ドナルド・トランプ「すべての採用はギャンブルである」~名経営者の人材育成
2016年11月 9日更新
アメリカ大統領選挙で旋風を巻き起こしているドナルド・トランプ氏。すぐれた経営センスを持ち、若くしてレガシーとも言える建物をつくり上げてきたトランプ氏の人材育成論を、桑原晃弥氏が解説します。
共和党候補としての地位をほぼ手中に
アメリカ大統領選挙において共和党候補としての地位をほぼ手中に収めたドナルド・トランプの政治家としての手腕はまったく未知数だ。にもかかわらず大勢のアメリカ人がトランプを支持するのはニューヨークを代表する建物の一つとも言えるトランプ・タワーを初めとする建築やカジノ経営などの事業で数々の成功(同じくらいの失敗も)を収めてきた著名な経営者だからでもある。
だからこそ、選挙戦における数々の暴言にも関わらず、「私はファンタスティックな事業を築き上げ、何千もの従業員を雇い」という言葉や、「私の率いる数多くの素晴らしい会社を見てくれ。私は指導者としてファンタスティックなまでに成功している」という言葉が多くのアメリカ人の賛同を得ることになったとも言える。
「すべての採用はギャンブルである」
そんな経営者トランプの人に対する考え方ははっきりしている。トランプ自身、名門大学出身のエリートだけに、採用についても「最高の人材しか雇わない」とはっきりしている。マネジメントは、雇う人間を慎重に選べばぐっと楽になるのに対し、もし無能な人間を雇ってしまうと、優秀な人々は去り、あとには似た者同士で仲良くやっていく平凡な人間だけ、というのがトランプの考え方だ。
だからこそ、競争会社からでも最高の人材を引き抜き、より高い給料を払い、彼らのやる気を引き出すというのがトランプの人材への考え方だ。とはいえ、そんな最高の人材を採用することの難しさはトランプもよく理解していた。こう言いきっている。
「すべての採用はギャンブルである」
採用にあたってどれだけ面接に時間をかけようが、どれだけ筆記試験を行おうが、いかにも有望そうな格好でやってくる応募者の資質を完全に見抜くのは難しい。完璧に思えた応募者が採用してみると「ただのアホ」のこともあれば、さえない応募者が「天才」のこともある。
「肩書を超えたところで人を見る」
だからこそトランプは採用した後は二つのことを気にかけている。一つは「肩書を超えたところで人を見る」ことであり、もう一つは「人を過小評価しない」ことだ。日本と違って中途採用が一般的なアメリカでは採用段階で職務や条件が決まることになるが、なかには本人が気づかないだけで肩書や職務以上の能力を秘めている社員も少なくないという。
実際、トランプ・オーガナイゼーションでは守衛で入社して副社長になった人間もいれば、ボディーガードで採用されて有能な幹部に出世した人もいるという。
トランプは言う。「社内の人材には思っている以上の価値があるものだ。私は自分が過小評価されるのは嫌だし、自分も人を過小評価しないように気を付けている」
ただの暴言野郎ではない
社内の人材に目を留め、その人の能力を目覚めさせるのもリーダーの役目だというのがトランプの考え方だ。そんな「目覚めさせる」ために何が大切かというと、答えは経営者のがんばり次第でもある。こう話している。
「自分が夢中になってやらなかったら、誰もついてはこない。経営者のパワーを目の当たりにし、肌で感じたら、社員にも伝染するものだ」
トランプはただの暴言野郎ではない。すぐれた経営センスを持ち、レガシーとも言える建物を若くしてつくり上げてきた交渉の達人でもある。だからこそトランプの会社にはすぐれた才能が集まるし、アメリカの大勢の人たちが熱狂もするのである。
参考文献:『金のつくり方は億万長者に聞け』(ドナルド・トランプ著、石原薫訳、扶桑社)、『でっかく考えて、でっかく儲けろ』(ドナルド・トランプ+ビル・ザンガー著、峰村利哉訳、徳間書店)
桑原晃弥(くわばら・てるや)
1956年、広島県生まれ。経済・経営ジャーナリスト。慶應義塾大学卒。業界紙記者、不動産会社、採用コンサルタント会社を経て独立。人材採用で実績を積んだ後、トヨタ式の実践と普及で有名なカルマン株式会社の顧問として、『「トヨタ流」自分を伸ばす仕事術』(成美文庫)、『なぜトヨタは人を育てるのがうまいのか』(PHP新書)、『トヨタが「現場」でずっとくり返してきた言葉』(PHPビジネス新書)などの制作を主導した。
著書に『スティーブ・ジョブズ全発言』『ウォーレン・バフェット 成功の名語録』(以上、PHPビジネス新書)、『スティーブ・ジョブズ名語録』『サッカー名監督のすごい言葉』(以上、PHP文庫)、『スティーブ・ジョブズ 神の遺言』『天才イーロン・マスク 銀河一の戦略』(以上、経済界新書)、『ジェフ・ベゾス アマゾンをつくった仕事術』(講談社)、『1分間アドラー』(SBクリエイティブ)などがある。