判例に学ぶ上司のパワーハラスメント~何が違法になるのか?
2018年7月19日更新
パワーハラスメント(パワハラ)の事例として最も多いのが、上司から部下に対して行われる、脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言といった精神的な攻撃の事例です。何が違法で、何が違法にならないのか、判例から学びます。
パワーハラスメントの6類型
厚生労働省が開催した「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」において、パワーハラスメント(パワハラ)は次の6類型に分類されています。
1)暴行・傷害(身体的な攻撃)
2)脅迫、名誉棄損、侮辱、ひどい暴言(精神的な攻撃)
3)隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)
4)業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)
5)業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)
6)私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)
これらのなかで、圧倒的に多いパターンが(2)の「精神的な攻撃」、つまり、脅迫、名誉棄損、侮辱、ひどい暴言です。具体的な判例をご紹介しましょう。
パワハラで「違法」となった判例
まず、「違法」となった判例をご紹介します。
(1)上司が部下に「給料泥棒」と叱責
上司が部下に対して叱責する際「馬鹿野郎」「給料泥棒」と叱責したり、部下の配偶者のことを話題に出して「よくこんな奴と結婚したな、もの好きもいるもんだな」と発言した(その他暴行行為もあった)。 (東京地裁平成22年7月27日)
(2)「殺すぞ」と発言
作業を指示通り行なっていなかった部下(派遣社員)を叱責する際に、「殺すぞ」と発言した(その他にも数々の不適切な言葉がみられた)。(大阪高裁平成25年10月9日)
(3)「てめえ、何やってんだ」と大声で怒鳴って暴行
仕事のミスをした従業員に対して上司が「てめえ、何やってんだ」「どうしてくれるんだ」「ばかやろう」などと大声で怒鳴った(暴行も加えている)。
その他にも「会社に与えた損害を弁償しないなら家族に払ってもらう」「会社を辞めたければ7000万円払え。払わないと辞めさせない」と発言した。(名古屋地裁平成26年1月15日)
(4)「言い訳はええんじゃ」と感情的に叱責
上司が金庫の管理について部下を叱責する際に「金庫なんかいつまでも開けておいたらあかんに決まっているやろう。防犯上、よくないことくらいあほでも小学生でもわかるやろ!」と大声で怒鳴り散らしたうえ、部下が理由を説明しようとしたところ「言い訳はええんじゃ」と感情的な叱責を繰り返した。(大阪地裁平成26年4月11日)
なお、「何やってんの。何時間かかってんの!」「そんなに時間がかかるものなんか!」と大声で叱責したことについては、適切とは言い難いものの違法ではないと判断している。
(5)顔写真付きポスターを掲示
職場に「この者とは一緒に勤務したくありません! 〇〇課一同」等と記載した被害者の顔写真つきポスターを掲示。(東京高裁平成22年1月21日)
(6)大勢の前で「出来が悪い」と侮辱
研修後の懇親会において、社長も含めた参加者全員の面前で部下を指して、「俺が仲人をしたのに、できが悪い」「何をやらしてもあかん」「その証拠として奥さんから内緒で電話があり『主人の相談に乗ってほしい』と言われた」などと発言した。(大阪地裁平成19年11月12日)
これらの判例で注目すべきことは、上司が部下を厳しく怒った場合でも、すべてパワハラとみなされるわけではないということです。たとえば、(4)の事例では、「そんなに時間がかかるものなんか!」と大声で叱責したことについては、適切とは言い難いものの違法ではないと判断しています。
先述の円卓会議の提言でも「個人の受け取り方によっては、業務上必要な指示や注意・指導を不満に感じたりする場合でも、これらが業務上の適正な範囲で行なわれている場合には、パワーハラスメントには当たらない」としている点に注意が必要です。
また、(6)の判例については、社長も含めた参加者全員の面前で部下の人格を否定したことにより、違法と判断されています。ここでは、場所・場面が判断の要素となっている点に注意が必要です。
違法ではないケース
次に、「違法ではない」という判断が出た裁判例をご紹介します。
(1)部下が上司に反発、反省がない部下
上司が部下に対して「おい、おまえ」など粗暴な言動を用いたことは不適切ではあるが、部下が上司に反発するばかりで自らの態度を省みようとしなかったなど、一連の経緯に照らせば上司の行為は違法とまではいえないと判断した。(高松高裁平成18年5月18日)
(2)1週間に2回の業務命令を出して署名させた
上司が部下の勤務態度を改善させるために、1週間のうちに2回の業務命令を出して署名を求めたことについては、もともと当該部下は指導されたことを守らない社会人としてのマナーを守らないなど、改善すべき点があったことから指導として相当であると判断した。(東京地裁平成25年9月26日)
(3)「口答えするな」と怒鳴りつけた
上司の指示に対して部下が反対意見を述べたことで「口答えするな」と怒鳴りつけたことは、部下の意見が正しいと断定する根拠もなく、部下としては上司の指示に従うべきであったと違法性を否定。(大阪地裁平成25年12月10日)
(4)出勤停止の懲戒処分通知書
出勤停止の懲戒処分通知書を交付する際に、原告が「不当な処分なので受け入れられない」と述べたことに対して、「従えないということであれば即日懲戒解雇いたします」「いいですね、私はやりますよ」などと声を荒げて発言したことについて、出勤停止処分に反し出勤した場合には、これを理由にさらに懲戒解雇になりうる旨を述べているに留まり、理由がない言動とまではいえず、違法なパワーハラスメント行為とまでは評価できないと判断。
これらの判例からわかるように、パワハラか否かは、日ごろの人間関係や発言の背景事情、被害者にも問題があるか否か等の事情を総合的に考慮して判断されます。「これを言えばパワハラ」という単純なものではありません。一つひとつの判例をよく理解し、学ぶことが重要といえるでしょう。
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野口 大(のぐち・だい)
弁護士。野口&パートナーズ法律事務所代表。野口&パートナーズ・コンサルティング(株)代表取締役。平成2年司法試験合格、平成3年京都大学法学部卒業、平成14年ニューヨーク州コーネル大学ロースクール卒業(人事労務管理理論を履修)。債権回収や各種契約書・労使紛争等の企業法務に熟知し、特に労使紛争については数多くの団体交渉や労働裁判を専ら会社側の立場で手がける弁護士として全国的に著名。単なる紛争処理に留まらず、紛争予防方法や日々の人事労務管理に関する事柄まできめ細やかにアドバイスするわが国有数のコンサル型弁護士であり、全国の多数の企業の顧問・社外役員を務める。