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パワハラ防止のマネジメント―予防的対策のポイントとは?

2019年11月20日更新

パワハラ防止のマネジメント―予防的対策のポイントとは?

パワーハラスメント(パワハラ)防止のマネジメントには、予防的対策(平時)と問題発生時の対策(有事)があります。今回は予防的対策について話を進めます。

パワハラの予防的対策は3つの観点が大事

2020年4月に施行される、いわゆる「パワーハラスメント防止法」で、事業主の責務は次のように明記されました(下線は筆者)。

1)事業主は、優越的言動問題のないよう、労働者からの相談に応じ、必要な体制の整備その他の雇用管理上の措置を講じなくてはならない。(第30条の2より)
2)事業主は、労働者が相談を行ったこと又は相談に協力した際に事実を述べたことを理由として、解雇その他の不利益な取り扱いをしてはならない。(第30条の2の2より)
3)事業主は、労働者の関心と理解を深めるために、研修を実施しなければならない。(第30条の3の2より)
4)事業主はその役員も含め、優越的言動問題に対する理解と関心を深め、労働者に対する言動に必要な注意を払うように努めなければならない。(第30条の3の3より)

下線部分が予防的対策と言えると思います。1)の相談窓口の設置、就業規則と行動基準等規程類の見直しについてはすでにふれました。(PHP人材開発「『パワハラ防止法』施行前に人事部が取り組むべき課題は?」
ここでは、3)、4)の社員の教育・研修について述べます。特に教育・研修すべきポイントは、以下の3点です。

(1)パワハラ紛争の本質は何か

「パワハラは昔からあったのに、なぜ最近になって、社会現象と言っていいほどの広がりと深刻さを増しているのだろう」と思う人は少なくないでしょう。昭和の時代に入社した中高年の社員は、特にそう思うでしょう。確かに世代間の意識の差があり、社員研修では、まず、その歴史的経緯を説明することも必要です。

今回のパワーハラスメント防止法では、パワハラは以下のように定義されました。(下線は筆者)

職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること。

この条文を注意深く読むと、優越的な関係を背景とした言動そのものが問題だとは言っていません。業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの、つまり、適正な範囲からの逸脱行為が問題なのだと言っています。では、適正な範囲として縛りを与えているものは何でしょうか。

それは人権、もう少し狭く言えば、人格と尊厳です。「ビジネスのあらゆる場面において、人権は尊重されなくてはいけない」という概念は、日本では比較的新しい概念です。2000年代に入って、世界のビジネス界に一大旋風を巻き起こしたCSR(Corporate Social Responsibility)運動によって共有化された、今や世界の"新常識"です。2011年には、「ビジネスと人権に関する指導原則:国際連合『保護、尊重及び救済』枠組実施のために」として、国連で全会一致で承認されました。一方、パワーハラスメントという言葉が登場したのが2001年。クオレ・シー・キューブ代表の岡田康子氏が「パワーハラスメント」という和製英語を使いだしました。つまり、パワーハラスメントという言葉の登場と、ビジネス界における人権(人格と尊厳)意識の高まりは、お互いにリンクしながら膨らんでいったのです。

業務として適正な範囲はどこにあるのかをわかりやすく示したのが、下記のチャートです。

職務権限の遂行と人権の尊重

「職務権限の遂行」において、人権侵害があってはなりません。つまり、職務権限の遂行においては、人格と尊厳を傷つけない配慮が必要です。
他方、「人権の尊重」は大切ですが、それによって「職務権限の遂行」がおろそかになってはなりません。つまり上司は、嫌われても指示・命令をしなくてはならないことがあるし、部下は、指示・命令が合理性を欠いてないかぎりは従わなくてはならないのは当然です。したがって、両者の重なり合った部分が適正な範囲となります。

(2)パワハラの6類型は業務上の合理性とのバランスで判断

次に、代表的なパワハラ行為の6類型を教えます。2011年度に厚労省が招集した「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議(有識者会議)」の最大の成果物として有名になったものです。いわば厚労省のお墨付きのパワハラ行為です。

パワハラの行動類型と具体例

ただし、これをあまり硬直的に適用しないように指導してください。
例えば作業現場などでは、「バカヤロウ、何やってんだ!」などと荒い言葉で注意を促すことがあります。これをもって単純に、「ひどい暴言だからパワハラだ」と決めつけてしまうのはどうでしょう。危険回避のために、ゆっくり説明している時間がない場合、このような「ひどい暴言」に思える言葉で注意をしてもパワハラにはならない、と教えなくてはなりません。業務上の合理性があるからです。また、健康や家庭にトラブルを抱えている部下に、配慮の立場から健康や家族の状態などを尋ねることは、直ちに「個の侵害」とはなりません。やはり、業務上の合理性があるからです。

(3)パワハラは誰もが当事者になりうる

多くの人は、パワーハラスメントをするかしないかはその人の資質だと思っています。研修会で、半分冗談で「自分はパワハラをしそうだと思っている人は、手を挙げてください」と言うと、ほとんど手が上がりません。そこで質問を変えて、「自分は場合によってはパワハラをしてしまうかもしれないと思う人は、手を挙げてください」と言うと、パラパラと手が挙がることがあります。そこで、「それは例えばどんな場合ですか」と聞くと、「上からきついノルマがかかったとき」「仕事がうまく行ってないとき」「朝、カミさんとケンカしてきたとき」とかいろいろ出てきて、笑い声が聞こえてきます。そこで、このチャートを見せます。

パワハラ発動のしくみ

そうです。パワハラの発動は、「資質」と「業務上のストレス」の掛け算なのです。
パワハラをしやすい資質は、完璧主義、向上心、支配欲、攻撃性などです。一方、業務上のストレスは、過大なノルマであったり、部下や自分が失敗したりして、焦る状況下で増幅します。ですからパワハラは「誰もがしたり、されたりする可能性があるもの」であり、「だからこそ、誰もが注意をしなくてはいけないものだ」と伝えましょう。
教育・研修では規定類の説明、相談窓口の使い方、会社の判断基準、コミュニケーションルールなどにも触れなくてはなりませんが、ポイントとなるのは上記の3つだと思います。

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星野邦夫(ほしの・くにお)
慶應義塾大学文学部卒。帝人株式会社で初代の企業倫理統括マネージャー。2007年度内閣府「民間企業における公益通報者保護制度その他法令遵守制度の整備推進に関する研究会」委員。2009年より一般社団法人経営倫理実践研究センターで「ハラスメント研究会」を主宰。「パワーハラスメント防止」や「会社員の個人不祥事防止」などをテーマに、企業・団体向け研修を多数実施している。一般社団法人経営倫理実践研究センター上席研究員

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