生産性を向上させるためのマネジメント
2024年11月 5日更新
日本の労働生産性は国際的に低い水準にあり、それが職場のさまざまな問題発生の原因になっています。なぜ、日本の労働生産性が低いのか、どうすれば生産性を向上させることができるのか、マネジメントの観点から考察します。
際立つ日本の労働生産性の低さ
日本の労働生産性は、国際的に見て低い水準にあります。日本生産性本部の「労働生産性の国際比較2022」によると、日本の労働生産性は以下のような状況にあります。
- 時間当たり労働生産性: 49.9ドルで、OECD加盟38カ国中27位
- 一人当たり労働生産性: 81,510ドルで、OECD加盟38カ国中29位
- 製造業の労働生産性: 92,993ドルで、OECD加盟主要35カ国中18位
これらの数字は、日本の労働生産性が他の先進国と比較して低い水準にあることを示しています。特に、西欧諸国よりも低い水準となっており、東欧諸国やニュージーランド、ポルトガルとほぼ同水準です。
日本の労働生産性の推移
また、日本の労働生産性の推移を見ると、以下のような特徴があります
- 1995年から2021年にかけて、就業者1時間あたりの付加価値額は7,894円から8,463円の範囲で横ばい状態
- 2021年の実質労働生産性上昇率は2.1%
- 1970年以降で最も低い順位となっている
こうした各種指標の推移は、日本の労働生産性が長期にわたって停滞していることを示しています。労働生産性の長期低迷は、経済成長や労働者の生活の質に影響を与える重要な課題となっています。
生産性の低さの理由と向上へのアプローチ
日本の労働生産性の低さは、さまざまな要因に起因しており、その中にはマネジメントの影響も大きく関わっています。具体的には、以下のような点が挙げられます。
まず、日本の企業文化には長時間労働が根付いており、「勤勉さ」が重視される風潮があります。このため、労働時間が長くなる一方で、実際の業務効率は低下しがちです。従業員は多くの時間を働いているにもかかわらず、集中力や生産性が低下するため、結果として労働生産性が向上しないという悪循環に陥っています。
次に、日本の多くの企業では年功序列型の評価制度が依然として残っており、成果主義が十分に浸透していません。このような評価制度では、努力や成果が正当に評価されないため、従業員はモチベーションを失い、生産性向上に向けた意欲が減少します。特に、頑張っても評価が変わらないという認識が広がると、従業員は新たな挑戦を避ける傾向があります。
さらに、日本の企業は業務プロセスの効率化やイノベーションを進めることが難しい状況にあります。マネジメント層が保守的であり、新しいアイデアや技術を取り入れることに消極的な場合、業務の効率化が進まず、結果として生産性が向上しません。
これらの要因を考慮すると、日本の労働生産性を向上させるためには、マネジメントスタイルの見直しや評価制度の改革、業務プロセスの効率化など、多角的なアプローチが必要であることがわかります。
マネジメントスタイルの見直し
労働生産性を向上させるためには、マネジメントスタイルの変革は欠かすことができない課題です。カンや経験に頼るのではなく、仕事のプロセスや効率性を客観的かつ体系的に分析し、改善するような仕事の進め方、つまり「仕事を科学する」アプローチが求められるのです。
このアプローチは、単なる効率化だけでなく、従業員のモチベーションやエンゲージメントの向上にも寄与する可能性があります。例えば、従業員の個々のモチベーション・リソースに合った仕事の割り当てや、仕事の意味づけ、活躍のチャンス提供などを通じて、仕事へのエンゲージメントを高めることができます。
「仕事を科学する」ことで、組織は客観的なデータに基づいた意思決定を行い、継続的な改善を実現することができます。これは、現代の競争激しいビジネス環境において、企業が効率性と生産性を維持・向上させるための重要な戦略となっています。
「PPDACサイクル」とは? 概念と5つのステップ
「仕事を科学する」ためには、データの収集と分析が欠かせません。その取り組みを支えるのが、PPDACサイクルという概念です。
PPDACは以下の5つの段階の頭文字を取ったものです。
- Problem(問題)
- Plan(計画)
- Data(データ)
- Analysis(分析)
- Conclusion(結論)
このサイクルは、問題の把握から始まり、結論を導き出すまでの一連のプロセスを体系的に示しています。
PPDACサイクルの各段階
第1ステップ:問題の把握 (Problem)
この段階では、具体的な課題や問題を明確に設定します。問題の核心を理解し、解決に必要な要素を特定します。また、課題達成のための具体的な定量指標を設定します。
第2ステップ:計画(Plan)
ここでは、問題解決のための調査方法を決定します。
具体的には、
- 因果関係の仮説を設定
- 仮説検証のための分析手法を決定
- 必要なデータの収集方法を計画
第3ステップ:データの収集(Data)
この段階では、
- 必要なデータの範囲と対象者を明確化
- 一貫性のある収集方法で品質の高いデータを収集
- 収集したデータを分析しやすいように加工
第4ステップ:分析(Analysis)
収集したデータを詳細に調査し、問題解決のヒントを見つけ出します。
具体的には、
- データの視覚化
- 散布図の検討
- 相関関係の検証
- 回帰分析などの統計的手法の活用
第5ステップ:結論(Conclusion)
分析結果から最善の解答や改良点を見出し、結論として提示します。この結論は新たな課題提起や次のサイクルの起点となります。
「PPDACサイクル」の特徴とメリット
PPDACサイクルは、PDCAサイクルを基にしていますが、よりデータに焦点を当てているのが特徴です。そして、経営環境の変化に機敏に対応するため、完璧さを求めず、仮説的な結論を迅速に導き出します。また、参加者全員が各段階を共有しながら進めることができるので、チーム作業に適しています。さらに、データ収集から結果の解釈までを効率的かつ正確に行えるので、効率的な問題解決につながります。このような観点から、PPDACサイクルは、現代のデータ駆動型社会における問題解決に適したフレームワークとして、幅広い分野で活用されています。
しかし、どんなに便利で効果的なツールがあったとしても、それを使いこなせるかどうかは、人の意識と行動にかかっています。そういう意味では、まず一人ひとりが職場の生産性の状況を現実直視したうえで、仕事に取り組む際の意識と行動を改めようという強い問題意識を醸成することが大切になるでしょう。
的場正晃(まとば・まさあき)
PHP研究所 経営共創事業本部 本部長
1990年、慶應義塾大学商学部卒業。同年PHP研究所入社、研修局に配属。以後、一貫して研修事業に携わり、普及、企画、プログラム開発、講師活動に従事。2003年神戸大学大学院経営学研究科でミッション経営の研究を行ないMBA取得。中小企業診断士。