を務める。学位は博士(薬学)。
株式会社キミカ
本社:東京都中央区/創業:1941年/事業内容:アルギン酸、キトサンなどのマリンバイオポリマーならびにその応用製品の製造販売
国の役に立ちたい。アルギン酸の道をひらく
「アルギン酸っていい仕事だな」
──かつて、ある経営者の大先輩がおっしゃいました。
来し方を振り返ると、私自身もその言葉にあらためて深く頷かずにはいられません。われわれキミカは国内唯一のアルギン酸メーカー。創業以来80余年、アルギン酸の製造・販売一筋に今日まで歩んでこられたのですから。
アルギン酸とは何か、ご存じですか。見たことも聞いたこともないという人も、実は毎日必ずと言っていいほどその恩恵にあずかっています。たとえば、市販のパンの柔らかな食感が長持ちするのも、手軽な即席麺でモチモチした歯ごたえが楽しめるのも、あるいはペースト状の歯磨き剤が口をゆすぐだけでサッと流せるのも、すべてそれらに配合されているアルギン酸のなせるわざ。他にも、ビールの泡持ちをよくしたり、歯科医療で歯形をとる材料に使われたり、アルギン酸は食品や医薬品、化粧品、繊維染色、鉄鋼など幅広い分野で重宝されています。
用途を聞くと、いわゆる「合成化学物質」を連想しがちですが、そうではありません。アルギン酸の原料は「海藻」。あのネバネバのもとになっている天然の食物繊維で、海藻からしか抽出できない、まさに海の恵みなのです。そのアルギン酸の工業的製法をまったく独自に考案し確立したのが、当社創業者である私の父、笠原文雄でした。
1938年に出征先の中国大陸で病に倒れた父は、帰国を余儀なくされ、東京湾に面した千葉県君津の療養所に送られました。そこで海岸に大量の海藻が流れ着き、未利用のまま朽ち果てていくのを見て、なんとか資源として有効活用できないかと考えたのが当社創業の原点です。当時は日米開戦前夜。連合国側の経済封鎖で物資の輸入が途絶え、国内の産業は困窮を極めていました。心ならずも戦地を離れたことに忸怩たる思いを抱えていた父は、1941年に27歳で「君津化学研究所」(現キミカ)を立ち上げます。自分もアルギン酸でお国の役に立ちたい。その一心からの船出でした。

アルギン酸」を使った商品の一例。今や私たちの生活に欠かせないものとなっている
「海の恵み」漂着海藻の活用でSDGsにも貢献
もともと海藻や化学の専門家だったわけではありません。父は長野県の出身で、実家の「笠原工業」では明治時代から代々製糸業を営んでいました。海なし県だからか、信州の人は往々にして海への憧れや興味が強いんですよ。さして珍しくもない海藻に目をつけた父も、例外ではなかったということでしょう。
三男だった父は理工系の大学を志望するも、当時の審査項目だった色覚に異常があったために入学を断念し、東京商科大学(現・一橋大学)へ進みました。本当は飛行機の設計がやりたかったそうです。とにかく実験が好きで、何でも自分でやる、やってみないと気がすまないという性分でしたね。私が子供の頃は自宅が研究室だったので、当時の父の記憶といえば、一日中実験を繰り返している姿しかありません。そんな試行錯誤の末に、唯一無二の手法でアルギン酸の工業化を成し遂げた父は、戦後も独学で品質向上と用途開発に努め、当社発展の礎を築きました。
海外では、アルギン酸の原料を調達するのに「生きた海藻」を刈り取って使うのが普通ですが、当社は一貫して、自然に海岸に打ち上げられた漂着海藻のみを利用しています。創業の地である千葉の海は埋め立てで環境が悪化したため、1980年代には調達の拠点を南米チリへ。現地の漁民に海藻の収集を依頼し、直接買い取り続けることで、地域の生活水準向上にも微力を尽くしてきました。近年は、こうした取り組みがサステナブルなビジネスモデルとして評価され、業績だけでなく、SDGsへの貢献という面からも当社の企業価値を高めています。SDGsなど知らない泉下の父もさぞ喜んでいることでしょう。
しかし、決して順境ばかりだったわけではありません。むしろ山あり谷あり。特に父が1984年に急逝し、それを受けて私が前職の製薬会社から移ってきた頃の状況は極めて深刻でした。
当時は、エルニーニョ(赤道付近の太平洋の海面水温が上昇する現象)の影響で海藻の調達が不安定になったほか、大口の取引を失ったり、排水処理の問題で設備導入に多額の負担を強いられたりと、いくつもの困難が重なったのです。極めつけは、中国産の安価なアルギン酸の台頭でした。品質こそ劣るものの、当社の3分の1の価格で売られては到底太刀打ちできませんからね。
