熱意と誠意~松下幸之助「人を育てる心得」
2016年10月 5日更新
知識も大事、知恵も大事、才能も大事。しかし、何よりも大事なのは熱意と誠意である。この二つがあれば、何ごとでもなし遂げられる。
以前、このような話を聞いたことがあります。それは、生命保険とか火災保険とか、保険の勧誘をする人の中で、いちばん多く契約を取る人といちばん少ない人とでは、その契約高に百倍からの開きがあるというのです。
この話を聞いたとき、いささか驚いてしまいました。同じ保険会社に勤務して、まったく同じ条件の"保険"というものを売っているのに、なぜそれほどの差が生じるのでしょうか。これにはいろいろ原因が考えられます。たとえば、その人の性格というものも影響するでしょう。あるいは保険に対する知識が豊富なこと、話し方が上手であるといったことも一つの大きな原因になるでしょう。
しかし、よく考えてみると、それだけではとうてい他の人の百倍もの契約が取れるとは思えません。私なりの体験から考えてみますと、これはやはり、その人の仕事に対する心がまえに根本的な原因があるのではないか。つまり、どれだけ熱心かつ誠実に仕事に取り組んでいるかによるのではないでしょうか。
熱心かつ誠実に仕事に取り組んでいる人は、常に"こうしたらどうだろうか"とか、"このつぎはこんな方法でお客様に話してみよう"というように工夫を凝らし、いろいろ効果的な方法を考えます。また同じことを説明するにも、その話し方に、礼をわきまえながらも、自然と熱がこもり、気魄があふれます。
もちろん、その熱意と誠意は、保険というものがお客様のためになるものである、お客様のためにお勧めしているのだ、という強い信念がなければ出てこないでしょうが、そのような態度が、お客様の心を打ち、"同じ保険に入るのなら、この人と契約しよう"ということになるのではないでしょうか。そういう日々の仕事に対する態度というものが、契約高の百倍という差になって現われてくるのではないかと思ったのです。
私もこれまで、熱意と誠意の大切さを痛感し、自分がこの点において欠けるところがないかということを絶えず自問自答してきました。そして実際、こういうように仕事をしていきたい、従業員とともにこのような会社にしていきたい、といった経営に対する熱意と誠意だけは、だれにも負けないような強いものをもっていたのではないかと思います。ですから、学問もなく、体も弱く、これといったとりえのない私でも、自分よりすぐれた知識、才能をもった部下の人たちに仕事をしてもらい、成果をあげることができたのでしょう。ですから、私はよく言うのです。
「社長というものは、何よりも熱意と誠意だけは、その会社において一番のものをもっていなければならない。社長にそれがあれば、社員もそれを感じて、知識ある者は知識を、技能ある者は技能を、というように、それぞれに自分のもてるものを提供し、働いてくれる」
このことは責任者の立場にある人だけにいえるものではありません。また、仕事の場だけにいえるものでもありません。人生のあらゆる場で、すべての人にとって、何か事をなし遂げようとする場合、熱意と誠意のあるなしが成否を決める一番のカギとなってくると思うのです。極端にいえば、口がきけない人であっても、熱意と誠意に強いものがあればきっと、筆談をするとか、身ぶり手ぶりをまじえるとか、いろいろと工夫して、事をなしていこうとするでしょう。またそうした態度が人の心を打ち、共感を呼んで、必ず協力者が現われてくる。物事とはそのようにして成っていくものではないでしょうか。
【出典】 PHPビジネス新書『人生心得帖/社員心得帖』(松下幸之助著)