ポジティブフィードバックとは? ネガティブフィードバックとの違いや実践方法を中原淳氏が解説
2025年4月22日更新
ポジティブフィードバックは、社員の成長を促し、エンゲージメントを高める施策として注目されています。特に近年は、上司と部下の信頼関係構築や若手社員の離職防止の観点からも、その重要性が高まっています。
本記事では、立教大学経営学部教授の中原淳氏による解説で、ポジティブフィードバックとは何か、ネガティブフィードバックとの違い、導入・実践のポイントなど、人事担当者の視点でわかりやすく整理しました。次回の研修テーマ選定やコンテンツ設計のヒントとして、ぜひお役立てください。
INDEX
そもそもフィードバックとは何か
フィードバックを受ける側の視点で定義すると、大きく二つの要素があります。一つは「今、自分がどういう状態なのかを、他人の眼と言葉を通じて知ること」。もう一つは「その情報をもとに、自分の行動を補正すること」です。
一方、フィードバックする側の視点から定義すると、「相手がどういう状態なのかを、自分の眼と言葉で伝えること」「そうすることで、相手に行動を補正してもらうこと」と言えます。
ビジネスパーソンにとって、フィードバックは成長に欠かせないものです。なぜなら、フィードバックを受けないと、「今、自分がどういう状態なのか」がわからないからです。
私はよく、フィードバックを「鏡」にたとえます。自分の身だしなみは鏡がなければチェックできないように、ビジネスにおいても、「鏡」がなければ自分の本当の姿は見えてきません。
お客様との商談やプレゼンで適切な行動をとれているのか。チームで働いているとき、自分の役割を果たせているのか。そんな自己認識、つまり自分の強みや弱みの正確な把握ができていないと、何を改善し、何を磨けばいいのかがわからないので、成長が止まってしまいます。成長するためには、誰かに「鏡」の役目を果たしてもらい、フィードバックを受けることが不可欠なのです。
最近の若手はフィードバックの重要性を認識していて、自分から「今の自分の立ち位置や全体像を教えてほしい」とフィードバックを求めてくる人もいます。
25年前、私が教員になった頃は、「つべこべ言わずやれ」という教育スタイルが企業でも一般的だったと思いますが、今の若手にそれは通用しません。丁寧なフィードバックが求められています。
ポジティブフィードバックとネガティブフィードバックとの違い
それほど大切なフィードバックなのに、しっかりできているマネジャーは少ない。そのことに気づいて、私は『フィードバック入門』(PHP研究所)を書きました。すると多くの人事担当者、マネジャーに読んでいただくことができ、この本をきっかけに様々な企業でフィードバック研修をするようになりました。
ただ、研修などを通じて上手くフィードバックができるようになるマネジャーがいる一方で、上手くできないマネジャーたちもいました。そうした人たちと接する中で、本を書いた時点では気づかなかったことが見えてきました。
それは、ネガティブフィードバックはできるようになっても、ポジティブフィードバックができないマネジャーが少なくないことです。
ネガティブフィードバックとは、耳の痛いことを伝えて部下や職場を立て直すこと。仕事において、マイナス5やマイナス4ぐらいの状態を、マイナス3、さらにはゼロまで持っていくことです。
それに対し、ポジティブフィードバックは、部下一人ひとりの成功体験や強みを把握し、そこを褒めることで、成長を促していくこと。ゼロやプラス1の状態の人を、プラス4、プラス5にまで伸ばしていくことです。
本来、フィードバックにはネガティブもポジティブもなく、見たままのことを伝えるアプローチなので、『フィードバック入門』では、特にネガティブとポジティブで区別していませんでした。しかし、「フィードバック=ネガティブフィードバック」と勘違いして理解されていることが増えてきており、区別して語ることが重要と考えるようになったのです。
ポジティブフィードバックのメリット
チームをマネジメントするうえでも、部下を育てるうえでも、ポジティブフィードバックは欠くことができません。そのメリットは次の3つです。
部下の仕事の満足度やモチベーションが高まる
仕事の成果や頑張ったプロセスを適格に褒められれば、成長を実感でき、さらに難しい目標に挑戦しようという意欲が湧いてきます。それがまた成果につながれば、いい成長サイクルに入っていきます。
また、自分の得意なことや強みがわかれば、どんなキャリアを歩んでいくと良いかが見えやすくなります。そうなれば、仕事にも身が入ることでしょう。
信頼関係の構築
上司と部下の「信頼の貯金」が貯まっていくこともメリットの一つです。上司がポジティブフィードバックをしていると、上司と部下の関係性が良くなり、信頼度も上がっていきます。すると、ネガティブなフィードバックをしたときに聞き入れてもらいやすくなるのです。
優秀な部下の離職を防げる
ポジティブフィードバックは、優秀な部下の離職を防ぐことにもつながります。特に25~30歳くらいの若手社員は「第一モヤモヤ期」に入る時期で、「この会社にいていいのだろうか」「ここにいて私の強みは伸びていくのだろうか」といった不安を抱きやすくなります。
