これでは世界に通用しない! シンクロ日本代表・井村コーチが感じた若手への危機感
2016年2月25日更新
社員研修用DVD『井村雅代コーチの「できない」から逃げるな!――努力するから楽しくなる』から、シンクロナイズドスイミング日本代表ヘッドコーチの井村雅代さんの言葉を紹介するシリーズ。第一回は、井村コーチが日本に帰国し、10年ぶりに日本代表コーチに就いた当時のエピソードです。
新入社員の指導に悩んでいる職場が急増中!
新入社員や若手社員を、どのように指導すればいいのか分からないという声が、日本全国津々浦々の職場であがっています。
上司や先輩たちに「どう指導すればいいのか」を指導する役割を担う人事部も、これといった妙手をまだ見つけられていないようです。
・厳しく指導すると、すぐに落ち込んでしまう。
・競争意識が希薄で、「絶対に目標を達成するぞ」といった意欲に欠け、あきらめが早い。
・「自分はがんばった。努力した」と自己主張するが、結果がともなわない。
・そもそも大した努力をしなくても目標を達成できると思っている。
・自分から上司や先輩に話しかけることが少なく、質問などもしない。
・プレッシャーに弱く、精神的にひ弱。
上司や先輩から、こんなふうに思われている若者たちを指導し、次々に結果を出している人がいます。それが、シンクロナイズドスイミング日本代表ヘッドコーチの井村雅代さんです。井村さんのコーチ歴は長く、何と40年以上。中国やイギリスでのコーチ経験もあります。シンクロの選手の多くは20代ですから、まさに、ゆとり世代を現在進行形で指導しているのです。
そんな井村コーチが、最近の若者たちの指導法について語っているのが『井村雅代コーチの「できない」から逃げるな!――努力するから楽しくなる』というDVDです。新入社員、若手社員に直接見てもらうもよし、指導する上司や先輩が見ても役立つ内容になっています。では、どんな内容なのか、ほんの一部ですがご紹介しましょう。
10年ぶりに帰ってきて驚いた若者の変化
2014年、井村コーチが日本に帰国し、10年ぶりに日本代表コーチに就いたとき、最初に驚いたのは、「ここは外国ではないのか。日本語で話しているのに、話していることが少しも理解してもらえない」ことだったそうです。それほど、十数年前と比べても日本の若者は変わってしまっていました。
職場で上司や先輩が、日々何となく感じている若者たちの変化ですが、井村コーチは10年ぶりだったため、その変化が明確に分かったと言います。
「以前の選手は、メダルをとるためには過酷な練習を積み重ねる必要があることを、当然のこととして理解していました。ところが、今の選手は、それが分かっていません。毎日の努力がメダルにつながると思っていない。なかには、大した努力をしなくてもメダルがとれると本気で思っている選手もいました。何という平和ボケ!」
私などは、「えっ、日本代表クラスの選手がそんなに甘い考えなの」と思ったのですが、それが現実のようです。「だから日本はメダルがとれなくなったのか」と妙に納得してしまいましたが、それ以外にも、次のような変化に気づいたそうです。
「彼女たちが好きなのは、『チームワーク』や『きずな』といった言葉です。とにかく『みんなと一緒』が大好きなのです」
良くも悪くも目立たないように振る舞い、集団から浮くことを嫌う若者たち。スポーツに限らず、序列がつくことを極度に恐れ、自分がとれそうな1番でも、とりにいかない若者が多いと感じている人も多いのではないでしょうか。しかし、それでは世界で勝つことはもちろん、戦うことすらできなくなってしまうかもしれません。
また、選手たちの言う「チームワーク」は、本来のチームワークとはまったく違うと井村コーチは言います。
「自分が失敗したら補ってね。私も、あなたが失敗したときに助けるから。これがチームワークだと思っています。私に言わせれば、それはキズの舐め合いです」
厳しい見方ですが、正論でしょう。次回は、井村コーチがそんな若い選手たちに、具体的にどんな態度や言葉で指導しているのかをご紹介します。
≪取材・構成:坂田博史≫
監修者プロフィール
井村雅代(いむら・まさよ)
シンクロナイズドスイミング日本代表ヘッドコーチ。
1950年8月16日生まれ。大阪府出身。
シンクロ選手としては、日本選手権チーム競技で2度優勝の実績をもつ。
天理大学卒業後、中学校教師を経て、78年から日本代表コーチに就任。85年に「井村シンクロクラブ」創設。
以来、長年にわたり日本のシンクロナイズドスイミング界の基礎づくり、世界で戦える選手の育成を行なってきた。その指導者としての実績や功績の大きさから日本の「シンクロ界の母」と称される。
15年1月より日本代表ヘッドコーチに復帰。