リブランディングで固有の価値を自問自答する~内観で身につけた深く考えるクセと感謝の心が会社を変える
2025年9月17日更新

海外を含め357店を展開、客室数78,455(2025年4月1日現在)と、日本一の客室数を展開するビジネスホテルチェーン「東横INN」を運営する東横イン。創業当初から、各ホテルの支配人に人事権など大きな権限を渡す、支配人に女性を登用する、など斬新な経営で注目を集めてきた。そのトップを務める黒田麻衣子氏は2022年7月、創業以来初のリブランディングを敢行し、様々な改革を推し進めてきた。「自身は思考の整理に、また社員教育にも『内観』が役立っている」と黒田氏は言う。内観とは、自己を観照して自らを知るための一つの手法だが、経営理念や企業使命の再構築にどんな影響を及ぼしたのか、黒田氏にうかがった。
INDEX
株式会社東横イン 代表執行役社長 黒田麻衣子(くろだ・まいこ)

1976年、東京都生まれ。聖心女子大学を卒業後、立教大学大学院でドイツ近代史を専攻。父、西田憲正氏が創業した株式会社東横インに2002年入社。出産・育児のため退社後、'08年に副社長として復帰し、'12年に社長に就任。'22年には、「全国ネットワークの基地ホテル」を掲げ、ブランド再構築を推進。「東横INN体験を感動レベルへ」を合言葉に、「おもてなし規格認証『紺認証』」に挑戦、'24年6月、一企業最多333店舗で取得に至る。'20年、毎日新聞社主催「第40回毎日経済人賞」受賞。
株式会社東横イン
本社:東京都大田区/設立:1986年/事業内容:ビジネスホテルの運営
全国の支配人と個人面談。現場から学ぶ
東横インは、創業者・西田憲正氏が電気設備工事業の副業として始めた事業だ。創業時、黒田氏は10歳。幼い頃から父が電話で社員を叱る姿をしばしば目にし、自身も父に叱られた記憶は多い。
「『世界中に1045(トウヨコ)万室を作る』というのが父の目標でした。自分たちのような安価で便利なホテルがあれば、世界中の人たちを動かすことができる。それが、ひいては世界平和につながると考えていたのです。ただ、その思いが強いがゆえに社員も家族も父に振り回されていました。それが嫌で、子供の頃から『会社は絶対に継がない』と決めていました。父からも会社を継げと言われたことは一度もないのです」
憧れていた教員になるべく大学院に進み、大学院在籍中に母校の非常勤講師として教壇に立った。しかし、「この仕事は自分には向いていない」と断念。突然の進路変更ゆえ就職活動もままならず、父に「入れてください」と頭を下げて東横インに入社した。2002年のことである。
新規店舗の立ち上げに携わるなど、仕事は新鮮で楽しかったが2005年、出産を機に退社。夫の仕事の都合でドイツに渡り、2人の娘を育てる専業主婦として毎日を送っていた。
そんな黒田氏が、東横インに戻ったのは2008年のこと。グループ会社の廃棄物処理法違反が発覚、父がその責任を取ってすべての役職を降りることになったからだ。
「『これまで父についてきてくれた社員を私が守らなくちゃ』と本能的に思い、後を継ぐことを決意。副社長として会社に復帰しました」ある日突然、跡取り娘がやってきて、社内からはさぞ反発の声が上がったのではと思いきや、実際はその逆だった。西田氏は社内では絶対的な存在で、そういう人に物申すことができるのは、娘の黒田氏しかいない、と皆が期待していたのだ。
しかし、3年間で約80店舗もの開業ラッシュやリーマン・ショックの影響を受け、東横インは創業以来の不況に陥ってしまった。
「会社を去っていく人がいた一方で、人員を補充しませんでしたし、コストの徹底した削減もあり、現場は疲弊してしまいました」
そして、2011年3月に東日本大震災が起こる。倒壊は免れたものの修繕が必要となった店舗は少なくなく、その費用を考えると途方に暮れたという。
ところが、この震災で復興需要が高まったことで、売上はV字回復。父親に「今だ。お前が社長になりなさい」と言われ、2012年6月、黒田氏は社長に就任した。
社長になって、すぐに始めたのが全国200店舗以上(当時)の支配人との個人面談だった。父親には常々「現場の声を聞け」「彼らをサポートするのが本社の仕事」と言われていたからだ。
「苦しい時期を一緒に乗り越えてくれたという感謝の気持ちがありましたし、だからこそ彼らの本音が知りたかった。そこで『なぜ、今日まで続けてこられたのですか?』と質問しました。すると、ほぼ全員が『やりがいがあるから』と言ってくれたのです。
ホテル1棟丸ごと任せてもらえるのがうれしい、スタッフの成長する姿を見るのがうれしいなど、やりがいを感じているところは人それぞれですし、もちろん不満を口にする人もいましたが、それでも『やりがいがあるので、辞めなかった』と。それを聞いて私は、父のやり方でいいんだ、それを継承しなければいけないと思ったんです」
以来、1年に1回、全店舗の支配人と1対1で20分程度の個人面談を実施している。場合によっては1時間近く話をすることもあるが、だからこそ大切な時間。現場の支配人から学んでいるのだ。
それから、順調に売上を伸ばし、2015年5月には全店全室(249店舗、48,831室)を同一日に満室にし、100%の稼働率を達成。ギネス世界記録に公式認定された。その後も、インバウンド需要もあり高稼働で、好調が続いていた。
「DNAを残しながら新しくなろう」。リブランディングを決意
だが、またもや試練に見舞われる。2020年1月からの新型コロナウイルス感染症の拡大によって、3月には稼働率がそれまでの半分にまで落ち込んだ。そして翌2021年、35周年を迎えたその年に、創業以来初の赤字決算となった。「このまま、どうなってしまうのか」と思ったが、国が宿泊療養施設として借り上げてくれたことや全国旅行支援の実施、雇用調整助成金などで生き延びた。
「実はコロナ禍の前から、京都・大阪の落ち込みを見て競争力の低下を感じていましたが、会社全体の業績は良かったので目を背けていたのです。コロナ禍で業績が落ち込んではじめて問題に向き合い、東横インはお客様にとって果たしてファーストチョイスなのだろうかと考えるようになりました。
創業以来の『駅前旅館の鉄筋版』『清潔・安心・値ごろ感』というコンセプトに自信を持ってきましたが、果たしてそれが固有の価値といえるのか。本当にお客様のニーズに応えることができているのだろうかと、自問自答の日々が続きました」
さらに、雇用市場でもファーストチョイスではないと気づく。
「業績悪化に伴って辞めていく人が出て、現場スタッフが減っていたところへ全国旅行支援の実施でホテルの稼働率が上がり、急遽募集をかけたんです。ところが、人が集まらない。ホテルは新型コロナウイルスの最前線にいるようなところもあるので、それも致し方ないと思いながらも、頭を抱えました」
お客様からも社員からも、一番に選ばれる会社にならなければいけない。そのためには、自分たちが変わらなければ......。迷いながら、でもいくつかの新しい取り組みを始めた。社内で議論を重ねるうちに「DNAを残しながら新しくなろう」とリブランディングを決意する。
ロゴ、経営理念や社員の行動指針を見直した。
「行動指針は、社員たちと一緒に考えたいと思いました。そこで広報を中心に、フロントをはじめ現場スタッフからも声を集める中、ある社員から『東横インのDNAって、何ですか?』との質問を受けたのです。はっ、としました。DNAを残すといっても、それが何なのか明文化されていなければ、残しようがない。そこで、東横インで働いてくれているすべての人たちのためにハンドブックを作ることにしました」
残すべきDNAは、「お客様思い、仲間思い、地元思い」、そして「挑戦を続ける」。前者は常に意識していたとはいえ、後者はもともとのベンチャー精神を忘れ、いつしか「守り」に入ってしまっていた。まずは、「挑戦し、進化し続ける」という原点に戻ろうと考えた。ハンドブックは、経営方針やマニュアルのようなものではなく、誰にもわかりやすく、東横インのスタッフ一人ひとりが自分事として共感できるものにしたいと思った。そうしてできあがったのが、『東横インHEROES みんなの物語』だ。東横インの考え方、社員の行動指針などが、楽しいイラストを交えてまとめられている。
入社時に読んで東横インの考え方や姿勢を理解するのに役立つのはもちろん、仕事をするうえで迷ったり疑問を持ったりした際に見返せば、改めて東横インが大切にしているもの、自分がすべきことを確認できるというのが、このハンドブックの狙いだ。