しかも、優秀な人ほどモヤモヤ期に入りやすく、「成長が止まっている」と感じると流出してしまいやすいのです。そうなる前に、ポジティブフィードバックをきちんとしておけば、「この会社にいれば成長できる」と感じ、離職を防げる可能性が上がります。
ポジティブフィードバックの実践方法
「ポジティブフィードバックの大切さはわかったけれども、どうすれば上手くできるのかわからない」という方も多いかと思います。ポジティブフィードバックの現場での再現性を高める5つのステップを見ていきましょう。
最も重要なのは「観察」です。いくらポジティブなフィードバックでも、的はずれなところを褒めると、部下から「ちゃんと見てくれていない」と思われ、信頼を失ってしまいます。
また、「なんか最近、調子いいね」といった漠然とした褒め方では、何が良かったのかわからず、参考になりません。普段の仕事の中で、具体的で的確なポジティブフィードバックをするための情報を取りに行きましょう。
情報収集のポイントは、以下のSBI情報を意識することです。
・S=シチュエーション(どのような状況で、どんな状況のときに)
・B=ビヘイビア(部下のどんな振る舞い・行動が)
・I=インパクト(周囲やその仕事に対して、どんないい影響を与えたのか)
すると、相手に納得感のある、具体的なポジティブフィードバックができるようになります。「褒めよう、褒めよう」と過剰に思わないでください。部下の良いところを「事実」として「鏡」のように写し返してあげるだけでいいのです。
ポジティブフィードバックは、定期的な1on1や期末の人事考課面談などのときに行われることが一般的です。そうした場では、たいがいポジティブフィードバックとネガティブフィードバックの両方を行なうことになりますが、ここではわかりやすく、ポジティブフィードバックだけ行なった場合を想定します。次の5つのステップで進めていきます。
- (1)場づくり
- (2)強みの通知
- (3)対話
- (4)行動づくり
- (5)感謝と期待の通知
(1)場づくり
まずは「今日は来てくれてありがとう」などと感謝とねぎらいを伝えます。そうすることで、リラックスした雰囲気を作り、信頼関係を確保します。ほかのメンバーがいない、心理的安全性の高い場で行いましょう。
もちろん、心理的安全性を高めるためには、日ごろからこまめにコミュニケーションを取って、良好な関係性をつくっておくことも不可欠です。
(2)強みの通知
事前に収集したSBI情報にもとづき、強みや良い点などを、具体的にフィードバックします。
例えば「昨日のプレゼンの、あのときのあの返し方が良かったね。みんなにいい影響を与えていたよ」というように、できるだけSBIを詳しく伝えましょう。大げさに「盛る」ことなく、「~のように見える」と、鏡のように事実を伝えると説得力が出ます。
(3)対話
ポジティブなことを言えば、それで終わりではありません。私の経験でも多いのは、褒められたことに対し、相手が「私はそう思っていない」と腹落ちしていないケースです。フィードバックした内容について、相手の受け止め方を確認し、「あそこまでできる人はいないと思うよ」と補足をしたり、「こちらも良かったね」と相手が評価してほしいポイントに切り替えたりと、お互いの認識を擦り合わせる対話が必要です。
(4)行動づくり
強みを伸ばしていくために明日から何をするか、次のアクションを一緒に考えていきます。目標はほどよくストレッチすることも重要です。上司から押し付けるのではなく、自分で考えてもらい、自分で言語化してもらいましょう。腹落ちしていないと、実行されないからです。「Aさんとしてはどう?」と、まずはどう思ったのかを相手に尋ねます。
上司から見て難しそうなことは「それって実現可能?」と聞くなどして伝えるべきですが、一緒に解決策を考えながら、上司からはヒントを出すに留めましょう。
(5)感謝と期待の通知
「いつも頑張ってくれてありがとう。Aさんの活動は、チームにも良い影響が出そうだなって思うし、これからもよろしくね」などと、いつも頑張ってくれていることへの感謝とネクストチャレンジへの期待を伝え、自己効力感を高めます。その後もサポートし続けるメッセージを伝えることも、「この職場にいていいんだ」という受容感につながります。
ポジティブフィードバックの失敗例と改善方法
ここまでのポジティブフィードバックのプロセスはあくまで基本であり、落とし穴はたくさんあります。いったい、どこに落とし穴があるのか。PHP研究所が、フィードバックを受ける立場の若手ビジネスパーソン34人にアンケートを実施した結果を見ると、「ポジティブフィードバックだとしても、これは聞き入れたくない」と思われてしまう失敗パターンが見えてきました。
信頼していない上司からのフィードバック
一つ目の典型的な失敗パターン は、信頼関係を築かないままフィードバックをしていることです。
普段、まったく部下とコミュニケーションをとっていない上司が、パソコン作業をしながら、目を合わせることなく、「あ、そういえば、Aさん、この間のプレゼン良かったよ」と褒めてきた――。
こんなフィードバックを聞き入れる部下はほとんどいないでしょう。上司と部下の間で信頼関係が築かれていないからです。内容が同じフィードバックでも、信頼していない上司の言うことは、部下は聞きません。その発言が信用に足ると思えないからです。
具体性がなく、ざっくり、ばっくりしたフィードバック
