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戦略人事とは?~これまでの人事との違いや事例、実践ポイントを解説

2023年5月 1日更新

戦略人事とは?~これまでの人事との違いや事例、実践ポイントを解説

戦略人事は経営戦略を実現するための人材マネジメントのことです。昨今では、人材を「資本」と捉え、価値を最大化する「人的資本経営」に注目が集まっています。本記事では戦略人事の意義や、これまでの人事との違いを考え、具体的な進め方や企業の取り組み事例をご紹介します。

INDEX

戦略人事とは経営戦略を遂行するためのもの

「戦略人事」は「戦略的人的資源管理(Strategic Human Resources Management)」の略で、自社の経営戦略を実現するための人材マネジメントのことです。経営目標の達成と人材マネジメントを紐づけた人事のあり方、考え方であり、これまでの日本企業の人事部ではやや欠けていた視点かもしれません。

1990年代にアメリカの経済学者デイブ・ウルリッチ氏が提唱し、欧米の企業では戦略人事は当たり前のものとなっています。日本では注目を集めているものの、胸を張って「実践している」といえる企業は少ないでしょう。

人的資本経営と戦略人事

戦略人事は、人的資本経営の一環として求められるものです。「人的資本経営」とは人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出して中長期的な企業価値の向上につなげる経営手法です。これまで人材は「資源」(human resources)と考えられてきました。人件費という言葉もあるように、資源でありコストという考え方です。

昨今の成熟市場では、企業は技術力だけで競合と差別化を図ることが難しくなってきました。そこで、人材を「資本」(human capital)と考えて積極的に投資し、より大きなリターンとして革新的なアイデアやイノベーションをもたらそうと考える企業が増えてきたのです。企業の持続的発展のために人的資本経営への取り組みを重視する投資家も増えています。経営戦略の確実な遂行をめざす戦略人事においても、人材を資本とみるか、資源とみるかで、自ずと手の打ち方は変わってくるでしょう。

従来の人事戦略との違い

これまでの人事戦略は、日々の人事全般に関わる業務で発生する課題を抽出・改善し、生産性を高めていく戦略が主でした。例えば、人材不足を解消するために採用活動を計画する、社員のモチベーションを高めるために人事評価制度を見直すといった内容があげられます。

これに対し戦略人事は、経営目標を達成するための戦略を策定することといえます。より高いビジネスの理解が求められ、競合他社との差別化などを目的に人材の適切なマネジメントを行います。具体的には、経営戦略と関連づけた採用や人材育成・配置、評価などがあげられます。

戦略人事における採用活動の一例となるのが、企業側から人材をスカウトするダイレクトリクルーティングです。定期採用や求職者の応募を待つ従来の手法と異なり、自社から積極的にアプローチして最適な人材を獲得するという活動は、経営戦略を達成するための戦略人事の典型といえるでしょう。

また、経営戦略を実現するために、階層と職能に応じた必要なスキル・能力を洗い出し、不足を補うための人材育成も戦略人事には欠かせません。ただ儀式的に社員を集めて研修をするだけでありません。体系的、計画的に知識やスキルを高めるために企業内大学(コーポレートユニバーシティ)を設置する、自己啓発支援などで学びの機会を提供するなど、経営目標達成のために社員がスキルアップを図るサポートを行うことも戦略人事のひとつといえるでしょう。

戦略人事が注目される背景

戦略人事が注目されるのは、少子高齢化による労働人口の減少により採用市場の競争が激化していることも理由のひとつです。経営戦略の達成に必要な人材を確保するのはますます困難になってきており、どの企業もパフォーマンスの高い人材確保に苦慮しています。人材の就業ニーズや価値観・働き方も多様化しており、それに合わせた企業側の変化も必要です。

また、近年はグローバル化の進展、AIなどのテクノロジーの進歩もめざましく、事業環境は激しく変化しています。グローバル化による世界市場への移行により、人材の多様化もこれまでとは比較になりません。変化に対応し、イノベーションをもたらす人材、組織風土づくりも急務になっています。人事部門もこれまでのような日常的な管理業務を行うだけでなく、経営者の視点に立って人材を採用・育成・活用する戦略人事の考え方が求められるようになっているのです。

なぜ、人事は変われないのか

戦略人事という言葉は、人事部門の人であればだれもが知っているはずです。その必要性に異を唱える人も少ないでしょう。ただ、日本企業ではその重要性を理解しながらも、実際には従来と何も変わっていないというのが現状かもしれません。

