企業を変えるたった2つの方法~現場の知恵を伝承する
2015年12月21日更新
企業の不祥事は、現場に蓄積されている明文化できない知恵が伝承されていないことに、その一因があるようです。その状況を変える方法を、海老一宏氏が解説します。
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人から人へと受け継がれる現場の知恵
企業は人と組織で成り立っています。
組織の構成員である「人」には、仕事の経験値が蓄積されています。それはどんなにIT化が進んだとしても、電子的やペーパーとしての情報蓄積や伝達が難しいものがあります。
例えば職人の世界がそうで、滑らかに見える精密機械で仕上げた表面も職人の手触りだとその凹凸がわかるということです。
自動車の外観の検査をテレビで見たことがあると思いますが、最後は全ての外観を人の目で見て、手で触って行っています。小さな傷や凹凸の判断はまだ機械に頼るわけにはいかないのです。
螺鈿(らでん)細工や彫金などの工芸品の技術も、いったん伝承が止まると二度と復活はできないといいます。マニュアルに書いてあっても再現できないのです。こういうノウハウは、実際にやってみせてやらせての指導を何年も繰り返して身に付くものです。
またピラミッドもそうですね。現代の大型機械を使わずに巨大なピラミッドを作ることは不可能です。おそらく永年の建築や運搬の知恵が口伝えされていったのであり、いったん世代での伝承が途切れるとまったく闇の世界となってしまいます。
現場の知恵を伝える教育とは
団塊の世代と呼ばれている65歳~68歳くらいの方は、今ほとんどが定年となっています。彼らはいつの時代も、その人口構成の飛びぬけた多さから新しい時代を作ってきました。今、彼らの老後が始まろうとしていて、今後の日本の高齢化社会の在り方をつくるきっかけとなって行くと思われます。
今から10年ほど前、まだ60歳定年時代に、この団塊世代のリタイアで様々な現場のノウハウの伝承が途切れてしまい、日本のモノづくり、ひいては日本の経済に大きなダメージを与えると言われました。
この実態は、あるところでは雇用延長でしばらく乗り切り、あるところでは新しい機械を導入したりと割とじわじわと問題が起きているせいか、その後大きな混乱は聞こえてきません。現場での適応力は、意外に高かったのかもしれません。
しかし、昨今のたくさんの大企業の不祥事報道に接すると、実はどの現場でも目に見えないし自覚もないけれども、先人の知恵や教訓が途切れ始めていることを感じるのは私だけではないと思います。
日本の企業は変化することには適応していく力があるようですが、現場で起きている大事な蓄積された情報を、経営陣はそれほど重要視していないように思います。このことが不祥事の温床となっています。
社員教育への取り組みは各社様々だと思います。あるところでは新人教育から階層別教育まで熱心に行われている企業もあり、また、新人教育も外部に丸投げとか、まったく行っていない企業もあります。教育の手法はともかく、大事なことは会社の現場に蓄積されている明文化できない知恵をどう伝えるかということです。
私のサラリーマン時代の経験では、教育はほぼ全てOJTでした。つまり先輩や上司から実地に教わってきました。改まった教育研修はありませんでした。その現場力の経験が、今の私のベースになっています。その時に伝わったのは、技術ではなく、「プライド」「愛社精神」「貫徹力」などのIT時代のデジタルな結果主義ではなく、思いっきりアナログなことです。
私は、今後も今のデジタル的な教育を続けていくと、さらに企業の不祥事や問題が起きると予想しています。
企業を変えるのは「教育」と「採用」
そこで今回の「企業を変えるたった二つの方法」というテーマです。
これは結論から言うと、「教育」と「採用」しかありません。それは皆さんがわかっていることです。私が指摘したいのは、同じ教育でも、企業特有の現場の大事な知恵をどうすれば伝承できるかということです。また、採用もMBAを採用すればいい、今必要な結果が出せる人を採用すればいいという考えでいいのかということです。
採用は「伝承が途絶えたものを再注入するためにその道のプロを採用する」という考え方を持つべきです。つまり目標達成という視点ばかりではなく、組織をよりよく維持するための採用がなされる必要があるということです。
裏を返すと、これから活躍する人材は、現場経験からの「仕事のプライド」や「諦めずにやりぬく気持ち」「他力ではなく自力の意識」などのアナログをしっかり身に付けた人です。
そして経営者は、この人材の優劣を見極めることが必要であり、年齢に関係なくアナログ的な優秀な人材を採用し、OJTとして教育する体制を作っていくことが企業の存続に必要なことだと感じます。
「現場力」こそ、デジタル時代の新たなキーワードです。