良い会社づくりに不可欠。社員を伸ばす「行動環境」~成長ドライバのあるべき姿
2020年12月25日更新
松山大学経営学部教授・東渕則之氏が提唱する「成長ドライバ理論」で、「良い会社」をつくるための5つのメインドライバ「社長」「経営理念・ビジョン」「ビジネスモデル」「システム化・型決め」「行動環境」のなかから、今回は「行動環境」、働く人が成長できる環境をどのように作るかについて解説します。
社員の成長がなぜ企業成長に不可欠なのか
企業は、顧客に商品やサービスを提供して利益を得ます。どのようにして利益を生み出すのか、その仕組みが「ビジネスモデル」です。中には、ちょっとしたヒット商品や新規サービスを原動力にして急成長している会社もあります。でも、そのような会社は、効率的な生産体制やサービス提供方法が整っていないことが少なくありません。当然、それでは安定的に商品やサービスを供給できなかったり、すぐに真似されて他の企業が類似の商品・サービスをより安く提供したりすると、一気に売り上げが落ちて、会社が傾いてしまうことになります。その意味で「一時的な成功」と言わざるを得ません。安定的な成長にはほど遠い状況です。
しかし、これに「システム化・型決め」が伴うようになれば、ビジネスモデルが属人的な能力ではなく、普通の能力で動かせるようになり、仕事の効率性が高まり、また精緻化され、一時的ではない実効力を持つようになります。これによって初めて、ある程度の期間にわたってしっかりとした成長が可能となると言えます。
とはいえ、時間がたてば顧客のニーズが変わったり、ライバル会社がより良いものを提供したり、またより低価格で提供するなど、ビジネスモデルは徐々に陳腐化していくことになります。その意味で、システム化・型決めができあがったとしても、まだ成長軌道に乗ったとは言えません。常に改善し続けたり、イノベーションを生んだりする力が伴っていないからです。
改善やイノベーションの原動力は社員
改善やイノベーションの原動力は、つまるところ、「社長」も重要ですが、やはり「社員」、つまり「人」です。「人の成長」を生み出す力や仕組みが経営に組み込まれていなければ、中長期的に安定した企業成長は実現できません。
ここでいう「人の成長」とは、単なるスキルの向上だけを意味するものではありません。「お客さまに満足してもらいたい」「仕事のやり方を改善したい」「仕事を通して自らを成長させたい、高めたい」など、マインド面での成長も意味しているのです。
このように、経営がうまく回り、企業が中長期的な成長軌道に乗るためには、単に「ビジネスモデル」や「システム化・型決め」ができているだけでなく、人が成長できる「行動環境」を同時につくっておく必要があるのです。
行動環境を構成する5つのサブドライバ
会社が安定的に成長するには、「ビジネスモデル」や「システム化・型決め」が常に進化発展することが必要であり、それを担うのは社員なのですから、社員が仕事を通じて成長することが不可欠であるということです。そして、社員が働く職場の風土や環境を「行動環境」と呼び、社員が働くことを通して成長できる行動環境を作っていくことが良い会社づくりの重要な要素なのです。
そのカギとなるのが、「ストレッチ」「サポート」「自律」「規律」「信頼」の5つのサブドライバです。行動環境のあるべき姿について要点をまとめておきます。
ストレッチ
社員が自らの能力を上回る課題に挑戦することです。その過程で社員の能力が伸び、結果として組織全体の成長につながります。会社は、社員の仕事の範囲やレベルを制約するのではなく、ストレッチすることを奨励する姿勢が大切です。ストレッチは社員自身のマインドの中で生み出すものです。外から与えるものだと、脳は強制されたものと感じ、自然に反発してしまいます。社員自らこうなりたいとか、こうありたいという状態になることが必要なのです。経営者や上司の役割は、社員がそういう枠を自ら設定するまで、問いかけたり、知識を教えたり、環境を整えることです。
サポート
上司は部下をコントロールしようとするのではなく、部下が成長するようにサポートする役割を担う必要があります。サポートの良い方法は「質問すること」です。問い掛けることによって「部下が育つことを支援する」のです。部下は上司から「何を期待されているか考えたほうがいいね」と言われたら、考え始めます。考える時間を与えず、「そもそも・・・」と上司が話してはいけません。優れた上司は、部下が自分で気づいてできたと思うように助けてあげるのです。一か月に1回、半年に1回といったスナップショットを見て質問するのではだめです。その間のプロセスを見続けておく必要があります。必要があれば、プロセスの途中で問いかけることで、部下が成果を挙げられるように手助けをするのです。
自律
自律とは、社員が自ら価値判断基準に基づいて主体的に自らの行動を決めることです。部下に一定以上の仕事の能力があれば、あとは権限委譲すればよいというものではありません。何が必要でしょうか。会社の経営理念やビジョン、行動指針を、顧客の立場に立って、社員が十分に理解し、自らの価値判断軸にできていることが必要です。そのためには、経営理念・ビジョンへの理解・共感を深め、肚落ちしてもらうよう努力することが、社長や上司には求められます。また、適切な行動をとるために、情報が一般社員にまで共有されていることも必要です。加えて、どう行動すればよいか、学べるような仕組みがあると有効です。
