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「クラッシャー上司」「パワハラ」のない組織づくりで問われる「人間観」

2017年5月 9日更新

「クラッシャー上司」「パワハラ」のない組織づくりで問われる「人間観」

部下を潰して自分はどんどん出世していく「クラッシャー上司」が話題になっています。部下の指導には厳しさも必要です。「パワーハラスメント」も社会問題になっているいま、「怖くて部下を叱れない」という管理職も少なくないようです。そこで、松下幸之助(パナソニック創業者)の部下指導をもとに、

やっかいな「クラッシャー上司」が増えている

筑波大学医学医療系の松崎一葉教授の『クラッシャー上司~平気で部下を追い詰める人たち』(PHP新書)が話題になっているそうです。「クラッシャー上司」とは松崎氏の命名で、《部下を精神的に潰しながら、どんどん出世していく》人物のこと。こうした上司がふえているというのです。

同書によれば、「クラッシャー上司」は、"基本的に能力があって、仕事ができる。しかし、部下をときには奴隷のように扱い、失敗するとネチネチ責め続け"、結果的に潰していく。彼らがやっかいな点は、自身の業績は社内でもトップクラス、ですからかりに会社が彼らの問題性に気づいていても処分することができず、次々と部下を潰しながら、どんどん出世してしまう。さらに恐ろしいのは、彼らは自分が「クラッシャー上司」かもしれないという危惧を毛頭抱きそうもないことです。

さて、松下幸之助の部下指導についてご紹介しますと、実は決してやさしくはありませんでした。二時間も叱り続けたといったエピソードもあれば、会議の場で「約束通りできなければ、君の血の出る首をくれ」と部下に迫ったこともあります。若かりし頃の極端な例では、その叱り方が激しすぎて部下が貧血を起こしたという話もあるくらいです。けれどももちろん「クラッシャー上司」でも「パワーハラスメント」でもなく、その対極で部下をきちんと育て上げるいわば「ビルドアップ上司」でした。

指導を受けたあとのはればれとした表情

いったい、何が違うのでしょうか。材料はたくさんありますが、次の証言をご紹介しましょう。

それは秘書をながらく務められていた尾崎和三郎さんの話です。

毎日、多くの部下が幸之助のもとへ報告に訪れます。秘書ですから、すべて尾崎さんが取りつぎます。尾崎さんによれば、なかには本人も叱られると分かっているような報告をする人もいて、彼らはこぞって最初から浮かない表情をしているそうです。

けれども、尾崎さんは不思議なことに気がつきます。何かというと、そんな彼らの報告後の表情の変化です。非常に厳しい叱責を受けることがあったとしても、幸之助の指導が終わって、尾崎さんの前を通り過ぎるときには、「みなはればれとした表情をしている」というのです。

「クラッシャー上司」二つの特徴

先の松崎教授が指摘する「クラッシャー上司」には本質的な特徴が二つあるそうです。一つ目は、自分のやっていることは善であるという確信を抱いていること。二つ目は、他人への共感性が欠如していること。ですから、部下に対する厳しい接し方に疑問をもたないし、部下が潰れかかっているという現実があっても、その気持ちを汲み取ることができず、罪悪感もないのです。

幸之助は、仕事のむずかしさを伝えるという点では、「クラッシャー上司」以上の厳しさがあった上司かもしれません。けれども一方で、常に自己観照を行なって、自分を客観視する努力を重ね、また人間に興味をもち、「人間は誰もが磨けば光るダイヤモンドの原石である」という人材観を堅持していました。

たとえば、ある社員は赤字の責任を感じて必死に奮闘していたとき、幸之助に、「君、あんまり働きなや」という言葉をかけてもらい、気持ちの余裕を取り戻すことができたといいます。幸之助には部下の心に寄り添う人間性がありました。こうした上司・幸之助の姿勢を考察すれば、「クラッシャー上司」とは本質の部分でまったく違うことは明白です。

「クラッシャー上司」を生み出さない組織づくりを研究しよう

私は、PHP研究所に残されている幸之助の資料や速記録を見聞きしていると気づく、幸之助のある口癖が大好きです。それは部下に対して指導している合間に、時折はさまれる、さりげない言葉です。その言葉とは「君ともあろうものが」。

「君ともあろうものが」という言葉をよく吟味してみると、幸之助の別のメッセージが込められていることが分かってきます。すなわち、「ほんとうの君は本来できるんだ。もっとすごいんだ」という期待です。だから、厳しく注意されても、はればれとするのです。それは、幸之助がすべての人に肯定的な人間観を抱いていたからに違いありません。そんな上司が本来は必要なのです。

松崎教授の『クラッシャー上司~平気で部下を追い詰める人たち』では、「クラッシャー上司」に対していかなる対策を講じるか、もっぱら部下の立場からの対策が挙げられています。けれども、これからの組織において大切なのは、実はこうした上司を生み出さないための対策を研究することではないでしょうか。

クラッシャー上司

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渡邊 祐介(わたなべ・ゆうすけ)
PHP理念経営研究センター 代表
1986年、(株)PHP研究所入社。普及部、出版部を経て、95年研究本部に異動、松下幸之助関係書籍の編集プロデュースを手がける。2003年、大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程(日本経済・経営専攻)修了。修士(経済学)。松下幸之助を含む日本の名経営者の経営哲学、経営理念の確立・浸透についての研究を進めている。著書に『ドラッカーと松下幸之助』『決断力の研究』『松下幸之助物語』(ともにPHP研究所)等がある。また企業家研究フォーラム幹事、立命館大学ビジネススクール非常勤講師を務めている。

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