アンディ・グローブ「そのためには能力や誠実さなどに目をつぶっても構わない」~名経営者の人材育成論
2016年6月14日更新
急成長の企業を動かすためには、活力や自発性、熱意が必要――インテルの創業メンバーの一人で、長く同社CEОを務めたアンディ・グローブは、そうした観点から、人事政策を大きく変えています。グローブの人材育成論を、桑原晃弥氏が解説します。
「ピーターの法則」とは
南カリフォルニア大学教授の教育学者ローレンス・ピーターによって提唱された「ピーターの法則」というものがある。能力主義の階層社会がもたらす弊害について指摘したものだが、なかでもよく知られているのが「昇進した人たちは、やがてただの凡人になる」という考え方だ。
仕事で成果を上げると、その人は組織の中で一つ上の階層に取り立てられる。そこでまた成果を上げると、再び昇進をする。当然、周りもその人を「有能な人」と評価するが、不思議なことにある階層に達すると「有能な人」がたいした仕事ができなくなり、役に立たない仕事しかできなくなってしまう。
期待されて昇進して、新しい仕事を任された有能な人がいつまでも「有能」であり続けることはあまりなく、ごく一握りの人を除いてほとんどの人は「無能な人」「凡庸な人」になってしまうという組織につきものの課題を言い表したのが「ピーターの法則」だ。
急成長の企業を動かすには
インテルの創業メンバーの一人で、長く同社CEОを務めたアンディ・グローブはマネジャー時代はもちろん経営者となってからも絶えず「ピーターの法則」に関心を寄せていたという。グローブがトップを務めていた時代、同社の利益は年率34%という驚異の成長を続けている。
当然、事業は急速に拡大し、人材も次々と増えていく。社内の人材も次々と昇進するわけだが、多くの人が期待通りの成果を上げられなくなることへの疑問が「ピーターの法則」への関心につながったと言われている。人材の停滞は活力の低下にもつながる。グローブは社内の中間管理職層に目を向けてこう考えるようになった。
「気が滅入るのは、人柄は変えようがないことだ」
中間管理職層はみんな誠実さ、能力、品位、善意にあふれ、一生懸命に仕事をしていた。過去には成果も上げていた。しかし、欠点もあった。それは積極性に欠ける内向き志向の人間が多いことで、それでは変化スピードの速いIT業界を生き抜き、勝ち残るには物足りなかった。
急成長の企業を動かすには活力や自発性、熱意が必要だった。そこで、グローブは人事政策を大きく変えることにした。それは下位のマネジャーの中から「積極的で進取の気質に富んだ」人材を選んで猛スピードで出世させることと、新規の採用にあたっては、何よりも「起業家的な資質」を重視して採用するというものだった。
当然、そこにはリスクもあったが、グローブはこう割り切った。
「そのためには能力や誠実さなどに目をつぶってもかまわない」
リスクを恐れない起業家精神に満ち溢れた人材
なぜ「活力」と「能力・誠実さ」が両立しないのかはよく分からないが、とにかく欲しかったのはリスクを恐れない起業家精神に満ち溢れた人材だった。グローブが得意とするのは「力と力のぶつかり合い」であるビジネスにおいて、「相手をねじ伏せる」ことだった。はたから見ると何とも荒っぽい人事戦略だが、こうした激しい闘争心、チャレンジ精神こそがインテルをマイクロソフトと並ぶコンピュータ業界の覇者に押し上げることになった。
参考までに「ピーターの法則」に陥らないためにビジネスマンに求められるのは、自らを「無能」になったと嘆くのではなく、「新しい任務が要求するものについて徹底して考え抜くことだ」というのがピーター・ドラッカーのアドバイスである。
参考文献 『アンディ・グローブ』(リチャード・S・テドロー著、有賀裕子訳、ダイヤモンド社)、『プロフェッショナルの条件』(P・F・ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社)
桑原晃弥(くわばら・てるや)
1956年、広島県生まれ。経済・経営ジャーナリスト。慶應義塾大学卒。業界紙記者、不動産会社、採用コンサルタント会社を経て独立。人材採用で実績を積んだ後、トヨタ式の実践と普及で有名なカルマン株式会社の顧問として、『「トヨタ流」自分を伸ばす仕事術』(成美文庫)、『なぜトヨタは人を育てるのがうまいのか』(PHP新書)、『トヨタが「現場」でずっとくり返してきた言葉』(PHPビジネス新書)などの制作を主導した。
著書に『スティーブ・ジョブズ全発言』『ウォーレン・バフェット 成功の名語録』(以上、PHPビジネス新書)、『スティーブ・ジョブズ名語録』『サッカー名監督のすごい言葉』(以上、PHP文庫)、『スティーブ・ジョブズ 神の遺言』『天才イーロン・マスク 銀河一の戦略』(以上、経済界新書)、『ジェフ・ベゾス アマゾンをつくった仕事術』(講談社)、『1分間アドラー』(SBクリエイティブ)などがある。