東横インの考え方や社員の行動指針などを盛り込んだ『東横インHEROES みんなの物語』。日本語版に加えて、英語版、ハングル版もある
制服を一新、更衣室の増設。「目に見える変化」を打ち出す
一方で、会社としては「目に見える変化」も打ち出していた。
「社員たちにとっては、制服を変えたことが大きな変化だったかもしれません。黄色とピンクの制服だったのですが、都市伝説のように『東横インの制服は絶対に変わらない』と思われていました。実は、コロナ禍の前から制服を変えてほしいという声は耳に入っていました。ただ、父のこだわりが詰まった制服だったので、私も手をつけられなかったのです。でも、特にフロントの制服はホテルの看板です。それを思い切って一新したことで、社員たちは『本当に変わるんだ』『変えていいんだ』と思ってくれたようです」
もう一つ、現場を驚かせたのが更衣室の増設だ。
「店舗のバックヤードが狭い、特に更衣室が足りずスタッフが不自由を感じていることは私も知っていました。ただ、父はとにかく1045万室作ることにこだわってきましたから、客室は潰さないというのが東横インの方針だったのです。それを、『必要であれば客室を潰して更衣室を作ってください』と言ったものですから、『え、本当に、いいんですか?』と」
更衣室のほかにも、店舗の設備で変えたいものはないか支配人たちに聞いた。会社が本気で変わろうとしていることを実感した現場社員たちは、自らも、変えるべきことはないか、変わるためにはどうすればいいのかを考えるようになり、それをすすんで発言するようになった。
リブランディングでは、お客様に選ばれ続けるために、提供する価値について見直しをした。設備や予約サイトは刷新していくが、自分たちの接客はどうか。接客には感動がなければならない。感動は期待を超えるもの、「あり得ない、有り難い」から「ありがとう」と言っていただけるのだ。そこで、感動レベルのおもてなしを目指し、それができているか確認するためにも、おもてなし規格認証「紺認証」に挑戦することにしたのだ。この挑戦では、現場も本社も全員が一丸となって目標に向かって取り組み、見事国内333(挑戦時の国内店舗数)の店舗でおもてなし規格認証「紺認証」を取得するに至った。
「内観」で感謝の気持ちを思い出す。頭も心も整える
不安を感じたり、心の整理ができなかったりするようなとき、「『内観』をすると感謝の気持ちを思い出すとともに、頭も心もすっきりとする」と黒田氏は言う。内観とは、自己認識の方法の一つ。実業家として財を成した後、その普及に全生涯を捧げた吉本伊信氏が開発した、自分自身の心の状態を観察する方法だ。
内観ができる施設に7泊8日で入所し、屏風で仕切られた空間で思索をする。思索の方法は決まっていて、最初は母親に対する自分を「調べる」ことから始まる。調べるといっても、辞書などで調べるのではなく、母親に「してもらったこと」「して返したこと」「迷惑をかけたこと」の3つについて幼少期から現在まで順に思い出すのだ。母親が終われば、父親、配偶者、子供......と、これまでの人生において自分にかかわりの深かった人について、一人ずつ調べていく。それによって、自分自身の心の底を突き詰めることができ、その結果、精神的な安定や成長が得られると言われている。
東横インでは、創業者の西田氏が「内観と出会ったことで人生に光を見出すことができた」という体験から、社員研修に取り入れるようになった。
「父はよく『内観は気づきのトレーニングだ』と言っていました。内観によって、自分は本来、何がしたいのかがわかるだけでなく、相手の感情にも気づくことができる。だから、お客様の『こうしてほしい』に気づけるはずだ、と」
黒田氏が初めて内観をしたのは、中学1年生のとき。その後、「社会人になる前に一度やりなさい」と父に言われ、大学卒業時に内観をした。「そのときは、内観が自分にとってどんな効果があるのかよくわからなかったのですが、自分は何を考えているのか深く考えるクセがついた気がします。たとえば、何か不愉快なことがあったとき、漠然と『嫌だな』ですませず、何が嫌なのか、それのどういうところがどういうふうに嫌なのかと、すごく細かく考えるんです。それが、何か問題が起きた際に最適な解決策を見つける助けになっているように思います」
リブランディングの際も、自分自身を問い直した。創業当時は、東横INNのような安価できれいなホテルがなかったので、ホテルを建てること自体が社会貢献だっただろう。しかし現在のようにビジネスホテルが増えてくれば、ただ単に増やすことではなく、「どんなホテルが選ばれるのか」を改めて考えることが重要なのではないか。
大半を占めていたビジネスユースの男性だけでなく、観光・レジャーでの宿泊客も増えてきていた。そこで、コーポレートパーパスを「あらゆる人の移動を応援する基地となる」とし、新たな時代にふさわしいビジネスホテルを目指して試行錯誤している。

