越境学習とは? 企業にもたらす効果と導入を成功させるポイント
2025年6月26日更新
越境学習は、VUCA時代において企業の人材育成の鍵となります。この記事では、越境学習の定義から、企業と従業員双方にとってのメリット、導入時の注意点、そして具体的な進め方までを詳しく解説します。
越境学習とは?新たな成長機会の創出
越境学習の定義
越境学習とは、法政大学・石山恒貴教授によれば、「自分が心の中でホームと思う場所とアウェイと思う場所を行ったり来たりして刺激を得る学びのこと」です。見知った間柄の人たちに囲まれ、共通言語もあり、安心感はあるが刺激がないのがホーム、見知らぬ人たちがいて、言葉も通じないが刺激がある場所がアウェイで、その境界を行ったり来たりすることで学びを得ることとされています。(※1)
組織や専門領域を超えて新しい環境に身を置くことで、社内の研修やOJTとは異なり、より刺激的で、新たな能力を開発する学びの機会を創出します。
(※1)『[実践]理念経営Labo』Vol.12(PHP研究所)より
越境学習が注目される背景:VUCA時代のニーズ
変化が激しく予測困難なVUCA時代において、企業は既存の枠にとらわれない柔軟な発想や問題解決能力を持つ人材を求めています。VUCAとは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとった言葉で、現代社会の特徴を表しています。
越境学習は、多様な価値観に触れ、新たなスキルを習得する機会を創出します。越境学習の過程で未知の課題に直面することで、問題解決力に長けた人材を育てます。異なる文化や価値観に触れることで、固定観念を打破し、柔軟な思考力を養うことができます。これらの能力は、VUCA時代を生き抜くために不可欠な要素と言えるでしょう。
越境学習のメリット
越境学習には、企業と従業員双方にメリットがあります。
企業が得られるメリット:組織の活性化とイノベーション
越境学習は、従業員のモチベーション向上、組織全体の知識・スキルの向上、新しいアイデアの創出など、企業にとって多くのメリットをもたらします。従業員が新しい環境で刺激を受け、自己成長を実感することで、仕事へのモチベーションが高まります。また、越境学習を通じて得た知識やスキルを組織に還元することで、組織全体の能力向上に貢献します。
例えば、社費でMBAを取得した社員がいれば、学んだ内容を業務に活かすことで、従来よりも仕事の質があがり、自社のブランド、サービスの品質向上などにつながります。また、新たな知見を他の従業員にも共有することで、組織全体の視野が広がり、全社的な成長を促進します。自社以外の多様な人々と交流し学ぶことで、自社内に新しいアイデアや視点をもたらし、イノベーションの創出ににつながります。
従業員が得られるメリット:自己成長とキャリア開発
従業員は、越境学習を通じて新しいスキルや知識を習得し、視野を広げることができます。異なる分野の知識やスキルを習得することで、自身の専門性を高め、仕事のレベルが上がったり、キャリアアップにつながります。
能力を向上させるだけではなく、異なる価値観に触れ、自己認識を深めることも越境学習の大きなメリットです。自身の価値観や強みを再認識し、将来のキャリアプランをより明確にすることができます。越境学習は、従業員が自身のキャリアを主体的に考え、行動するためのきっかけとなるでしょう。新しい環境での挑戦を通じて、自信を身につけ、自己成長を実感することは、従業員のキャリア形成において貴重な財産となるでしょう。
越境学習の具体例
越境学習は、身近なところからでも実践可能で、その具体例は次の通りです。
- 自社・自組織内での越境
- 他社・他団体へのインターン
- 社会人大学院やビジネススクールへの進学
- NPOや地域ボランティアへの参加
- 社外セミナーへの参加
自社・自組織内での越境
自社の中にもアウェイは存在します。同じ社内であっても、部署やチームが違えば、仕事の進め方やカルチャーも異なるものです。普段とは異なる業務に関わることで、自社の強みや課題を新たな角度から捉え直す機会になります。社内で完結できるため、導入のハードルが低く、気軽に始めやすい取り組みです。
