鍛練、修業の場~松下幸之助「人を育てる心得」
2016年12月12日更新
社長時代に私は、社員、特に中堅社員の人たちに、つぎのような問いかけをしばしばしたものです。
「アメリカの大きな会社で新しく会社や工場をつくる場合など、その最高責任者に三十代の人が就任することが少なくないそうです。皆さんもだいたい同じ年齢ですが、もし今、技術部長なり工場長なり、あるいは相当な会社の社長になるように、という社命を受けたとしたら、どう返事しますか。『私は十分、その信頼にこたえ、工場長として立派な製品をつくり、従業員もしっかり教育してみせます』とか、『社長の役を安心して任せていただいて結構です』といった返事がすぐできるかどうか。つまり、会社へ入って十年以上もの経験を積んでいるからには、もし責任者の地位を任されたとしても、日本はもちろん外国のどの会社にも負けないような、立派な仕事をしてみせるといった強い信念を、自分の内に常に養っているかどうかということです。その点、皆さんどうですか。その確信がある人は、手をあげてみてください」
そうすると、手があがることはめったにありません。そこで続けて、
「皆さんは、謙譲の美徳を発揮して手をあげないのだと思いますが、私は皆さんに、そう問われたら、少なくとも心の中では、すぐ手があげられるようになってほしいのです。これまで、皆さんの先輩の中には、新しく責任者の立場につき、そこで社内はもとより業界や世間からも称賛されるような成果をあげた人がたくさんいます。そういう人たちのおかげで会社の今日の発展もあるわけですが、その人たちはみな若いときから、日々過ごしている会社を自分の実力を養う訓練、修業の場としてとらえ、真剣に仕事のコツの体得に努めてきています。だからこそ、新しい職務についたときに十分な成果をあげ得たわけで、皆さんも、そういう日々の努力を怠らないようにしてほしいと思うのです」
私は、こうしたことは、いつの時代においても大切なことだと思います。芸能人でもいわゆる名人といわれる人は、すぐれた素質に加え、寸秒を争うほどの真剣さでおのれの芸に打ちこんでいます。新聞などの劇評で、たった一行でも悪い点を指摘されると、一晩寝ないでそれを考えるとも聞きますが、そういうところから名人芸といったものが生み出されてくるのでしょう。会社の仕事についても同様で、そういう真剣な日々の鍛練、努力がどれだけできているか。そのことを抜きにしては、責任者としての実力なり自信は決して培われないといって過言ではないと思います。
いってみればごく当たり前のことですが、毎日、その努力を続けることはなかなかむずかしいもの。ときにお互いのあり方をふり返り、思いを新たにしていただきたいものです。
【出典】 PHPビジネス新書『人生心得帖/社員心得帖』(松下幸之助著)