自分で立ち上げた仕事は真似されず、応用が利く
社内の雰囲気も悪くなる一方でした。「アルギン酸なんてもうダメだ」「あきらめて商売替えしたほうがいい」──父の後を継ぐために入社した私の耳に、そんな声が当たり前のように入ってきたのです。私も別の事業やサイドビジネスなどあらゆる可能性を模索しましたが、どれもうまくいかない。いよいよ進退きわまった時、ある人が当社を訪ねてきました。父の従兄弟の笠原良平さんです。
良平さんは、先述した本家の「笠原工業」の6代目社長。長く製糸業1本だった同社に合成樹脂や電子部品などの新規事業を起こし、経営多角化を進めた名経営者でした。ですから、てっきりうちの事業転換も後押ししてもらえると思ったら意外や意外、製造現場を見た良平さんは開口一番、私に冒頭の言葉をかけたのです。
そう、「アルギン酸っていい仕事だな」と。
なぜ「いい仕事」なのか。当社にとってアルギン酸は誰に教わったものでもない、自分たちで考えて、自分たちが立ち上げた仕事です。創業の原点に何よりも強く刻まれているのは、「自分でやる」という父の信念。アルギン酸の工業化はその賜物にほかなりません。良平さんは「自分でやってきた仕事だからこそ人に真似されないし、応用や展開も利く。人から教わった仕事は教わった通りにしかできず、時代とともに環境が変わると対応できない」と説きました。そして、ズバリとこう付け加えたのです。
「こんなにいい仕事を残してもらったのに、なぜもうからないのか。それはやり方が悪いからだ」
その言葉で、私の迷いの霧も晴れました。うちのアルギン酸は誰も真似できない「いい仕事」なのだから、とにかく脇目も振らずこの道一筋に全力投球しよう。やるからには、アルギン酸をとことん究め尽くそう。そうすれば、小さくてもきらりと光る企業、世界で唯一無二の「なくてはならない企業」になれると思い至ったのです。
その決意をひと言で表したのが「ベスト・イン・ザ・ワールド」──当社のスローガンです。創業60周年に私が社長に就任した際、キミカへの社名変更とともに、第二創業の旗印としてこれを掲げました。
窮地にあっても誠実に。創業以前から続く教え
なぜ「トップ」ではなく、「ベスト」なのか。
トップを目指すというのは規模の勝負であり、当社がそこで戦ってもまず勝ち目はありません。というのも、アルギン酸には用途に応じたグレードがあり、ボリュームゾーンは繊維や鉄鋼に使う工業用製品などグレードの低いところにあるのです。そこはドッグファイトさながらの苛酷な価格競争の世界。巻き込まれたらひとたまりもないでしょう。なにしろ競合相手は、生きた海藻を大型船で根こそぎ刈り取っていくようなアメリカや中国の巨大企業ですからね。しかし彼らは、つくるのが難しく、スケールメリットを活かせない製品には手を広げない。当社はそこに活路を見出しました。
他社がやらないもの、できないもの、すなわちファイングレードの製品に特化し、集中することで、世界市場へ打って出たのです。規模では劣っても、品質や対応力、安定供給体制なら他の追随を許さない。アルギン酸にかけては「世界で一番優れた会社」を目指す「ベスト・イン・ザ・ワールド」の戦略が当社を危機から救い、成長軌道へ導いたことは疑いをいれません。
もちろん「他社ができないことをやる」のは茨の道です。しかし、やると掲げた以上はやらなければいけない。「ベスト」を掲げた以上は、一番優れた会社にならなければいけない。私がひるまずにそれを掲げるのは、当社には「約束を守る」真摯な姿勢と「嘘やごまかしを許さない」強い意思が脈々と受け継がれている、という確信があるからです。父・文雄がよく話していました。
長野の笠原工業は製糸業が軌道に乗るまでに倒産したことがあり、非常に苦労したのだと。しかし、"隠し財産"などは一切残さず、文字通り一文無しの素っ裸になった。正直に、誠意を尽くして、返せるものはすべて返した。その結果、「笠原は窮地に追い込まれても嘘やごまかしをしない」とむしろ株が上がり、再起する際には銀行などがすすんで支援してくれたというのです。
こうした経緯から、私たちは「約束を守る」こと、「嘘やごまかしを許さない」ことを肝に銘じてきました。創業以前から続く、まさに"一丁目一番地"の理念として。