例:他部署への社内留学、社内副業、部署横断のプロジェクトチームへの参画
他社・他団体へのインターン
自社とはまったく異なるカルチャーに身を置くことは、越境学習の醍醐味です。とくに、大企業の社員がスタートアップやNPOにインターンとして参加することで、価値観や意思決定のスピードの違いを体感できます。他社の良いところを自社に持ち帰り、自社のメンバーにも越境学習の効果を波及させることができるのもメリットです。社員の意識が大きく変わるきっかけになる一方で、受け入れ先の選定や設計には丁寧な調整が必要です。
例:大企業からスタートアップ、NPOへのインターン、他社のプロジェクトに参画
社会人大学院やビジネススクールへの進学
中長期的な成長、キャリアアップを見据えて、社会人大学院やビジネススクールに通う選択も有効です。同じ目標を持った多様な業界・職種のメンバーとの学び合いは、単なる知識習得を超えた刺激となります。費用や時間の負担は大きいものの、将来の経営を担うリーダー人材の育成につながります。
例:社会人大学院での学位取得、国内外のビジネススクールでMBA取得
NPOや地域ボランティアへの参加
ビジネスとは異なる文脈での活動も、大きな学びの場になります。NPO活動や地域貢献に関わることで、「社会や地域とのつながり」「誰のための仕事か」といった本質的な視点を取り戻すことができます。
例:地域の清掃活動への参加、子ども食堂や福祉施設でのボランティア
社外セミナーへの参加
もっとも取り入れやすい越境学習の入り口が、社外の公開セミナーへの参加です。同じテーマでも、異なる業界・業種の受講者と議論することで、新たな視点に触れられるでしょう。1〜2日程度の短期間で完結するプログラムも多く、コストや時間の負担も比較的軽めです。
例:公開セミナーへの参加、他社との合同研修の実施
越境学習を成功させるためのポイント
越境学習を成功させるポイントは次の通りです。
- 明確な目的と目標設定
- 適切なプログラムの選択と参加者の選定
- 学習効果の最大化と社内への共有
明確な目的と目標設定
越境学習を導入する際には、まず、目的を明確に設定することが重要です。なぜ越境学習を導入するのか、どのような課題を解決したいのか、具体的な目的を定めることで、プログラムの設計や参加者の選定がスムーズに進みます。目的が曖昧なまま導入すると、期待した効果が得られない可能性があります。
どのような人材を育成したいのか、組織にどのような変化をもたらしたいのかを具体的に定義しましょう。例えば、チームでリーダーシップを発揮できる人材を育成したい、イノベーションが生まれる組織風土をつくりたいなど、具体的な目的を定義します。
次に、具体的な目標を設定し、効果測定の指標を定めます。エンゲージメントサーベイや360度評価を取り入れている場合はその数値や、離職率などの推移が参考になります。一方で、参加者アンケートによる定性的な変化を見ることも重要です。なぜなら、KPIやROIなどの具体的な数値は、研修、学習以外の要素も複雑に関わってきます。研修や学習による効果でKPIやROIが達成されたのか、信頼性を立証するのは難しい側面もあるため、数字だけにこだわることは避けた方が良いでしょう。
適切なプログラムの選択と参加者の選定
自社のニーズに合ったプログラムを選択し、適切な参加者を選定することが成功の鍵となります。プログラムの内容、期間、費用などを比較検討し、自社の目的や目標に合致するプログラムを検討しましょう。また、参加者のスキル、経験、キャリアなどを考慮し、プログラムの効果を最大限に引き出せる人材を選定することが重要です。
一言で越境学習といっても、その種類はさまざまあり、社内留学、外部の公開セミナーへの参加、ボランティア、インターン、社会人大学院などが挙げられます。費用や期間、導入までのハードルに幅があります。石山教授は、「どこから越境学習を始めればよいのか」という質問に対して、「まずは小さな一歩、意識的にいつもと違う行動を取ってみるところから始めることを勧めています。」(※1)と述べています。社風によっては、新しいことにチャレンジすること自体が難しくなっているケースもあります。自社の状況にあわせて、できるところから従業員の越境学習を促すことが重要です。
