今、なぜ人材育成にアドラー心理学なのか?
2016年1月 8日更新
アドラー心理学がなぜビジネスマンに支持されているのでしょうか。人材育成の柱にその思想や考え方を取り入れて研修を行ってきたヒューマン・ギルドの研修部長・永藤かおる氏の解説です。
アドラー心理学がなぜビジネスマンに支持されるのか?
アドラー心理学をご存知ですか?
「なんか最近話題になってる心理学でしょ?」「本屋で見かけるけど、読んだことはないな」「勇気がなんとか、とか、子育てとか、そういうので聞いたことがある」
2013年12月、1冊の本が出版されました。『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』(岸見一郎 古賀史健著 ダイヤモンド社)。「哲人」と「青年」の対話だけでストーリーが進むこの本、1万部売れれば御の字といわれる心理学関連の書籍の中で、発売以来約2年で86万部を超えるベストセラーになり、2015年には舞台化され、さらには翻訳された韓国でも75万部の大ヒットとなっているのです。
それまでかなり知名度が低かったアドラー心理学がなぜこんなに絶大なる支持……特に今まで心理学に興味をあまり示さないとされていたビジネスマンに支持をされたのでしょう? そしてアドラー心理学と人材育成や対人コミュニケーションの関係は?
この連載では、アドラー心理学が日本に紹介されて間もない30年前から、人材教育の柱にその思想や考え方を取り入れて研修を行ってきたヒューマン・ギルドの、法人事業部長・宮本秀明と、研修部長である私、永藤かおるが「勇気づけの職場づくり」という視点からアドラー心理学をひも解きます。アドラー心理学は机上の空論ではなく、今目の前にあるトラブルや悩み、精神的な重荷を解決していくために「使える」心理学なのです。職場の人間関係の「あるある!」を、アドラー的視点で捉え、そして気持ちを楽にしていく術をお伝えしていきます。
そもそも「アドラー心理学」とは?
「アドラー心理学」は、欧米ではフロイト、ユングと並び、「心理学の三大巨頭」と呼ばれているアルフレッド・アドラー(1870-1937)が打ち立てた心理学です。実験や観察に重きを置く心理学の主流からは離れ、「どうすれば幸せに生きられるのか」「精神的な健康とは何か」「生きる意味とは何か」など、哲学的な問いを追究するのが特徴です。また、フロイトが神経症やヒステリー、ユングが統合失調症という、いわゆる器質的な病をかかえるクライエント(患者)の研究に重きを置いたのと対照的に、アドラーは健常者のための心理学を打ち立てました。
アドラーは第一次世界大戦に精神科医として従軍しました。ご存知のように、兵士というのは心身ともに健常だからこそ徴兵されています。その兵士たちが、戦場という異質な場で、見たくないものを見、したくないことをしていく中で心を病んでいく姿をアドラーは目の当たりにします。また、戦後故郷ウィーンに戻った彼は、荒廃した都で数多くの不適切な行為をする戦災孤児を目にします。彼らも戦争という非常事態さえなければ、家族や家を失うことなく健全に育っていったはず。その彼らのために、アドラーは世界初の児童相談所や実験学校を設立する中心人物になるのです。アドラー心理学が健常者のため、そして教育や人材育成に親和性があるといわれる由縁です。
「勇気づけ」「共同体感覚」
アドラー心理学に何度も繰り返し出てくる言葉が「勇気づけ」「共同体感覚」です。「勇気づけ」とは困難を克服する活力を自他に与えること、と定義づけられます。人生の中で何を困難とするかは人それぞれですが、どんな困難が目の前に立ちはだかっても、逃げることなく立ち向かい、乗り越えていこうとするエネルギーが勇気です。そして「共同体感覚」はそれぞれが属している共同体……職場、家庭、地域社会、友人関係に対する所属感、共感、信頼感、貢献感を総称した感覚・感情です。
次回以降、実際の職場づくりに、このアドラー心理学、そして勇気づけや共同体感覚がどう「効く」「活かせる」のかをお届けします。お楽しみに!
永藤かおる(ながとう・かおる)
(有)ヒューマン・ギルド研修部長。心理カウンセラー。1989年、三菱電機(株)入社。その後ビジネス誌編集、海外での日本語教育機関、Web 制作会社など、20年以上のビジネス経験のなかで、人事・採用・教育・労務管理等に携わる。どの現場においてもコミュニケーション能力向上およびメンタルヘルスケアの重要性を痛感し、勤務と並行して学んだアドラー心理学を生かして現在㈲ヒューマン・ギルドにてカウンセリング業務および企業研修を担当。著書に『「うつ」な気持ちをときほぐす 勇気づけの口ぐせ』(明日香出版社)、PHP通信ゼミナール『リーダーのための心理学 入門コース』(監修:岩井俊憲、執筆:岩井俊憲・宮本秀明・永藤かおる、PHP研究所)などがある。