例えば、クレドの読み合わせも有効です。朝礼の時にクレドを単に唱和するのではなく、数名で輪になって、例えば「患者さんに優しい医療看護を提供します」という項目ならば、その具体例として身近な体験について各自1~2分で順番にスピーチします。クレドの内容が「タクシーに乗ろうとした患者さんにこうしてあげたら喜ばれた」などです。こうすることによって、クレドの内容を単に覚えるのではなく、自然にいろいろな体験がエピソード記憶として頭に入ってくるのです。そして、どう行動すれば良いか分かるようになり、理想形が見えてくるので、自律につながるのです。マンネリ化することもありますが、例えば「先日搭乗した飛行機でキャビンアテンダントさんが......」などのように、仕事以外の体験を語るなどするとバリエーションが広がります。1日に全員がスピーチするのが難しい場合は1人でも構いません。習慣にすることです。
規律
やるときまったことを愚直にやりきる、このような規律がある職場では社員が育っています。良い取り組みでも途中でなし崩し的にやめてしまう職場では、社員は育ちません。これは多くの現場を見てきた私の実感です。「やや良い」くらいの改善の取り組みであっても、愚直にやり抜けば成果は必ず生まれてきます。良い会社づくりにおいても同じで、愚直さは大切です。確かに、やり続けることは困難を伴います。規律がない組織に共通するのは、トップや上司に、規律がないことです。規律をしっかりさせるには、経営者の率先垂範が大切です。
信頼
信頼は、ストレッチ、サポート、自律、規律の前提です。信頼の定義の一つに、「自分にとって不利なことをしないと信じられる状態」というものがあります。安全感・安心感と言っても構いません。社長や上司について、それを培うベースは、「母性の経営」です。赤ちゃんが生まれた後、母親の胸に抱かれているときに感じる絶対的な安全感・安心感を、経営者は社員に持ってもらうことです。さまざまな要素が必要になりますが、社員を幸せにするという理念が徹底していることが大切です。安全感・安心感が社員に伝わって信頼感を得られたならば、初めて父性的な、つまり、厳しい指示命令も反発されることなく、素直に受け止め、行動してもらえるようになります。
また、誠実さ、そして一貫性も大切です。一貫性について、メラビアンの法則によると、「あの人は誠実そうだ」という判断に影響を及ぼすのは、55%がボディランゲージ、38%が声のトーンであり、言葉の内容はわずか7%にすぎません。93%は言わないでも伝わっているということです。ここから敷衍するに、言葉が信頼を生み出す度合いは7%程度かもしれません。つまり、行動そのものが大切です。よって、例えば、信頼を育もうと社長が「社員を大切にしている」と言っても、行動面で社員に関心を持っていなかったり、報酬体系などが食い違っていたら不信感につながるのです。
個が活きる社員を育む社長の役割
行動環境を構成するこれら5つのサブドライバは、社員の「学習と成長」を生み出す場をつくります。「学習と成長」の行動環境をつくることができれば、社員は仕事を通じて成長するようになります。そして、成長するにつれて、自ら進んでビジネスモデルの改善に寄与したり、システム化・型決めをレベルアップさせることが可能になり、ひいては企業成長の原動力となるのです。
そして、繰り返しになりますが、このような行動環境をつくることができれば、「個が活きる社員」が多く生まれるでしょう。つまり、自分で判断して、経営理念やビジョンに沿った行動ができる社員が育つようになります。そして、その結果、会社は環境の変化に対応して収益を上げ続け、中長期にわたって成長し続けることができるようになるのです。
「信頼」を培ったり蘇らせたりすることをベースとして、ストレッチ、サポート、自律、規律を高め、仕事を通じて「学習と成長」が生まれるような行動環境を醸成していくのは、他の誰でもなく、社長の役割です。経営改革や成長戦略を実施する際、社長はこのことを認識して先頭に立って実践することが求められます。先述したように、その際、社長は、絶対的な安心感、安全感を持てるような関係を育むこと、そして「母性をベースにした父性の経営」を基調にすることが大切です。そのためには、叱るにしても褒めるにしても、その前提として、しっかり社員一人一人のことを普段から気にかけ、見ていることが大切なのです。しっかり見てくれていると感じている社長や上司からの叱責や褒め言葉は、信頼感をもって社員の身に染みることになります。
※「会社の健康診断」は尾庭恵子・ウィズワークス株式会社の登録商標です。
東渕則之(とうぶち・のりゆき)
松山大学経営学部教授。一橋大学大学院商学研究科修了。悩める中小企業の経営者が使える経営学を構築することを目指して、20年以上にわたり実践的なフィールドワークを通じた統計学に依拠した調査・実験による研究を重ね、企業経営のフレームワークとして「成長ドライバ理論」を体系化した。このフレームワークの有効性と正確性は、日本経営品質学会、日本経営診断学会等で高く評価されている。 著書に『建設会社でも2ケタ成長はできる!』(東洋経済新報社)、『経営統計学のマネジメント的研究』(千倉書房)、『読んで使える!Excelによる経営データ解析』(共立出版)などがある。