力強い成長力を生み出す「経営理念・ビジョン」とは~「成長ドライバ」のあるべき姿
2020年12月 3日更新
「成長ドライバ理論」とは、企業の成果や成長を左右する原動力(ドライバ)とその関連性を明らかにし、経営の全体像として見える化したものです。今回は、成長ドライバ理論のフレームワーク図におけるメインドライバのひとつ「経営理念・ビジョン」について、松山大学経営学部教授・東渕則之氏に解説いただきます。
良い会社づくりにおける経営理念・ビジョンの機能
会社が事業を通じて世の中にどのように貢献しようとするのか、社員をはじめ会社に関わる人々をどのようにして幸せにするのか、会社が大切にする価値観はどのようなものか、将来、会社や社員はどのような姿になっていたいのか。こうしたことについての共通の認識が「経営理念・ビジョン」です。
経営理念・ビジョンは、社長の経営に懸ける思いや信念、価値観がそのもととなっています。成長ドライバ理論のフレームワーク図においてメインドライバ「社長」から「経営理念・ビジョン」に矢印がむかっているのは、そういう意味です。このようになっていない会社では、どんなに他のメインドライバ、サブドライバをより良くしていこうとしても、それらの経営行為の効果は限定的なものとなるでしょう。社長が表面的に口で語っているだけの経営理念・ビジョンは、全社を貫く経営の基軸とはなり得ません。前稿でまとめた社長の思いの本気度というものが前提となるということを、まずお伝えしたいと思います。
さて、この経営理念・ビジョンは、社員へのメッセージとなるとともに、取締役会や各種の経営会議でなされる会社の重要な意思決定から現場の社員一人一人の日常的な意思決定にわたって、さまざまな意思決定の際の判断基準となるものです。さらに、取引先など社外の利害関係者に対して自社の姿勢や方向性を示すものとなります。
メインドライバ「ビジネスモデル」は、どのような顧客に対してどのような価値を提供し、お金を稼ぐかということを考えますが、その目的はお金を稼ぐことではなく、経営理念・ビジョンを実現することにあります。経営理念・ビジョンを実現する手段がビジネスモデルだということです。
メインドライバ「システム化・型決め」は、ビジネスモデルを動かしたり、様々な仕事や業務を進めたりするための仕組みづくりを指しますが、種々のやり方、仕組みが考えられる中でどのようなものが望ましいとされるかは、経営理念・ビジョンに照らして判断されます。
経営環境の変化に応じてビジネスモデル、システム化・型決めを進化・発展させるのは社員であり、メインドライバ「行動環境」、すなわち、社員が仕事を通じて成長する職場環境が、その成否のカギとなります。経営理念・ビジョンは、行動環境を構成するサブドライバである「ストレッチ」「サポート」「自律」「規律」「信頼」の拠って立つ基軸として機能することになります。
このように、経営理念・ビジョンは、会社づくりにおいて常に参照される、経営の核となるものです。経営理念・ビジョンが明確でなかったり、全社を通じて共感・理解されていなかったりすると、そのような会社は基軸のない状態となり、一体感がなく方向性もバラバラとなり、ビジネスモデルやシステム化・型決めは効果的に機能せず、力強い成長力を生み出すことはできないでしょう。
経営の基軸として機能する経営理念・ビジョンのあり方
では、良い「経営理念・ビジョン」、あるいは、あるべき「経営理念・ビジョン」とはどのようなものでしょうか。
社長の経営に懸ける思いや信念、価値観がそのもとになっていることに加えて、一般的には、「社会への貢献」と「社員の幸せや自己実現への配慮」の2つの要素が入っていることが望ましいと言われています。この2つが社長の価値観、思い、信念と強く結びついて、その上で経営理念・ビジョンに反映されているという姿が望まれます。
そして、自社の経営理念・ビジョンが経営の基軸としてしっかりと機能しているかどうか、次のような観点からチェックしてみてください。これは、経営学の分野でこれまで培われてきた膨大な先行研究から抽出されたものをベースにしながら、私がこれまで全国の中堅・中小企業の現場で行った数多くのヒアリング調査や実験で得たデータの分析、全国で良い会社と言われている企業を訪問して共通して見られた特徴などをもとにまとめています。
- 経営者は、事業を通じて社会に貢献し社員の幸せを実現することに、大きな思いや夢を持っている
- 経営者の思いは、経営理念・ビジョンにしっかり反映されている