まず、戦略人事は経営戦略の遂行が目的であるわけですから、経営層からの明確な経営戦略の提示がなければなりません。人事部門はこの点を認識し、トップの方針、戦略をしっかり理解しなければなりません。

そこで問われるのが「トップは人事をどれだけ重視しているか、信用しているか」ということです。「企業は人なり」とは多くのトップが口にします。しかし、大事なことはそれを具体的な教育研修や評価制度、職場環境づくりといった人事施策に落とし込み、実行することです。この点まで実行できている企業は少なく、戦略人事で人事部門の真価が問われるポイントといえるです。

また、従来の情実中心の人事から経営目標にリンクする戦略人事にシフトするうえでは、大きな変化を余儀なくされます。社員の働き方にも影響がありますし、評価制度の改革は痛みを伴うこともあり、社員の反発を招くかもしれません。そのため、組織そのものが現状維持傾向となり、戦略人事への移行を難しくしているといえるでしょう。

これまでの人事部の役割は業務は給与や労務管理など定型的なオペレーション業務が中心でした。もちろん採用や教育研修、人事評価制度の整備など、企業業績に影響する重要業務も担って吐きましたが、成熟市場におけるイノベーションの必要性が高まる中で、経営戦略の遂行にどこまで貢献できていたかという点には疑問が残ります。

そうした中で出てきたのが戦略人事の考え方です。戦略人事は経営戦略を実現するために必要な人材のマネジメントを目的とします。そのため、経営層のパートナーとなって積極的に経営に参画し、人事施策を行うことが求められるようになったのです。定型的なルーティンワークを行い、既存事業を維持するための制度や仕組みを整備するだけでなく、経営戦略に直接関わり、市場での優位性を保つために人材面から貢献していくことが強く求められる時代になったのです。

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戦略人事に必要な機能

人材

戦略人事における人事部門は従来のような管理業務ではなく、経営者のビジネスパートナーとして積極的に関わる姿勢が求められます。そのために必要な機能は、次に紹介する4つです。

HRビジネスパートナー(HRBP)

HRBPとは「Human Resource Business Partner」の略です。人事(HR)とビジネスパートナー(BP)が協働する機能を指します。戦略人事のもとで人事は経営者や現場リーダーのパートナーとなり、経営を協働していかなければなりません。そのためには、経営トップやリーダーの考え方や企業方針の深い理解が必要です。

また、人事は会社側と現場の橋渡しも担います。会社の理念や方針を現場に伝えるとともに、従業員のニーズや現状を把握し、戦略策定を講じていくことが大切です。

センター・オブ・エクセレンス(CoE)

「エクセレンス(excellence)」とは優秀という意味で、センター・オブ・エクセレンスは人事業務について優秀な知識・スキルを持ち、コンサルティング業務を行う機能のことです。主にビジネスパートナーをサポートする機能を担います。

例えば、採用活動についてはただ選考業務を行うだけでなく、人材要件や採用方法、採用時期など具体的な計画を策定することがCoEの役割です。そのほか、人事評価や人材育成などの制度設計・開発などを行います。

戦略人事において人事はプロフェッショナルとなり、経営層や現場の従業員をサポートしなければなりません。

オペレーション部門(OPs)

オペレーション部門は、戦略人事の施策を運用する機能です。労務管理や従業員の勤怠管理・給与管理・各種手続きなど従来の人事で行ってきた機能を担います。戦略人事でも日常業務を効率的にこなしていくことが欠かせません。必要に応じ、アウトソーシング化の推進も行います。

戦略人事のもとではオペレーション部門もただ事務作業をこなすことにとどまらず、CoEが策定した各種施策を運用・管理していく役割があります。

OD(組織開発)&TD(人材開発)

ODとは「Organization Development」の略で、組織開発を意味します。企業理念を社内に浸透させ、組織文化を醸成しながら戦略人事のために必要な組織開発を行う機能です。

