大野耐一「人を減らす時は優秀な者を抜け」~名経営者の人材育成
2016年7月20日更新
上の優秀な人が抜けると、残った人たちは役割を自覚して一気に成長する――トヨタ自動車を「世界のトヨタ」に育て上げた功労者の一人・大野耐一氏の人材育成論をご紹介します。
管理者にはしっかりとした信念が欠かせない
大野耐一氏はトヨタ生産方式の基礎を築き、トヨタと関連会社に導入・定着させることでトヨタ自動車を世界のトヨタに育て上げた功労者の一人だが、同時にトヨタ自動車工業副社長や豊田紡織会長なども務めた名経営者でもある。
そんな大野氏には人の異動や育て方に関して一つの確固たる信念があった。大野氏がトヨタで生産部門の責任者を務めていた頃、上司の言うことを聞かない課長がいて、直属の上司が、その課長がいると仕事にスムーズに進まないので他の人に替えてくれと大野氏に訴えたところ、大野氏の返事は即座に「駄目だ」だった。理由はこうだ。
「その男を替えたとして、それを引き受けた部署はどうなるんだ? 同じように困るだろう。どれだけやりにくくても、君がちゃんと教えろ」
大野氏によると、誰も会社を悪くしようとは思っていない。人材に関して「二・六・二」という見方をすることがあるが、「もしこの課長のように下の二割がいるとしたら、それはうまく活かしきっていない経営者、管理者が悪い」というのが大野氏の、そしてトヨタの考え方だった。
その課長はたしかに頑固で扱いづらかった。しかし、大野氏に言われて上司がしっかりと対応するようになると、上司の考えを理解したうえで懸命に働くようになったという。相手が信念なら、こちらにも信念がある。人を使いきるためには管理者にはしっかりとした信念が欠かせないというのが大野氏の人材観だった。
「人を抜く時は優秀な者を抜け」
人の異動というと、とかくこの課長のような扱いづらい人や、できの悪い人を出したがる傾向があるが、大野氏はこうした異動の仕方を決して認めようとはしなかった。こう言い続けた。
「人を減らす時は優秀な者を抜け」
ここで言う「減らす」とか「抜く」というのは辞めさせるという意味ではない。たとえば、ある仕事を8人でやっているとすれば、改善によって6人でできるようにして、2人を他の仕事に異動をする、という意味だ。これがトヨタ式で言う「少人化」だ。
問題は「2人を抜く」際に誰を抜くかだが、往々にして行われるのはできのいい人、上司にとって使いやすい人を優先して残し、できの悪い人や使いにくい人を抜くやり方だが、大野氏は最もできのいい人を抜くように指示していた。
できのいい人を抜かれると、チームの力が低下して仕事に差しさわりがあると考えがちだが、大野氏の考え方は違っていた。できのいい人というのは、仮に違う仕事を担当したとしても対応できる。では、残された方はどうなるかというと、人間というのは面白いもので、上の人間が抜けて、自分たちだけががんばらなければと自覚すると、一気に成長することになる。むしろいつまでもできる人間がいて、そこに頼り切っていると、下の人間は育たなくなる、という考え方だった。
実際、トヨタ式を導入したある企業が上司の反対を押し切って、各部署からできのいい人を抜いて新規事業を担当させたところ、新規事業も成功し、残った人間も大きく成長することになった。その企業の管理職にとって「人間のすごさ」を思い知らされた経験になったという。
「人を抜く時は優秀な者を抜け」は、人を育てるうえでとても大切な教えである。
参考文献 『工場管理』1990.8(日刊工業新聞社)、『トヨタが「現場」でずっとくり返してきた言葉』(若松義人著、PHPビジネス新書)
桑原晃弥(くわばら・てるや)
1956年、広島県生まれ。経済・経営ジャーナリスト。慶應義塾大学卒。業界紙記者、不動産会社、採用コンサルタント会社を経て独立。人材採用で実績を積んだ後、トヨタ式の実践と普及で有名なカルマン株式会社の顧問として、『「トヨタ流」自分を伸ばす仕事術』(成美文庫)、『なぜトヨタは人を育てるのがうまいのか』(PHP新書)、『トヨタが「現場」でずっとくり返してきた言葉』(PHPビジネス新書)などの制作を主導した。
著書に『スティーブ・ジョブズ全発言』『ウォーレン・バフェット 成功の名語録』(以上、PHPビジネス新書)、『スティーブ・ジョブズ名語録』『サッカー名監督のすごい言葉』(以上、PHP文庫)、『スティーブ・ジョブズ 神の遺言』『天才イーロン・マスク 銀河一の戦略』(以上、経済界新書)、『ジェフ・ベゾス アマゾンをつくった仕事術』(講談社)、『1分間アドラー』(SBクリエイティブ)などがある。