新入社員を「お客様」にしない~内定者教育、導入研修を成功させるポイント
2017年12月25日更新
せっかく採用した社員が入社1年目でメンタルダウンしてしまう。あるいは、入社時にはやる気に満ちていた若者が、2年後には言われた仕事しかしない状態になっている――こうした事態を招かないために、内定者教育~新入社員導入研修のポイントを考えます。
内定期間は「なぜ働くのか」という問いに向き合う
はじめにご紹介したいのが、2009年にまとめられた、「新規参入者の組織社会化メカニズムに関する実証的検討」(竹内倫和、竹内規彦 『日本経営学会誌』23:37-49)という論文です。
この論文の要旨は、就職活動や入社内定期間中に、仕事や人生について考えるという行為をすることによって、入社直後、組織に適用しやすくなる。そして、社会人としてのスタートダッシュがうまく切れたなら、その状況が1年後につながる、ということです。
厳しい経営状況において、新入社員に1日も早く戦力となってもらえるよう、内定期間にできるかぎり知識をつめこむという考え方もあります。しかし、内定期間は、職業人になる前の、いわばウォーミングアップの期間。長い目でみると、この時期に過度な負担をかけるよりも、むしろ「何のために働くのか」「自分は何をしたいのか」「何のために生きるのか」といった問いにじっくり向き合い、自分なりの仕事観を導き出してもらえるよう働きかけることが大切なのではないでしょうか。そのことによって、入社後の組織適応力を高めることになります。
そして入社後は、導入研修や日々のOJT、メンタリングなどによって組織適応をさらに後押しし、「この会社でよかった!」「成果が出るまでがんばろう!」という気持ちを育みます。さらに入社5年目までは、フォローアップ研修などの機会を通じて、「仕事が面白い!」「将来はこうなりたい!」といった気持ちを育んでいきます。このように、内定の段階から3年目、5年目までは、一貫した育成体系のもと、じっくり腰を据えて育成することが肝要です。
成功する導入研修のポイント
茶道の用語に「用意」と「卒意」があります。用意とは、客人をもてなすために主人があらかじめ行う準備のことを言い、卒意とは主人のもてなしに応えるために客人に求められる心構えや行動のことを言います。
おもてなしというものは、主人の用意と客人の卒意が、相互に作用しあってはじめて成り立つものであり、一方的な関係では決して心地よい空間・時間を生み出すことはできません。目的を達するためには、まさしく「主客一体」の状態になることが不可欠なのです。
私は入社時の導入研修で、この考え方を新入社員に伝えています。周りに準備してもらった研修を単に「受ける」といいうことでは、実りある研修にはなりません。よりよい研修にするために、受講生の皆さんにできることはありますか? と問いかけます。すると受講生から「休憩時間にホワイトボード消します」「時間管理をやります」といった声が上がります。
導入研修では、よかれと思って新入社員をお客様にしてしまってはいけません。新入社員は、「会社ってこんなものなんだ」「自分のために周りが動いてくれるんだ」と勘違いしてしまうからです。そうなると、自分の所属する組織が何をしてくれるのか、上司や先輩は何をしてくれるのか、等々、周りの人が自分に何かをしてくれることだけを期待し、受け身の姿勢になってしまいます。そうではなく、自分が周りの人たちに対して何ができるかを考えること、すなわち仕事を行う上での「卒意」を明確にすることが、ビジネスを行う上で大切であることをしっかり理解させる必要があるでしょう。
新入社員に伝えたいこと――「愛される存在になる」
弊社創設者である松下幸之助は、「社会人にとって大切なこと」を次のように語っています。
ビジネスマンはみんなに愛されないといかんですよ。あの人がやってはるのやったらいいな、物を買うてあげよう、と、こうならないといかんですよ。そうなるには、奉仕の精神がいちばん大事です。奉仕の精神がなかったら、あそこで買うてあげようという気が起こらない。
そうですから、ビジネスマンのいちばん大事な務めは愛されることである。愛されるような仕事をすることである。それができない人は、ビジネスマンに適さないです。必ず失敗する、と、こういうことです。
(『人生と仕事について知っておいてほしいこと』松下幸之助[述] PHP総合研究所[編])
今の若者は「お役立ち感」に敏感です。残念ながら松下幸之助を知る若者は減ってきていますが、周りへの貢献という意味で、この言葉は若者たちの心に響きます。私は、PHPゼミナール「新入社員研修」で、この話を紹介した後、「あなたは愛されるビジネスマンになるために、職場でどう行動しますか」という発表をしてもらっています。
誰かに何かをしてもらうことが多かった若者たちに、他人の気持ちを慮る経験をさせることは、主体性を涵養するきっかけとなります。後々になって「ボタンの掛け違い」という状態にならないためにも、入り口である導入教育でしっかりと真理を理解・体得させたいものです。
的場正晃(まとば・まさあき)
PHP研究所人材開発企画部部長
1990年、慶應義塾大学商学部卒業。同年PHP研究所入社、研修局に配属。以後、一貫して研修事業に携わり、普及、企画、プログラム開発、講師活動に従事。2003年神戸大学大学院経営学研究科でミッション経営の研究を行ないMBA取得。中小企業診断士。