TDは「Talent Development」の略で、人材開発という意味です。理想の組織を作るために必要な人材を育成し、活躍してもらうことを目的とします。

ODが組織にフォーカスして組織をあるべき方向に導くのに対し、TDでは個人に焦点をあて、経営戦略の達成に必要な知識やスキル、マインドを養います。

ODとTDは表裏一体の関係にあり、どちらが欠けても成り立ちません。両方の達成を目指すことが戦略人事の推進に不可欠です。

戦略人事の進め方

戦略人事を実際に導入し推進していくためには、ステップを踏む必要があります。戦略人事は経営戦略から人事の諸活動に落とし込むため、まずは経営戦略の理解が必要です。

順にみていきましょう。

経営戦略の理解を深める

戦略人事の目的は経営戦略を達成であり、経営戦略や会社のビジョンの確認は必要です。何を達成し、現状の課題や改善点はどこにあるのかを見極めていかなければなりません。経営者の視点に立って理解することで、企業の方向性に合わせた採用や人材配置、人材育成ができます。

経営戦略の理解を深めるにあたり、経営層にその意識が不足しているという課題があります。経営戦略やビジョンが明確でない場合は、その策定を進めなければなりません。経営戦略は戦略人事の基盤であり、経営戦略の策定を通して人的マネジメントを行いやすい組織に変えていく必要があります。

経営陣が明確な経営戦略を策定していても、人事部門が戦略人事についての理解が進んでいないと、導入は難しくなります。人事担当者は従来の人事制度の考え方から抜け出し、経営者と同じ目線で人材マネジメントを行うことが求められます。自社内に適任者がいない場合は、専門的な知識を持つ人材の新規採用なども必要になるでしょう。また外部のコンサルティングの活用も選択の一つです。

経営目標達成に必要な人材像(コンピテンシーモデル)を明確化する

経営戦略の理解を深めることで、達成に必要な人材像が見えてきます。経営戦略を達成するために必要なスキルや能力などから、求める人材像を設定しましょう。「自社に合う人材」といった抽象的な人物評価ではなく、抽出した課題の解決に応えられる明確な人材要件を定義します。いわゆる「コンピテンシーモデル」を具体化し、明示することがポイントです。

人材確保のロードマップを描き、人事制度を再構築する

人材像を定めたら、人材確保の施策を検討します。とはいえ、人材確保はどこの企業においても重要な課題であり、希望する人材をすぐに採用できるとは限りません。採用施策の見直しを行うとともに、現有戦力の育成に力を注ぐことが大切です。そのためにも中長期の経営計画や経営目標をトップと共有し、ロードマップを描いて、いま打てる手を着実に打っていくという姿勢が求められます。人事制度の再設計にも取り組みましょう。

社内に戦略人事を周知する

社員に戦略人事の推進を理解してもらうことも忘れてはなりません。旧来の終身雇用や年功序列といった制度にどっぷりつかった社員の中には、戦略人事について「総論賛成、各論反対」というようなことはよく起こります。

社員の理解・共感を得るためにはどのような説明が必要か、どのように戦略人事を浸透させるか。経営陣と協力してすすめていく必要があります。もっとも戦略人事は企業の競争力確保、イノベーションの推進、やりがいある職場づくりなど、社員にもメリットがあります。ていねいに説明をし、社員の理解・共感を得てすすめていきましょう。

戦略人事に取り組む企業の事例

戦略人事の導入に際しては、実際に取り組んでいる企業の事例が参考になります。企業ごとに課題は異なり、戦略人事の施策はタレントマネジメントやグローバル人材の育成など取り組みの姿勢はさまざまです。

戦略人事に取り組む企業の事例を3つご紹介します。

タレントマネジメントに注力【日産自動車】

大手自動車メーカーの日産自動車は、戦略人事としてタレントマネジメントに注力しています。タレントマネジメントとは、従業員の能力や経験である「タレント」を把握し、適切に組み合わせて人材配置や人材育成を行う手法です。

日産自動車では2002年以降、人材活用のグローバル化が進んだ結果、 日本人が就くキーポストが減少し、優秀な日本人後継者が不足するという課題に直面しました。

そこで、2011年には優秀なリーダーを育成するための「グローバルタレントマネジメント部」を創設しています。

また、2015年には日産自動車独自のタレントマネジメントプログラム・JBLP(Japan Business Leadership Development Program)を開始しています。JBLPは、グローバルにビジネスを牽引できるリーダーを日本から輩出するために、選抜・育成するプログラムです。

JBLPのコンセプトは「3E Action」で、3Eとは「Experience(経験)」「Exposure(経営陣への露出)」「Education(教育)」の3つを指します。Experience(経験)では、JBLP参加者に厳しい経験を積んでもらうため、常に本人の実力よりも1〜2レベル高い仕事が与えられます。