「『自分に気づくと幸せになる』が、内観の教えだと思っています。自分を見つめて自分を知るトレーニングが相手のニーズに気づくことにつながり、喜んでもらえるようになれば商売も人生も上手くいく。だから幸せになる、というのが父の言う内観の効果です」
現在も東横インでは、社員は入社後半年以内を目途に研修所で内観をすることになっている。そして、前出のハンドブックにも、おもてなしを極めるヒントとして「気づける習慣を身につけよう!」というページを設け、具体的なエピソードを提示しながら「よく気づける人」になるための秘訣を紹介している。
「父は内観のおかげで良い接客ができると言いますが、正直なところ確証があるわけではありません。一方、私は、会社全体のチームワークが良いのは、全員が内観を経験し、感謝の習慣がついているからではないかと思っていますが、これもまた確証があるわけではありません」
松下幸之助の言う自己観照は、自分の心をいったん外に出し、その出した心で自分を見直してみることだ。一方、内観は自分の中へ中へと、どんどん掘り下げて自分自身を見つめ直す。両者は正反対の動きのようだが、「結果としては『己を知る』で、同じことなのかもしれません」と黒田氏は言う。
コロナ禍をきっかけに黒田氏自身、そして社員各々も自分を見つめ直すこととなったリブランディングは次のステージへ、さらなる進化を目指す。
改めて、経営理念は「お客さまに安心と進化を提供する」「商売を楽しみ働きがいを追求する」「社会から尊敬される会社になる」。そして「100年続く会社になる」だ。コロナ禍で中断していた海外展開にも再挑戦。10年後に売上を倍増、30年後に売上1兆円と、具体的な数字目標を掲げ、100年先を見据えて確実に邁進している。
取材・文:鈴木裕子 写真・資料提供:東横イン
本記事は、電子季刊誌『[実践]理念経営Labo』Vol.13から転載したものです。登録不要、全編無料でお読みいただけますので是非ご覧ください。





































































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