ハワード・シュルツ「スターバックスの存在意義」~名経営者の人材育成
2016年11月28日更新
スターバックスを創業し、世界的企業に成長させた後、一時の引退を経てCEОに復帰したハワード・シュルツ。「完璧なエスプレッソをつくるための研修」を徹底したシュルツが社員に語りかけた言葉とは?
スティーブ・ジョブズの分析
「問題は急激な成長ではなく、価値観の変化だったんだ」はアップルの創業者スティーブ・ジョブズが自分が去ったのち、アップルが飛躍的な成長を経て、「倒産か、身売りしかない」という厳しい状況に追い込まれた原因を分析した言葉である。
ジョブズはお金儲けよりもすぐれた製品をつくることにこだわったが、ジョブズを追放したCEОのジョン・スカリーは製品づくりよりも利益の最大化と規模の拡大を重視した。その結果、一時的にはナンバーワン企業となったものの、成長を支えたマッキントッシュのようなすぐれた製品を生み出せなくなり、やがては経営危機に陥ることになった。
価値観の変化は人や企業を危機に陥れる。すぐれた製品よりも利益を優先すると、営業や数字にたけた人を雇い、そして昇進するようになる。こうした変化がものづくりにたけた人を遠ざけ、結局はつくる力を奪うことになる。ユーザーはそんな企業を見放すことになる、というのがジョブズの分析だった。
世界的企業に成長したスターバックス
同様に企業の価値観の変化に危機感を覚え、一時の引退を経てCEОに復帰、見事に再生したのがスターバックスの創業者ハワード・シュルツである。スターバックスの物語は1982年、シュルツが米国シアトルにあるコーヒー豆を売るスターバックスで働き始めた時に始まる。
1年後、イタリアを訪れたシュルツは、コーヒーを淹れる専門職バリスタのいる何軒ものエスプレッソバーでの体験に感動、帰国後、同じ体験をシアトルで提供しようとしている。しかし、創立者たちの反対にあい、86年に自らの会社を設立、そこでの成功を経て、翌年、スターバックスを社名ごと買い取っている。
「地球で最も素晴らしいコーヒーバー」で、「スターバックス体験」を提供する狙いは当たり、スターバックスは世界企業へと成長、2000年、シュルツは引退した。
お客さまに最高の体験を提供する
しかし、成功にあぐらをかいたスターバックスは徐々に普通の店に成り下がり、2007年にはある雑誌の評価でコーヒーの味がマクドナルドよりも下になってしまった。その結果に愕然としたシュルツが調べると、スターバックスのバリスタたちには「悪い習慣」が出来上がっていた。
エスプレッソの命とも言えるミルクの泡立て方などの訓練が不十分ゆえの悪い習慣だった。2008年、CEОに復帰したシュルツは米国にある7100店舗すべてを一時的に閉鎖、「完璧なエスプレッソをつくるための研修」を徹底した。シュルツにとってエスプレッソをつくるのは芸術だった。芸術を提供できなければ、スターバックスに存在意義はない。
閉鎖は数百万ドルを失う危険な賭けだったが、シュルツにとって大事なのは利益や成長以上に「最高の体験」を提供し、失われた信頼や志を取り戻すことだった。シュルツは社員にこう語りかけた。
「会社とか、ブランドとかではありません。皆さん自身が大切なのです。お客さまに出すのにそれで十分かどうかを決めるのは皆さんです。私は皆さんの力になります。そして、何より皆さんを信用し、信頼しています」
大切なのは利益よりも、お客さまに最高の体験を提供するという「誇り」だった。2010年、スターバックスは過去最高の業績を達成、再生への道を踏み出すことになった。企業にとって本当に大切な「価値観」は何か。それを守り抜き、社員とともに共有できた企業こそが成功企業となることができる。
参考文献:『スターバックス再生物語』(ハワード・シュルツ+ジョアンヌ・ゴードン著、月沢李歌子訳、徳間書店)、『運が開ける!名経営者のすごい言葉』(桑原晃弥著、PHP研究所)
桑原晃弥(くわばら・てるや)
1956年、広島県生まれ。経済・経営ジャーナリスト。慶應義塾大学卒。業界紙記者、不動産会社、採用コンサルタント会社を経て独立。人材採用で実績を積んだ後、トヨタ式の実践と普及で有名なカルマン株式会社の顧問として、『「トヨタ流」自分を伸ばす仕事術』(成美文庫)、『なぜトヨタは人を育てるのがうまいのか』(PHP新書)、『トヨタが「現場」でずっとくり返してきた言葉』(PHPビジネス新書)などの制作を主導した。
著書に『スティーブ・ジョブズ全発言』『ウォーレン・バフェット 成功の名語録』(以上、PHPビジネス新書)、『スティーブ・ジョブズ名語録』『サッカー名監督のすごい言葉』(以上、PHP文庫)、『スティーブ・ジョブズ 神の遺言』『天才イーロン・マスク 銀河一の戦略』(以上、経済界新書)、『ジェフ・ベゾス アマゾンをつくった仕事術』(講談社)、『1分間アドラー』(SBクリエイティブ)などがある。