アジム・プレムジ「インドの頭脳を世界に提供する」~名経営者の人材育成
2016年9月27日更新
IT御三家の一つウィプロを率いるアジム・プレムジ。彼が目指すのは、すぐれた技術とすぐれた価値観を持つ人材を育てること、その結果として「インドの頭脳を世界に提供する」ことです。プレムジの人材育成をご紹介します。
経営不振の会社を見事に再建
中国が「世界の工場」として急成長したように、今、インドは世界のITサービスを牽引する存在として急成長を遂げている。アメリカの巨大IT企業マイクロソフトとグーグルのCEОはサティア・ナデラ、スンダー・ピチャイというインド人である。そしてインドのIT御三家と呼ばれるタタ・コンサルタンシー・サービシズ、インフォシス・テクノロジーズ、ウィプロは今や世界数十カ国でITサービスを提供する企業へと成長している。
IT御三家の一つウィプロを率いるアジム・プレムジ(1945年生まれ)が父親の会社を継いだのは1966年のことである。スタンフォード大学の学生だったプレムジは父親の急死によって帰国、会社を継ぐことになるが、当時のウィプロは食用油などの製造を行う社員350人、売上300万ドルの潰れかけた会社だった。
株主からは「お前みたいな能無しの若造に、経営者が務まるわけがない。会社を競売にかけてしまえ」と罵倒されながらも若いプレムジは勘と経験、職人芸が頼りの会社に数字や分析といった科学的手法を導入することで改革を進め、経営不振の会社を見事に再建している。
やがてプレムジは化粧品や油圧部品製造といった多角化を進めるようになり、1980年代にはミニコンピュータの開発に進出、90年代に入ってソフトウェアの開発へと進んでいる。理系大国インドのプログラミング技術は高い。英語力もあるが、労働力は安い。これだけでも十分な競争力になるが、プレムジはシックス・シグマやトヨタ式なども取り入れることで品質や生産性の向上をはかり、GEと取引を始め、やがてウィプロはIBМからライバルと言われるほどに成長した。
2006年にはニューヨーク証券取引所で株式公開をしている。売上300万ドルの企業は40年で売上40億ドルとなった。
社員に正しい価値観を持たせる
こうした急成長の一方でプレムジが重視したのが社員に正しい価値観を持たせることである。かつて汚職がはびこっていたインドでプレムジは「規範を乱した者は誰であれその日のうちに職を失う」を徹底、「成功への強い意志」「思いやりのある行動」「妥協なき誠実さ」という3つからなる「ウィプロの精神」を全社員に徹底することでみんなが「同じ価値観」を持つように努めている。
その後、「ウィプロの精神」は「ウィプロ・バリュー」として進化することになるが、その際、重視されたのは「価値観」を単なるむなしいスローガンにするのではなく、「ウィプロという企業に流れる熱い血」にすることだった。すぐれた技術とすぐれた価値観を持つ人材を育てること、その結果として「インドの頭脳を世界に提供する」というのがプレムジの目指すものだ。
インドをより良い国に
プレムジには人材育成と共にもう一つ大切なことがある。まだ発展途上にあるインドをより良い国にしていくことだ。こう考えている。
「ウィプロが築く富は、滴となってインド国内に溢れ落ちる。社員に与える高い倫理観は、インド社会への良識と変わっていく」
滴は教育機会や雇用機会を増やし、人々を豊かにする。育った人たちがやがて世界と戦える人材となり、世界と戦える企業が生まれることになる。そしてインドは変わっていく。これからの時代、インドの企業とインドの経営者から目を離すことはできない。
参考文献 『インドの虎、世界を変える』(スティーブ・ハーン著、児島修訳、英治出版)、『世界の大富豪が実践している成功の哲学』(桑原晃弥著、PHP研究所)
桑原晃弥(くわばら・てるや)
1956年、広島県生まれ。経済・経営ジャーナリスト。慶應義塾大学卒。業界紙記者、不動産会社、採用コンサルタント会社を経て独立。人材採用で実績を積んだ後、トヨタ式の実践と普及で有名なカルマン株式会社の顧問として、『「トヨタ流」自分を伸ばす仕事術』(成美文庫)、『なぜトヨタは人を育てるのがうまいのか』(PHP新書)、『トヨタが「現場」でずっとくり返してきた言葉』(PHPビジネス新書)などの制作を主導した。
著書に『スティーブ・ジョブズ全発言』『ウォーレン・バフェット 成功の名語録』(以上、PHPビジネス新書)、『スティーブ・ジョブズ名語録』『サッカー名監督のすごい言葉』(以上、PHP文庫)、『スティーブ・ジョブズ 神の遺言』『天才イーロン・マスク 銀河一の戦略』(以上、経済界新書)、『ジェフ・ベゾス アマゾンをつくった仕事術』(講談社)、『1分間アドラー』(SBクリエイティブ)などがある。