三越伊勢丹の改革事例に学ぶこと~社内からのイノベーション
2016年4月20日更新
三越伊勢丹の改革は、イノベーションが風通しのよい職場風土から生まれるということを教えてくれます。海老一宏氏が事例をもとに解説します。
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時代の変化に取り残される組織
前回、組織はそもそも変化を嫌い安定と完成を求めて突き進むことをお話しししました。そして変化に対応しない組織は、次第に取り残されていきます。本来は社長や経営幹部が新たな変化を作り軌道修正をしなければいけないのですが、一方、組織はトップや幹部の堕落と自己保全意識により硬直化したり、惰性的になったり、本来の目標から外れて自分たちに都合が良い着地点を見つけようとすることもよくあります。
社員一人ひとりは優秀で真面目に仕事をしていても、創業以来初の赤字になったり、倒産したり、買収された会社はたくさんありますが、このようなトップや幹部の問題が進行し、おそらく各部署の建前と本音がズレていることに多くの社員が気づかないか目をつぶって従わざるをえなかったのでしょう。
ある程度進行してしまった組織の弊害は、少々の努力で変革することは難しいといえます。まずはトップがそのことに気づき、変化する必要性を社内に発信することは最低条件です。
三越伊勢丹の事例
トップが気づいたとして、どうしたら組織内が自ら変化し、イノベーションを起こすことができるのでしょうか? トップはどのように社内を変えていけばいいのでしょうか?
経済ジャーナリストの財部誠一氏は、社内からのイノベーションについて、先日の講演でこう語っています。「真実は一つではない。(まず社員一人ひとりが)人の言うことを鵜呑みにせず、自ら真実を求めて現状に疑問を持つことが重要だ」。そしてトップは、「これでいいのか? このままでいいのか?」という疑問を、社内の誰もが自由に言える風土づくりをすることが鍵になるといいます。
彼の考えのポイントは、「変革やイノベーションは、組織を変えなければ起こらない」ということです。
彼の言う「組織を変える」とは組織の名前を変えるとか統廃合という意味ではなく、「文句ではなく、疑問と意見を自由に言えるようにする」ということです。
財部氏は、この成功事例として三越伊勢丹の組織変化をあげています。
三越伊勢丹の大西社長は、従来の百貨店の不動産事業モデルが既に終わっていると感じ、「社員が自ら欲しいものを作って提供しなければならない。現場社員が声を出さなければならない」と感じていました。しかし、売り場を貸しているだけの社員の意識はそう簡単に変わりませんでした。言われたことをまじめにやっているだけ、あとはテナント任せというのが百貨店の社員の常識だったわけです。大西社長はそこに問題を感じ、社員に変化することを訴え続けたのです。
そんな時に靴のバイヤーが、浅草の小さな靴屋が独自の考えで自分たちが本当に作りたい靴を作っているのを見つけました。その靴は問屋には評判が悪く、自ら売り歩いていたのを偶然に見つけたそうです。このバイヤーは上司と掛け合い、当時絶対にあり得ないことを始めました。それは、浅草の小規模靴屋の連合を作り、そこに日ごろ靴を売っている売り場の店員が、お客さんの声を元に本当にお客さんが求めている靴を作ってもらって、返品なしで全量買い取りをするという非常識な方法でした。繰り返しますが、これは、テナント任せだったリスクを取らない不動産モデルの百貨店では通常ありえないことでした。
しかし、この取り組みは、見事に大ヒットしました。今や年間6万足、靴の売上の2割を占め、フェラガモなどの高級な靴より利益率がいいとのことです。
社内からの改革はどのようにして生まれるのか
三越伊勢丹の社員は大西社長のリーダーシップにより、自らの仕事に疑問を感じるようになり、大きなイノベーションを引き起こしたのです。
もし、大西社長が単に新たなトップダウンの方針を出したとしても、このような現場からの変化は起こらなかったに違いありません。組織の変化やイノベーションを起こすのは「社長による改革断行」だけではなく、「現場の一人一人の社員が、文句ではなく、今のやり方に疑問を持ち、それを言える風土」ということもいえるのです。
この方法は、組織形態も、そこにいる構成員も変えることなく改革を実現できる可能性を秘めています。意識の変化が大きな変革を起こせることを証明した事例として、ぜひ覚えておいて損のないことだと思います。