- 経営者は、経営理念・ビジョンに込められた意味を、幹部や一般社員に繰り返し説いている
- 経営者は、経営理念・ビジョンに沿った行動を自ら率先して行っている
- 幹部は、経営理念の意味やビジョンについて日頃から社員に繰り返し説いている
- 会社の経営理念・ビジョンを実現できるように努力すれば、社員も会社も成長でき、幸せになれると思う
- 幹部は、経営理念・ビジョンに沿った行動を率先して行っている
- ビジネスモデルは経営理念・ビジョンを実現するものになっている
- 会社は、採用にあたって、会社の経営理念・ビジョンや、それを実現するビジネスモデルに合う人材かどうかを大事にしている
- 会社には、社員が経営理念・ビジョンの意味を深く理解し、共感できるようにするための仕組みがある
- 社員は、経営理念・ビジョンなど会社の方針を踏まえ、顧客の視点をもって、自分で考え、判断し、仕事を進めることが多い
良い経営理念・ビジョンを育むために
1.社長の思いと志の結晶であること
繰り返しとなりますが、経営理念・ビジョンは、社長の思いや志が結晶化してキラキラと輝くものでなければなりません。社長の心の底から湧き上がってくる強い願望や思いが必要なのです。そのために社長は常に考え、自分の思いや志のエネルギーを高めていくべきでしょう。
2.共感を育むこと
全社を貫く経営の基軸として機能するためには、経営理念・ビジョンが全社員に共感・理解されていることが必要です。そして、社員の血となり肉となり、日ごろの活動の拠り所になっていることが望まれます。
そのためには、社会への貢献や、社員の幸せや自己実現といった要素が含まれていることが望ましいと述べました。それでも、「これに従え!」とばかりに強制したり押し付けたりするようなものではありません。社員各自が大なり小なりもともと持っている感性を揺さぶり、社員自身がその重要性に気づき、自然に共感が持てるようにしていくこと。それが社長や幹部、管理職の重要な役割だと言えます。
3.繰り返し説くこと
経営理念・ビジョンを浸透させる努力が必要です。社長が率先して、朝礼、会議、研修、社内報、SNSなど様々な機会を通して、真夏の日中の草花への水やりのごとく、繰り返し社員に説くことが必要です。しかも、様々な方向や視点から、経営理念・ビジョン、その思いを繰り返して伝えていくこと、そして、社員が納得し、心身に沁み込むまで、粘り強く浸透させる努力をすることです。
4.行動で示すこと
社員の人たちは、常にトップやリーダーの行動を観察しています。日頃社長が言っていることと行っていることが食い違っていれば、誰も社長の言うことを信用しなくなるでしょう。このような社長の下では、いくら素晴らしい経営理念を掲げようと、社員の心に響きません。言行一致、率先垂範は、経営理念・ビジョンへの共感・理解を広げるために不可欠です。社長は、言葉だけでなく自らの行動を通じて経営理念・ビジョンを示していく必要があります。もちろん、そのことは、社長だけでなく、幹部、管理職、上長についても当てはまります。
5.社長等経営幹部への信頼
そして、決定的に重要なことが、この信頼です。どんなに崇高な経営理念・ビジョンを掲げても、いかに素晴らしい社会貢献性や社員の自己実現の要素が含まれていたとしても、社長が掲げる経営理念・ビジョンへの共感、そして社員の日々の言動へとつなげていくためには、社長等経営幹部への十分な信頼感が醸成されていることがその前提となります。社長等経営幹部への信頼を高めていくことは、なんらかのテクニックや施策でできることではないため難しいことかと思いますが、会社を経営する立場にある人は常に自省し、信頼に足る人物であるよう、人間性を高め続ける必要があるでしょう。
※「会社の健康診断」は尾庭恵子・ウィズワークス株式会社の登録商標です。
東渕則之(とうぶち・のりゆき)
松山大学経営学部教授。一橋大学大学院商学研究科修了。悩める中小企業の経営者が使える経営学を構築することを目指して、20年以上にわたり実践的なフィールドワークを通じた統計学に依拠した調査・実験による研究を重ね、企業経営のフレームワークとして「成長ドライバ理論」を体系化した。このフレームワークの有効性と正確性は、日本経営品質学会、日本経営診断学会等で高く評価されている。 著書に『建設会社でも2ケタ成長はできる!』(東洋経済新報社)、『経営統計学のマネジメント的研究』(千倉書房)、『読んで使える!Excelによる経営データ解析』(共立出版)などがある。