次のリーダーの育成は管理者の仕事
2015年8月17日更新
管理者の仕事は、チーム、部下を動かして目標を達成することです。そこで大切なのが、「任せる」こと。任せることで部下も上司も育つものです。『実践 社員教育推進マニュアル』からご紹介します。
部下育成に不可欠な「説得力」
管理者の仕事は「チームを動かして目標を達成する」ことにあるが、もうひとつ「指導者」としての役割がある。部下の能力を伸ばし、次のリーダーに育てる必要がある。この「指導」は、業務の「指示」と異なる。「何時までに報告書を提出してくれ」は「指示」だが、「次回の営業活動に役立つ報告書の書式を考えてくれないか」は「指導」である。
私たちは、子どものころから多くの人たちの「指導」を受けてきた。記憶の中から、自分を変えたと思える「指導者」を思い起こしてみてほしい。その人の言うことを聴けたのは、なぜだろうか? 威厳があったから? プロとして尊敬できたから? 言うことに説得力があったから? ……この中で、若い管理者が身につけやすい、優秀な指導者の要素は「説得力」である。
アリストテレスの「説得力」の3要素
●エトス(品性・人柄)
見た目や肩書、日頃の印象で
「この人の話は信用できる」
「嘘かもしれない」
「さすがだ」
などと、聞き手の姿勢が左右される。
●パトス(熱意・感情)
言葉で愛の告白をしていても、感情を入れずに言うと伝わらないが、一言でも感情がこもっていれば相手の心に響くことがある。
●ロゴス(論理・理性)
筋道が立った説明で、相手を納得させる。
腑に落ちる。理に適う。
日本人はパトスを好むため、比較的苦手としている。
事例
ある部下を管理者候補に考えている。彼に、新規の大口取引の担当を任せることにした。すると、本人は「今のクライアントで手一杯です」と担当替えを求めてきた。どのように説得すればよいだろうか。
まず、自分が上司として信頼されているか(エトス)を、日ごろの様子から把握しておきたい。説得の場では、真っ直ぐな視線とハッキリした話し方(エトス)を心がける。なぜ大口を任せるのか、失敗したときの責任はどうなるか、現在のクライアントと並行できる理由を筋道立てて説明(ロゴス)する。終始、部下に育ってほしいという期待と熱意をこめて(パトス)話す。
「任せる勇気」が人を育てる
完璧主義で仕事を他人に任せきることができず、人を育てられないばかりか、自分が過労で疲弊している管理者がいる。プレーヤーとして有能だった人に多い傾向である。部下のミスや仕事の粗さが我慢できない。教えるより、自分がやったほうが早い。そうして自身の優秀さを誇り、部下のスキルの低さを嘆く上司がいるが、彼は管理者としては失格である。「名選手必ずしも名監督ならず」とよく言われるが、社内でも「任せられない」管理者がよく見られる。
事例
北京オリンピック・ソフトボールチーム 優勝時の斎藤春香監督のコメント
「エースと心中するつもりだった。自分が指揮官になったときから決勝は上野(エースの上野由岐子選手)で、と決めていた」。斎藤監督を北京に送り出すとき、母は「監督は不動心が大事」と言った。その言葉通り、厳しい連投やピンチの中でエースを信じきった結果だった。
圧倒的な力量を持つ部下であっても「信頼しきる」のは難しい。彼でダメなら選んだ自分が悪いとまで思える部下に出会えれば幸福だが、不安材料があっても「任せる」ことで部下は経験値を高めていく。この監督とエースの関係も、最初から絶大な信頼で結ばれていたわけではない。「不動心」を備えるのは苦しいことだが、自分の意志の強さを高める訓練にもなる。
部下に権限を与え、いざとなったら出て行ける態勢だけは整えて、辛抱強く見守る。結果が予想を下回っても、それは任せた管理者の責任である。部下を交えた振り返りを行い、改善点を指示して次のハードルを与える。また耐えて見守る。この繰り返しで部下は管理者の資格を備えていくのである。会社側からは「育成目標」を明確に出し、管理者の指導力を評価すると効果が上がるだろう。
※出典:『[実践]社員教育推進マニュアル』(2009年1月・PHP研究所発行)
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【著者プロフィール】
茅切伸明(かやきり・のぶあき)
株式会社ヒューマンプロデュース・ジャパン 代表取締役。
慶應義塾大学商学部卒業後、(株)三貴入社。 その後、(株)日本エル・シー・エー入社。 平成1年3月 住友銀行グループ 住友ビジネスコンサルテイング(株)(現SMBC コンサルティング(株))入社。セミナー事業部にて、ビジネスセミナーを年間200 以上、企業内研修を50以上担当し、他社のセミナーを年間50以上受講する。 平成18年4月 (株)ヒューマンプロデュース・ジャパンを設立。「本物の教育」「本物の講師」「本物の教育担当者」をプロデュースするという理念を掲げ、現在まで年間500以上、累計8,000以上のセミナー・研修をプロデュースするとともに、セミナー会社・研修会社のコンサルティング、セミナー事業の立ち上げ、企業の教育体系の構築なども手掛ける。
著書に、『実践社員教育推進マニュアル』、通信教育『メンタリングで共に成長する新入社員指導・支援の実践コース』(以上、PHP研究所)、『だれでも一流講師になれる71のルール』(税務経理協会)
松下直子 (まつした・なおこ)
株式会社オフィスあん 代表取締役。社会保険労務士、人事コンサルタント。
神戸大学卒業後、江崎グリコ(株)に入社。新規開拓の営業職、報道担当の広報職、人事労務職を歴任。現在は、社会保険労務士、人事コンサルタントとして顧問先の指導にあたる一方、民間企業や自治体からの研修・セミナー依頼に応え、全国各地を愛車のバイクで巡回する。
「人事屋」であることを生涯のライフワークと決意し、経営者や人事担当者の支援に意欲的に向き合うかたわら、人事部門の交流の場「庵(いおり)」の定期開催や、新人社会保険労務士の独立を支援するシェアオフィス「AZ合同事務所」の経営など、幅広く人材育成に携わっている。
著書に、『実践社員教育推進マニュアル』『人事・総務マネジメント法律必携』」(ともにPHP研究所)、『採用・面接で[採ってはいけない人]の見きわめ方』」『部下育成にもっと自信がつく本』」(ともに同文舘出版)ほか。