郭台銘「私は常に『独裁為公』(独裁をもって公とす)と言っている」~名経営者の人材育成
2016年8月13日更新
大手電機メーカーのシャープを買収した台湾の鴻海精密工業。強いリーダーシップによって圧倒的なスピードを可能にした、創業者・郭台銘氏のエピソードをご紹介します。
中国に進出、世界的なEМS企業に
2016年3月、大手電機メーカーのシャープが台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業(以下、鴻海)により買収されたニュースは、多くの日本人にとって「時代が変わった」ことを痛感させられる出来事となった。
とはいえ、シャープを傘下に収めた鴻海は、今や世界14カ国に生産拠点を持ち、連結売上高15兆円を誇る世界最大の電子製品受託企業である。これほどの巨大企業を一代でつくり上げたのが、創業者の郭台銘(かく・たいめい/テリー・ゴウ)である。
1950年、台湾の貧しい家庭に生まれた郭は、アルバイトで学費や生活費を稼ぎながら学校を卒業、海運大手に就職したものの、「製品」に関心を持って仲間と共に起業している。しかし、最初はうまくいかず、仲間はすべて去ってしまったが、郭だけは諦めることなく事業を続け、85年にアップルやデルの製造受託を通じて急成長を遂げることになった。
さらなる成長を可能にしたのは、他社に先駆けて中国に進出したことであり、近代化を急ぐ中国政府の後押しもあって、中国各地に次々と工場を建設、圧倒的な価格競争力や高い金型技術などを武器に、世界的なEМS(電子機器の受託製造サービス)企業としての地位を確立することとなった。
スピードを維持するための強いリーダーシップ
鴻海の武器は「スピード」にある。郭は言う。
「今日の世界は大が小に勝つことなく、ただ速いが遅いに打ち勝つのだ」
郭によると、「直ちに開発、直ちに量産、直ちに出荷」というスピードこそが鴻海の成長を可能にしている。
これほどの「スピード」を維持するには当然、強いリーダーシップが欠かせない。そのため、郭は「独裁」を公言しているが、一方で社員との信頼関係も大切にしたいというのが郭の考え方だ。こう話している。
「私は常に『独裁為公』(独裁をもって公と為す)と言っている。方針を決定するスピードを上げるために独裁的な手法を取るが、それによって得る利益は会社や株主、従業員に還元する。だから、もし間違った決定をしたとしても、従業員は許してくれるだろうし、信頼関係が揺らぐこともない」
ハードワークとスピード
企業が圧倒的なスピードを維持するためには、決定の速さが欠かせない。そして決定したことを速やかに実行に移すスピードも不可欠だ。とはいえ、これほどのスピードについていくのは大変だ。一時期、中国における鴻海の労働環境や人事管理が大きな問題になったことがあるが、たしかに凄まじい速さは、そこで働く社員に過大なストレスを与えることもある。
そんな鴻海にとって日本企業の持つ技術はやはり魅力的だった。こう話していた。
「日台がうまく連合を組めば技術、スピード、柔軟性、品質、顧客サービスが揃う。サムスンに100%勝つ自信がある」
郭は日本企業の良さも欠点もよく理解している。良い部分は積極的に取り入れるが、自社の実情に合わない部分は自己流に改めることを躊躇しない。郭は1日16時間働くと言われるハードワーカーであり、類まれな情熱家とも言われている。社員に求められているのは同様のハードワークと圧倒的なスピードなのである。
参考文献 『アジア実力は企業のカリスマ創業者』(近藤伸二著、中公新書ラクレ)
桑原晃弥(くわばら・てるや)
1956年、広島県生まれ。経済・経営ジャーナリスト。慶應義塾大学卒。業界紙記者、不動産会社、採用コンサルタント会社を経て独立。人材採用で実績を積んだ後、トヨタ式の実践と普及で有名なカルマン株式会社の顧問として、『「トヨタ流」自分を伸ばす仕事術』(成美文庫)、『なぜトヨタは人を育てるのがうまいのか』(PHP新書)、『トヨタが「現場」でずっとくり返してきた言葉』(PHPビジネス新書)などの制作を主導した。
著書に『スティーブ・ジョブズ全発言』『ウォーレン・バフェット 成功の名語録』(以上、PHPビジネス新書)、『スティーブ・ジョブズ名語録』『サッカー名監督のすごい言葉』(以上、PHP文庫)、『スティーブ・ジョブズ 神の遺言』『天才イーロン・マスク 銀河一の戦略』(以上、経済界新書)、『ジェフ・ベゾス アマゾンをつくった仕事術』(講談社)、『1分間アドラー』(SBクリエイティブ)などがある。