現場カはリーダーシップが強くする
2015年8月25日更新
ハーバードが驚嘆した「掃除」の会社、TESSEIを率いた矢部輝夫氏が語る、現場力、そしてリーダーシップとは? PHPビジネス新書『リーダーは夢を語りなさい ~新幹線清掃会社「TESSEIの奇跡」が起きるまで』よりご紹介します。
常に変化することを恐れず、改善を求める姿勢を持てなどと言うと、すぐ「改善力」「現場力」といったフレーズに押し込められてしまいそうです。しかし、そうした発想である限り、その試みは掛け声だけに終わってしまうでしょう。「現場力」は今、誤解されやすい言葉であると感じます。
私は、「現場力は総合力・本社力」だと言っています(早稲田大学ビジネススクール・遠藤功教授の受け売りなんですが......)。下の図のようなイメージです。
昨今、現場力を高めよう、というフレーズがひとリ歩きしているように思います。現場力を高めるためには、まずリーダーシップが必要です。リーダーシップによって、現場力を高めていくのが正しい順番です。
これも、私が安全に携わったときに自分なりに培った考え方です。安全を推進するための教科書には、テクニック論ばかりが書いてありました。事故を防ぐためには、「こういうことをしなければならない」という理論です。はたして、それだけで事故は防げるのかという疑問が、別方向の発想をする発端になりました。
理論やテクニックをいくら言い募っても、会社の風土や文化が事故を防ぐものになっていなければ、現場には伝わらないのです。ただ単にテクニックや理論を現場に押しつけるだけでは、本当の安全は達成できませんでした。
また、TESSEIが実現する「おもてなし」も、その意味を勘違いされることがしばしばあります。おもてなしといえば、笑顔で感じよく、誰に対しても親切に、といったようなことが思い浮かべられがちです。しかし、私たちTESSEIのおもてなしは、そうした類のものではありません。
私たちのおもてなしは、たった1つです。先ほども申し上げた「7minutes miracle」は、実際は5分30秒で終了します。はじめから5分30秒だったわけではなく、たゆまぬ努力によって短縮しました。これこそが、私たちの最高のおもてなしです。
TESSEIのおもてなしは、速くて正確で完璧な清掃。これこそが原点であり、強みであり、ブランドです。
以前はマニュアルを作り、マニュアルから外れたことをやったら「けしからん」と言われていました。「余計なことをしないでちゃんとやれ」ということです。
しかし、それではスタッフのモチベーションは下がっていくばかりです。マニュアルに書かれた通りに、機械的に仕事をするだけでは、掃除の質を高めることはできません。
モチベーションを高め、商品やサービスの質を高め、それをお客さまに提供してはじめておもてなしになるわけです。そのためには「こうやってやれ」「ミスをするな」「ちゃんとやれ」と繰り返すのではなく、違う方法を考えなければなりません。
そしてその方法を考えるのが、私が言うところのリーダーシップです。
実際、方法を変えるだけでTESSEIは生まれ変わりました。TESSEIの仕事に特別な夢も希望も持っていなかった多くのスタッフが、劇的に変化したのです。
私か変えたのではありません。スタッフがもともと持ち合わせていた、仕事に対する思いや情熱が素直に出せるようになり、それを実践するようになったのです。
だから私かやったのは、スタッフが自分の思いや情熱を素直に語り、実践できるような場を整えたことだけ、といえます。まず「TESSEIをこんな会社にしよう」と自ら夢を語り、スタッフが各々の夢を語り出したら、それを全力でサポートしただけです。これだけのことですが、これこそがリーダーの役割だとも思っています。
スタッフの働く意欲、働く誇り、生きる喜びを引き出し、それをもってサービスの質を高め、お客さまに提供するサービスを向上させて快適な気分になっていただくこと――それこそが、リーダーがやるべき仕事です。
「ああしろ、こうしろ」「余計なことをするな」「言われたことだけやっておけ」......それよりも、絶対に守るべきラインを明確にしたうえで、「こうしたいんだけど、どう?」「あれもやってみたいんだけど、どうかな」とみなでやるほうが、それは楽しいに決まっています。
リーダーの仕事は夢を描き、語ってみせ、みなにその火をうつしていくことなのです。みなが夢を語り出したら、あとはもう、その火を絶やさぬよう大きくしてゆくだけでいいのです。
2015年秋、ハーバード・ビジネス・スクールの必修科目でも取り上げられることが決まっている「奇跡の職場」、TESSEI。本書では、3Kだった職場を世界中から取材が来る職場に変えた立役者である矢部氏のリーダーシップ論に迫るべく、TESSEI以前の知られざるエピソードも初公開する。お客様の安全を守るため、マニュアルとオペレーションが徹底された鉄道の仕事において、「さらにその先」を目指し達成するチームをいかに作ったのか? 命がけの下っ端時代から駅長時代まで、鉄道マンの熱い仕事ぶりにも注目だ。社員の自発性を引き出しながら現場を変えるために、著者は何をいい、どう行動したのか――ここには、リーダーシップの根っこがある!
【著者プロフィール】矢部輝夫(やべ・てるお)
合同会社おもてなし創造カンパニー代表。前JR東日本テクノハートTESSEIおもてなし創造部長。東日本旅客鉄道株式会社「安全の語り部(経験の伝承者)」。1966年、日本国有鉄道入社。以後、電車や乗客の安全対策を専門として40年勤務し、安全対策部課長代理、輸送課長、立川駅長、運輸部長、指令部長の職を歴任。2005年、鉄道整備株式会社(2012年に株式会社JR東日本テクノハートTESSEIへ社名変更)取締役経営企画部長に就任。従業員の定着率も低く、事故やクレームも多かった新幹線の清掃会社に「トータルサービス」の考えを定着させ、日本国内のみならず海外からも取材が殺到するおもてなし集団へと変革。2011年、同社専務取締役に就任。2013年、専務取締役を退任、おもてなし創造部長(嘱託)。2015年、おもてなし創造部顧問を経て退職。合同会社「おもてなし創造カンパニー」を設立し代表となり、現在に至る。著書に、「奇跡の職場 新幹線滑掃チームの働く誇り」(あさ出版)がある。