「フィードバック文化のある組織」と「ノーフィードバック不干渉組織」
2017年12月27日更新
フィードバック文化がある組織、つまり客観的なコメントを提供し、相手のリフレクションを促すことがよしとされる組織と、そうではない組織があります。組織文化の違いは個人の成長にどうかかわるでしょうか。中原淳氏の解説です。
「フィードバック探索行動」とは
フィードバックとは、研究分野ごとに、あるいは学問的思潮に応じてさまざまな定義がございますが、さっくりとわけますと下記の2点から構成されます。
1.パフォーマンスに対する結果の通知を行うこと(スパイシーメッセージング)
2.パフォーマンスの立て直し、学び直しを支援すること(ラーニングサポート)
このフィードバックについて、先頃、研究室OBが中心になって立ち上げてくれた研究会に参加し、行動主義、認知主義、さまざまな領域のフィードバックに関する論文をみなで読みました。僕は、Feedback seeking(フィードバック探索行動)に関する英語文献を読み、報告させていただきました。
フィードバック探索行動とは、「フィードバックを自ら進んで他者に求めにいく行動」のことです。一般にフィードバックは「与える方」の視点から研究されることが多いのですが、僕の読んだ論文では「フィードバックを求めにいく視点」から研究がなされていました。
たとえば、何か自分が物事を成し遂げたとき、「(その物事が)他の人からはどう見えているのかな?」と思うことはないでしょうか。で、こう聞きたくなります。「ねー、高橋さん、さっきの僕の発表、どう見えた? どう思う?」。簡単にざっくりと申しますと、これも「フィードバック探索行動」といってよいものです。
そして、この論文では、フィードバック探索行動は、当人が所属している組織の文化の影響をかなり受ける、ということが主張されておりました。
フィードバック文化のある組織とノーフィードバック不干渉組織
この世には、「さっきの僕の発表、どう見えた? どう思う?」と聞くことが、メンバー間で容易に行われる組織と、そうではない組織があります。こういうことがオフィシャルに実行される組織もあれば、インフォーマルに実行される組織もある、ということです。
これは感覚的に何となくわかりやすいなと思います。
「フィードバック文化のある組織」では、評価や面談のときに、自然と上長が部下にフィードバックをします。もちろん、フィードバックという言葉は使わないかもしれません。しかし、客観的なコメントや感想を相手に提供し、相手のリフレクションを促すことが「よし」とされています。
一方、お互いのことには干渉し合わない、お互いの仕事には誰も何もいわない「ノーフィードバック不干渉組織」というものが、この世には確実にあります。「フィードバックって大事ですよね」といくら研修しても、これが1ミリも「定着」しない。さらにはフィードバックという行為自体がまったく受け入れられない組織です。
フィードバック探索行動に関する「3つのコスト」
論文では、「フィードバック文化のある組織」と「ノーフィードバック文化の組織」を説明するために、フィードバック探索行動に関する「3つのコスト」が(説明のための中間項として)紹介されていました。
フィードバックには「Effort cost」「Face cost」「Inference cost」という3つのコストが存在します。
1.Effort cost = そもそもフィードバックを探すコスト
フィードバックは「何を言われるか」も重要ですが、「誰」から言われるかは大きくないですか。そもそもフィードバックをしてくれる人を得られるのか、得られないのか、ということがまず問題になります。
2.Face cost = フィードバックのために実際に他者と対面するコスト
フィードバックには、やはり時間的コストがかかります。生身の二人以上の人間が相対し、それなりの時間をかけなければならないからです。こうしたコストをFace costとよびましょう。
3.Inference cost=得られたフィードバックを解釈し実行するコスト
せっかく得られたフィードバックを解釈し、実行していくのは、それなりの負荷がかかります。大人の学びは「痛み」が伴うものです。得られたフィードバックを正しく受け止め、正しく実行していくプロセスのコストです。
そして、こうしたコストを受け入れることができるかどうかは、所属している組織文化の影響を受けます。
たとえば、超官僚主義的で、超多忙な組織で、かつ、隣り合って仕事をしている人に興味も関心もない組織では、フィードバックを探す気にはなれないでしょう? これはEffort costとFace costが高いことが、その障害になっている可能性があるということでしょうか。
「組織軸」で考えるフィードバック
今、「学生軸」と「組織軸」を「直交」させ、2×2の論理空間をつくります。そして、仮に「学生」が、「組織」に入社することを仮定します。
そうすると、
1.「フィードバック文化のある組織」に入社する「フィードバックを好む学生」
2.「フィードバック文化のある組織」に入社する「フィードバック拒絶する学生」
3.「ノーフィードバック不干渉組織」に入社する「フィードバックを好む学生」
4.「ノーフィードバック不干渉組織」に入社する「フィードバック拒絶する学生」
という4つの可能性がうまれます。
まず、ここで「相思相愛」なのは「1」と「4」です。1は「正の相思相愛」、4は「負の相思相愛」でしょう。しかし、この相思相愛組の最大の問題は、数年たてば「1」と「4」に勤めるの「能力格差」は格段にひらいていくと思われることです。
フィードバックは「成長の鏡」のようなものです。人は、耳の痛いことを通知され、しかしながら、それによって物事を振り返り、成長を実感していくものなのではないでしょうか。フィードバックをしっかりとうける「1」と、まったく受けない「4」では、その差は大きく開いていきます。
2と3の場合は、完全な「マッチング不全」です。2の場合には、個人はさして望んでもいないのにフィードバックをがんがんと受けるわけですから、「ありがた迷惑」な状態になるでしょう。3の場合は、個人は望んでいるのに、まったくフィードバックをなされてないのですから、個人は成長を実感することができません。おそらくはその状態を「放置」に感じるでしょう。おそらく「吹きこぼれ」という状況が発生し、その状況が長く起これば、離職などにつながると思われます。
ここで問題になるのは、「フィードバック文化のある組織」と「ノーフィードバック不干渉組織」が2極化していること。さらには、「フィードバックを求める若い人は増えている」のに「フィードバック文化のある組織はさほど増えていない」ことかなと思います。
さて、あなたの組織は「フィードバック文化のある組織」ですか? 「ノーフィードバック不干渉組織」ですか?
中原 淳(なかはら・じゅん)
立教大学 経営学部 教授。立教大学リーダーシップ研究所 副所長(兼)。大阪大学博士(人間科学)。北海道旭川市生まれ。東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学准教授等をへて、2018年より現職。
「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人々の学習・コミュニケーション・リーダーシップについて研究している。専門は人的資源開発論・経営学習論。
単著(専門書)に「職場学習論」(東京大学出版会)、「経営学習論」(東京大学出版会)。一般書に「研修開発入門」「駆け出しマネジャーの成長戦略」「アルバイトパート採用育成入門」など、他共編著多数。働く大人の学びに関する公開研究会 Learning bar を含め、各種のワークショップをプロデュース。
民間企業の人材育成を研究活動の中心におきつつも、近年は、最高検察庁(参与)、横浜市教育委員会など、公共領域の人材育成についても、活動を広げている。一般社団法人 経営学習研究所 代表理事、特定非営利活動法人 Educe Technologies副代表理事、特定非営利活動法人カタリバ理事。