「人を育てる人」に求められる資質~企業現場の人材育成の実態から考える
2024年7月17日更新
人的資本経営のブームを受け、社員教育に力を入れる企業が増えています。一社当たりの人材育成費用は年々上昇傾向にありますが、必ずしもそれが成果にはつながっていないようです。なぜ、社員教育がうまくいかないのか、本稿ではOJTの実態と絡めながらその原因を考察すると同時に、今後企業が取るべき対策を提案いたします。
現場の人材育成の実態
人材を人的資本と見做し、その可能性を引き出すべく、人材開発に力を入れるべきだという主張が日に日に強まっています。ところが、その主張とは裏腹に、企業の現場では人材育成が機能不全に陥るケースも少なくないようです。
企業の人材育成が問題を抱えていることは、各種調査結果からも明らかです。厚生労働省が実施した令和4年度「能力開発基本調査」によると、能力開発や人材育成に関して「何らかの問題がある」と回答した企業は全体の8割(80.2%)に達しました。
※1 出典:令和4年度「能力開発基本調査」(厚生労働省)
そして、その問題の内訳として、回答数が多かったのが、「指導する人材が不足している」(58.5%)、「人材を育成しても辞めてしまう」(50.8%)、「人材育成を行う時間がない」(45.3%)という項目でした。
※2 出典:令和4年度「能力開発基本調査」(厚生労働省)
竹やりで戦うマネジャーたち
なぜ、これほど多くの企業で人材育成上の問題が生じているのでしょうか。その要因は、【図表2】にあるように「指導する人材が不足している」ことに起因していると思われます。ここで言う、不足とは「質的な不足」と解釈したほうが現実的です。
つまり、指導的立場にある現場のマネジャーが、指導者に必要な資質(マインドとスキル)を充分に備えていないのです。戦いに必要な武器は進化しているにもかかわらず、相変わらず昔ながらの「竹やり」で戦っているのが、現場のマネジャーの実態です。これでは、人材育成に成果が出ないのは当然でしょう。
「人を育てる人」に必要な資質
では、「人を育てる人」には、どのような資質が必要とされるのでしょうか。
「対話する技術」
第一は、「対話する技術」です。人材育成のベースは相互の信頼関係であり、それを支える対話の質が人材育成の精度に大きな影響を及ぼします。対話は、双方向のコミュニケーションであり、発信と受信を繰り返す営みです。組織の中の上下関係のもとでは、上司からの発信量が多くなりがちですが、これでは部下は受け身になってしまいます。部下の主体性を育もうと思うなら、相手の発言をしっかり受け止める「傾聴」を心がけ、実践する必要があります。
「承認」
第二は、「承認」です。人は誰しも、自分の存在や努力を認めてほしいという欲求をもっています。そうした人間の本性に則り、意図的・継続的、かつ効果的に承認すれば、相手のやる気や自発性が引き出され、責任感が高まるでしょう。
そして、相手に刺さる承認をするためには、日ごろから相手をよく観察し、承認するべき事実をつかむ必要があります。「良き指導者は良き観察者」なのです。
「肯定的な人間観」
第三は、「肯定的な人間観」をもつこと。つまり「人を育てる人」は、相手の可能性や善性を信じるのです。
どんな人でも、長所と改善点の両面をもち併せています。そうした前提に立ったうえで、なるべく相手の良い面に焦点を当て、それを引き出すような関わり方をしたほうが人は育ちやすくなります。上司が「君ならきっとできる」というスタンスで向き合うと、部下はその期待に応えるような考え方や行動をとるようになるのです。(※3)
※3 指導者が相手の可能性を信じることで教育上の効果が上がることが実証され、「ピグマリオン効果」という概念で知られている
カギを握るピープルマネジメントスキル
前述の通り、日本企業のマネジャーは人材育成に必要な武器を与えられず、竹やりで戦い続けています。それに対して、欧米の企業はマネジャーの「ピープルマネジメントスキル」を強化するために、徹底した教育を実施していると言います。こうした取り組みの差が、国際競争力の格差の源泉になっているのかもしれません。
本稿で考察してきた、企業が抱える人材育成上の問題を解決するためのカギは、マネジャークラスのピープルマネジメントスキルを高める仕組みを、いかに効果的・効率的に作っていくか、その一点にかかっていると言っても過言ではないでしょう。
的場正晃(まとば・まさあき)
PHP研究所 経営共創事業本部 本部長
1990年、慶應義塾大学商学部卒業。同年PHP研究所入社、研修局に配属。以後、一貫して研修事業に携わり、普及、企画、プログラム開発、講師活動に従事。2003年神戸大学大学院経営学研究科でミッション経営の研究を行ないMBA取得。中小企業診断士。