Exposure(経営陣への露出)は、経営陣にJBLP参加者一人ひとりの姿を知ってもらい、育成の支援者になってもらう取り組みです。そのために、参加者には現在所属する部門とは違う部門の役員がメンターにつく仕組みがあります。

Education(教育)では専門教育プログラムのほか、参加者同士がつながるための社内勉強会やコミュニティ活動の場が用意されています。

参考:日産自動車|人事

グローバル人財育成プログラムを実施【味の素】

大手食品メーカーの味の素では2030年までの中期経営ビジョン「食と健康の課題解決企業」の実現に向けて人材投資を増やし、能力開発を強化しています。

会社の持続的成長にとっては従業員自らがキャリアプランを描いて努力し、成果を高めることが不可欠と考え、さまざまなキャリア支援プログラムを提供しています。

企業の基本原則である「人財育成と従業員の安全確保」に沿って、従業員の多様性・人格・個性を尊重した能力開発・能力発揮の機会が提供されている状況です。

キャリア支援プログラムのひとつとして実施されているのが、2018年より開講しているグローバル人財育成プログラム「味の素グループアカデミー」です。企業のグローバルな成長をけん引できる人材の育成を行っています。

味の素グループアカデミーは、管理職を対象にした「次世代経営人財」と「次世代高度専門人財および各部門リーダー候補人財」を育成する体系的なプログラムです。

同時に管理職・一般職を対象にした目的別人財育成プログラムも実施しています。従業員の成長の段階と目的に合わせた「階層別プログラム」と「選択型プログラム」を用意し、従業員が自ら思い描くキャリアを実現できるようサポートしています。

これらのプログラムにおいて、2018年における従業員一人あたりの年間平均研修時間は13時間ということです。

また、2021年には栄養とデジタルに関する教育をスタートさせ、味の素グループ全体で栄養を学ぶ研修コンテンツを独自に開発しています。ビジネスDX(デジタル・トランスフォーメーション)人材育成にも取り組み、2020〜2022年度の3年間でビジネスDX人財の100名体制を目指して「ビジネスDX人財育成プログラム」を開始したところ、2年間で従業員の約60%・1,865名が認定を取得したということです。

参考:味の素|キャリア開発支援

企業内大学で人材育成【日清食品】

大手食品メーカーの日清食品では、グループ理念である「EARTH FOOD CREATOR」の実現に向け、人材育成に取り組んでいます。中長期成長戦略でも「戦略を支える人材/組織基盤の変革」を重要テーマとして戦略を実行し、新しい食の文化を創造し続けるイノベーティブな組織の実現を目標としています。

2020年度からは社員の自律的なキャリア形成を支援し、健全な社内競争を生み出すことを目的に、企業内大学「NISSIN ACADEMY」を設立しました。

全社員対象の研修や創業者理念を浸透させる階層別研修など、さまざまな研修を実施しています。

新任管理職研修では、変化の激しい時代でも成果を上げ、リーダーシップを発揮できる管理職の育成に向けたアウトドア研修を実施しています。2020年度には、約40kmの行程を10時間かけて歩行するアウトドア研修が行われました。

各部門の次世代リーダーを育成するための選抜型研修制度や、経営人材育成に特化した経営者アカデミーも導入しました。2020年度はマーケティング、セールス、SCM、生産の4部門で選抜型研修を実施し、経営者セミナーではビジネススクールの受講や元経営者によるワークショップ参加などを通じて経営者に求められる能力の習得を目指しています。

また、組織の中核を担う50代の社員を対象に、ライフデザインセミナーを開催しています。2日間の研修を通じてこれまでの経験を振り返り、今後のキャリア形成に関する情報を提供するセミナーです。

参考:日清食品|人材育成

まとめ:経営戦略の実現を支える戦略人事

戦略人事とは経営戦略を実現するため、人材を最大限に活用するマネジメントです。企業の経営目標や経営計画の実現と人材マネジメントを直結させ、経営を支えていくという重要な責務があります。そのためにも、戦略人事の担い手には、 専門知識と経験を持つプロフェッショナルが求められます。経営戦略についての深い理解も必要です。そう考えれば、人事部門の役割は今後ますます大きくなり、やりがいを強く感じられる仕事になるのではないでしょうか。

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