「キミカスピリット」で指針を明文化
1991年にアメリカの大手競合からOEM(相手先ブランド)供給の注文を受けた時も、供給量は当時の生産能力の10倍超で価格は国内相場以下という無理難題でありながら、むしろ成長の機会ととらえてやり遂げました。約束を守ることに自信とプライドを持てなければ、「背伸びをしてチャレンジする」という決断もできなかったでしょう。
「約束を守る」「嘘やごまかしを許さない」「背伸びをしてチャレンジする」──こうしたキミカとキミカ社員に求められるマインドを、現在は「キミカスピリット10の約束」という形にまとめて明文化しています。
ひと昔前なら、どれも暗黙のルールとして、組織特有の風土や職場の上下関係の中で揉まれながら覚えるのが普通でしたが、やはり人材育成のあり方も時代の変化に対応していかなければなりません。特に若い世代は曖昧さや画一的な押しつけを嫌いますからね。この「キミカスピリット」を策定したのも「働き方改革」の議論がきっかけでした。強制はしないけれど、何が大切かを明確に示し、社内で共有しておきたいというのが一番の狙いです。
方向さえ間違えなければいい。あとはのびのびとやってもらえば、今の若い人は思った以上に結果を出しますよ。スポーツでもMLBをはじめ、世界で活躍するのが当たり前になりつつあるじゃないですか。ただ、忘れちゃいけないのは、大谷翔平選手の世代はイチローさんや松井秀喜さんらの姿に憧れて育ち、イチローさんたちの前にはあの野茂英雄さんが道をひらいたわけです。先輩が実際にやって見せて、範を示す。それが、後に続く人のモチベーションをどれだけ刺激することか。当社でも表彰制度などを通じて、ベテラン・中堅世代ならではの活躍ぶりを積極的にクローズアップするようにしています。よく「若手は褒めて伸ばす」と言いますが、良き先輩こそもっと褒められるべきでしょう。

最先端、ハイグレード、医療分野への応用
冒頭申し上げたように、アルギン酸はその用途を多様に広げ、今や人々の健康で豊かな暮らしづくりに欠かせない存在となっています。しかし、その生みの親、育ての親である私たちからすれば、アルギン酸の可能性はまだまだこんなものではありません。
近年、当社が注力しているのは、最先端にして最もハイグレードな用途である医療分野への応用です。アルギン酸は水によく溶け、カルシウムイオンに触れるだけでゼリー状に固まる性質があるので、注射で直接体内に入れられる高純度の製品をつくれば医療に活かせるはずだと、20年前から研究を続けてきました。たとえば、軟骨がすり減った膝関節に注入すると骨と骨の間にゼリーのクッションができ、痛みを和らげるだけでなく、軟骨の再生を促す効果も期待できます。
このレベルのアルギン酸は、当社にしかつくれません。だからこそ、この再生医療用の新製品が昨年ようやく上市された時、私は喜び以上に強く、覚悟と使命感を新たにしたのです。もっと圧倒的な「ベスト・イン・ザ・ワールド」にならなければいけないと。
その思いは、晩年の父がしみじみと語った次の言葉とも重なる気がします。
「俺は一生かけて、アルギン酸一つちゃんとできなかったな......」国内で初めてアルギン酸の工業化を成し遂げ、ゼロから当社を創業した大功労者でありながら、本人はそれに満足せず、遥か先を見すえていたということでしょう。「ちゃんとできなかった」は「もっとできた」の裏返し。それは、わが子にも等しいアルギン酸に、どれだけ真摯に向き合っていたかの証左でもあります。
嘘やごまかしを許さない、約束を守るのが当社の当社たるゆえんですが、約束の相手は決してステークホルダーだけではない。何より自分たちで立ち上げたアルギン酸という仕事そのものに対して、嘘偽りなく、常に誠実であることが「ベスト・イン・ザ・ワールド」へ近づく道だと、父が今も教えてくれている気がしてなりません。
取材・構成:平林謙治 写真提供:キミカ
本記事は、電子季刊誌『[実践]理念経営Labo』Vol.15から転載したものです。登録不要、全編無料でお読みいただけますので是非ご覧ください。




































































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