本田宗一郎「どうだね、君が手に負えないと思う者だけ、採用してみては」~名経営者の人材育成
2016年2月17日更新
ホンダの創業者・本田宗一郎は、厳しい経営者であり、夢を追いかけた経営者であり、そして誰よりも社員への感謝の思いを行動でも示した経営者といえるでしょう。桑原晃弥氏のコラムをご紹介します。
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大切なのは「未来の課題」に立ち向かう力
ホンダの創業者・本田宗一郎氏は学校に通っていた頃から、本嫌い、勉強嫌いだった。
「本なんか過去のことばかりが書いてあって、読めばそれだけ後退するような気がした」
こうした考えはホンダを創業してからも変わることはなかった。学んだ知識は役に立つかもしれないが、そこには未来の問題の答えは書いてない。企業を経営し、新しい製品を開発するためには本には答えが書かれていない多くの課題があり、それは一人一人が自分の頭で考えなければならず、そこにこそ人間の英知が試される、というのが本田氏の考え方だった。
大切なのは「過去の知識」の豊富さではなく、「未来の課題」に立ち向かう力である。本田氏はそんな力を引き出すためにも、人や企業には「洪水」が必要だと考えていた。1960年、浜松から東京に進出したホンダは「ドリーム号」を月300台生産すると通産省(現経済産業省)に申請したが、これは明らかに能力の限界を超えていた。通産省は「誇大申請だ」と本田氏を叱り飛ばしたが、本田氏は機械設備の改善を重ねて、最終的に月1000台を生産している。
本田氏は言う。
「人間にも会社にも、洪水は必要なんですよ。洪水のおかげで、今日があるんです」
本田氏はこうした無理難題を「洪水」と呼んだ。そして、洪水こそが人を成長させ、企業を強くすることをよく知っていた。
規格外の学生を採用
そんなホンダだが、企業が成長するにつれ、有名大学を出た、「優秀な」若者が増えてきた。本田氏は採用担当の試験官にこう提案した。
「どうだね、君が手に負えないと思う者だけ、採用してみては」
面接官は限られた時間の中で適性を見抜く必要がある。そのため、とかく「できのいい子」が採用されることになるが、本田氏は「試験官が気に入るような学生ばかりだったら、どんなに頑張ったところでせいぜい試験官のレベルまで」として、試験官が手に負えないと感じる、規格外の学生を採用してはどうかと考えていた。
従順なできのいい子は上司にとって使いやすいかもしれないが、上司を超えていくことはない。そんな人間ばかりなら企業は成長どころか縮小均衡へ向かうことになる。本田氏は経営にあたって、あえて自分と性格の異なる人間、自分にはないものを持つ人間と組むことを考え、実行している。
本田氏が望んだのはそんな自分にないものを持つ、規格外の人間であり、彼らに難問の洪水を浴びせ、大きく成長させることこそがホンダにとって必要なことだと考えていたのである。ある意味では天才、ある意味では頑固な親父だった。
2年の歳月をかけて、すべての拠点を回る
しかし、その一方で本田氏ほど社員を大切にした、そして社員からも愛された経営者も珍しい。
1973年、社長を退任した本田氏は約2年の歳月をかけて、日本国内の工場や出張所、海外の駐在所などをすべて回って社員の日ごろの苦労をねぎらっている。こうした社員一人一人の努力があったからこそホンダは世界的企業となったことを、よく理解していた本田氏ならではの行動である。
「地味にやっている人たちがあればこそ、何とかなる」
本田氏は厳しい経営者だったが、同時に夢を語り、夢を追いかけた経営者であり、社員への感謝の思いを言葉だけでなく、行動でも示した経営者である。
参考文献:『一分間本田宗一郎』(岩倉信弥著、ソフトバンククリエイティブ)
【著者プロフィール】
桑原晃弥(くわばら・てるや)
1956年、広島県生まれ。経済・経営ジャーナリスト。慶應義塾大学卒。業界紙記者、不動産会社、採用コンサルタント会社を経て独立。人材採用で実績を積んだ後、トヨタ式の実践と普及で有名なカルマン株式会社の顧問として、『「トヨタ流」自分を伸ばす仕事術』(成美文庫)、『なぜトヨタは人を育てるのがうまいのか』(PHP新書)、『トヨタが「現場」でずっとくり返してきた言葉』(PHPビジネス新書)などの制作を主導した。
著書に『スティーブ・ジョブズ全発言』『ウォーレン・バフェット 成功の名語録』(以上、PHPビジネス新書)、『スティーブ・ジョブズ名語録』『サッカー名監督のすごい言葉』(以上、PHP文庫)、『スティーブ・ジョブズ 神の遺言』『天才イーロン・マスク 銀河一の戦略』(以上、経済界新書)、『ジェフ・ベゾス アマゾンをつくった仕事術』(講談社)、『1分間アドラー』(SBクリエイティブ)などがある。