ポジティブフィードバックだとしても、「頑張ってるね」とか「いいじゃん」などというざっくり、ばっくりした内容では、部下の心に響きません。相手のことを賞賛しているようで、何が「頑張ってるね」なのか、何が「いいじゃん」なのか、さっぱりわかりません。むしろ、「何が良かったのかわからない」「ちゃんと見ていないのではないか」と見透かされてしまいます。
「具体的にどういうところで、そう思ったんですか?」と問いかけられたときに、うまく答えられなければ、信頼関係を失ってしまうでしょう。
そうならないためには、きちんと観察したうえでフィードバックをすることが大切です。誰にも指摘されたことがないような具体的なフィードバックをされた部下は、「この上司は自分をちゃんと見てくれている」と感じ、信頼するようになるでしょう。
普段の仕事の中で、具体的で的確なポジティブフィードバックをするための情報を得るには、先述のSBI情報を意識することが重要です。
1回15分だけでも頻繁な1on1を
1on1は、フィードバックの場としてだけでなく、SBI情報を収集するうえでも欠かせません。
最近の仕事について報告をしてもらい、「何が良くて、何が良くなかったのか」「問題が起きた原因は何なのか」などを振り返ってもらえば、ある程度のSBI情報が入手できます。失敗したことの中にも「うまくリカバーした」というように褒める要素はありますから、ネガティブな話であっても、ポジティブなところがないか探してみましょう。
重要なのは1on1の頻度です。
1on1自体は既に取り入れている企業も多いと思いますが、大部分の企業では、年1回、期初や期末の目標達成度評価をする面談と同じタイミングで行なう程度ではないでしょうか。
しかし、年1~2回では不十分です。「ここ半年間の仕事ぶりを振り返ってほしい」と言われても、半年前の自分の仕事を事細かく覚えていられる人はそうはいません。例えば営業なら、1カ月の訪問数は言えるかもしれませんが、トークの内容やクロージングまで持っていくプロセスなどは細かく覚えていないでしょう。
抽象的な振り返りに終始するのでは意味がありません。1回にかける時間は15分程度で良いので、少なくとも隔週1回は行ないたいものです。
超多忙で時間がなければ、毎朝出勤したときに、一人ひとりに「あの件は順調に進んでいる?」「何か困ったことある?」などと今の仕事の状況を聞くというのも良いでしょう。
まとめ:大切なのは上司と部下の信頼関係
上司と部下との信頼関係や協調関係は、上司と部下の間で交換される報酬によって築かれていきます。
例えば、上司が部下に対して評価や信頼、注目などの内的報酬を提供する一方、部下が上司に信頼や忠誠心などを提供することで、良好な関係が築かれます。つまり、信頼を得るためには、上司から部下に内的報酬を提供していくことが重要です。
部下の目を見ないで、パソコン作業をしながら、上司がフィードバックをする......これでは部下は、信頼や注目といった内的報酬を感じることができません。
相手の目を見て、相手のほうを向いて話すことで、上司が部下を評価し、敬意を払い、注目をしているという態度を示すことが大切です。
多様性あふれる社会、仕事人生が長期化していく社会にあって、わたしたちは「正しく長く働き続けなければ」なりません。「正しく長く働き続ける」ためには、自ら正しい方向に向かっているのかどうかを常にモニタリングしながら、自分の体勢を必要に応じて「方向転換」していく必要があります。フィードバックは、そのために重要な学びと変化の機会を提供します。
僕としては、よきフィードバック文化を、この国の実践現場に根づかせることができたとしたら、うれしいことです。
中原淳(なかはら・じゅん)
立教大学 経営学部 教授(人材開発・組織開発)
立教大学大学院リーダーシップ開発コース主査、立教大学経営学部ビジネスリーダーシッププログラム(BLP)主査、立教大学経営学部リーダーシップ研究所副所長などを兼任。博士(人間科学)。
北海道旭川市生まれ。東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学講師・准教授などをへて、2018年より現職。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・組織開発について研究している。
民間企業の人材育成を研究活動の中心におきつつも、近年は、横浜市教育委員会との共同研究など、公共領域の人材育成についても、活動を広げている。一般社団法人 経営学習研究所 代表理事、特定非営利活動法人 Educe Technologies副代表理事、認定特定非営利活動法人カタリバ 理事。認定特定非営利活動法人フローレンス 理事。
著書は、『職場学習論』『経営学習論』『人材開発研究大全』(以上、東京大学出版会)、『研修開発入門』『研修開発入門「研修転移」の理論と実践』(共著)、『組織開発の探究』(共著)、『女性の視点で見直す人材育成』(共著)(以上、ダイヤモンド社)、『駆け出しマネジャーの成長論』(中央公論新社)、『残業学』(共著、光文社)、『フィードバック入門』『実践! フィードバック』(以上、PHP研究所)など多数。
※本記事は、『THE21』2025年2月号、3月号、5月号の内容と、NAKAHARA-LAB.net「中原淳研究室」 を一部抜粋・再編集したものです。