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学習効果の最大化と社内への共有
越境学習の効果を最大化するためには、参加者へのサポート体制を整え、振り返りやフィードバックの機会を設けることが重要です。参加者が安心して学習に取り組めるよう、メンター制度やコーチング制度を導入したり、定期的な面談を実施するなど、サポート体制を充実させましょう。また、学習内容を振り返り、自身の成長を実感できるよう、振り返りシートの作成や、社内勉強会などを実施することも有効です。学んだことを社内で共有する仕組みを構築することで、組織全体の成長につなげることができます。
越境学習の注意点:失敗から学ぶ
目的のあいまいさと参加者のミスマッチ
目的が曖昧なまま越境学習を実施したり、参加者の適性やキャリアとプログラムが合致しない場合、期待した効果が得られないことがあります。例えば、参加者のキャリア志向とは全く別のプログラムに会社がアサインしてしまうと、参加者のモチベーションは上がらず、越境学習の効果が得られないでしょう。参加者の業務やその後の希望するキャリアのためになり、参加者本人が希望するプログラムを実施することが重要です。参加者に対して、プログラムの内容や目的を丁寧に説明し、参加者のスキルや適性、キャリアゴールなどを確認しましょう。参加者自身が越境学習に意欲的であることも重要な要素です。
準備不足とサポート体制の欠如
越境学習には、時間や費用などのリソースが必要です。プログラムの選定、参加者の選定、社内調整、効果測定など、様々な準備が必要となります。
十分な準備をせずに導入したり、参加者へのサポート体制が不十分な場合、途中で挫折してしまう可能性があります。計画的な準備と手厚いサポート体制を構築することが大切です。例えば、越境学習の担当者を配置し、参加者の進捗状況を定期的に確認したり、相談窓口を設置するなど、参加者が安心して学習に取り組める環境を整備しましょう。
社内への共有不足と組織への貢献意識の欠如
越境学習の過程で得た知識や経験を社内で活用しなかったり、参加者が組織への貢献意識を持てない場合、越境学習の効果は限定的になってしまいます。参加者が学んだことを共有し、組織全体の能力向上につなげることが重要です。
そのための仕組みづくりとして、社内での報告会を実施したり、参加者の貢献を評価する制度を設けることが考えられます。参加者が学んだ知識を社内研修で発表したり、プロジェクトチームを発足して新規事業に取り組むなど、組織全体で学習成果を活用できる仕組みを構築しましょう。また、越境学習の成果を評価する制度を設けることで、参加者のモチベーション向上や組織への貢献意欲を高めることができます。
越境学習は、学んだ本人のみならず、周囲の従業員にも良い影響を与えることができます。組織全体にその影響を波及させる仕組みを構築し、越境学習の効果を最大化させましょう。
まとめ:越境学習で組織と個人を成長させよう
越境学習は、VUCA時代において企業の人材育成を加速させる有効な手段です。従業員に新しい環境での学習機会を提供することで、スキルアップ、視野の拡大、自己成長、キャリアアップを促進し、組織全体の活性化やイノベーション創出につなげることができます。
導入を検討する際には、目的を明確にし、自社のニーズに合ったプログラムを選択することが重要です。目的が曖昧なまま導入すると、期待した効果が得られない可能性があります。また、参加者のスキルや適性、キャリアゴールなどを考慮し、プログラムの効果を最大限に引き出せる人材を選定することが重要です。越境学習は、従業員と組織双方にとって、成長の機会を提供する有効な手段です。まずは小さな一歩からでも、積極的に導入を検討し、組織の未来をけん引する人材を育成しましょう。