ビル・ゲイツ「外へ行けば、他にも仕事ぐらいあるさ」~名経営者の人材育成
2016年8月 2日更新
マイクロソフトを創業し、歴史的な成功を招きよせたビル・ゲイツ。プログラミングの経験や能力よりも、賢さと元気さ、やる気が重要であり、それさえあれば活躍できる、という独自の人材論をもっていました。
マイクロソフトの企業文化
「企業文化は30%が起業家が心に描いた通りの姿、30%が初期の社員の質、残りの40%は偶然の作用の混合文化」はアマゾンの創業者ジェフ・ベゾスの言葉だが、この言葉通りにマイクロソフトの企業文化は創業者ビル・ゲイツの性格を反映した闘争心の塊のような戦闘的なものだった。
ゲイツは11歳にして「僕は、その気になれば何でもできる」というほどの自信家で、ハーバード大学を中退したのも自分より頭のいい奴がいなかったからだという。
マイクロソフトの歴史的な成功はМITSのために書いた初心者向けコンピュータ言語BASICが業界の事実上の標準となったことと、コンピュータ業界の巨人IBМが開発したPC向けにОS「МS―DОS」をライセンス供与したこと、そして「ウィンドウズ」の大成功によってもたらされたものだが、こうした成功を引き寄せたのはゲイツの「決して取引に失敗しない」という旺盛な競争心だった。
高いIQと元気、並外れたやる気で採用
勝利のためにはどんなハードワークも辞さないゲイツは創業からの5年間、2、3日の休暇を2度とっただけというハードワークぶりを発揮、社員にも同様のハードワークを要求している。「僕は12時間働いたよ」という社員には「へぇー、まだ半ドンだったのかい」と本気で言ったかと思うと、成果を上げた社員にも「なんで2日前にしなかったんだ」という厳しい言葉を投げつけるところがあった。
採用についても求めたのは高いIQと並外れたやる気だった。「目標を立てて、それが達成できなかったときはどうするか?」という質問に対して、期待される答えはこうだった。
「そういうことは絶対にありませんよ」
プログラミングの経験や能力よりも、賢さと元気さ、やる気が重要であり、それさえあればマイクロソフトという会社に飛び込んでも活躍できる、というのがゲイツの考え方だった。
反対に社風に適応できず、成果を上げられない下の5%は決して生き残ることができなかった。「外へ行けば、他にも仕事ぐらいあるさ」がゲイツの「進化論」式の人材観だった。
これでは社員の欲求不満は募る一方だが、それでも多くの社員がマイクロソフトに魅力を感じたのはその強さであり、ストックオプションがもたらす利益だった。
お金は社会のために使うのが持てる者の義務
もっとも、ゲイツ自身は「書類上の富に自分を失ってはいけない」と警告、世界一の金持ちになってからもファーストクラスに乗ることはなく、運転手付きのリムジンや自家用ジェット機にも興味を示さなかった。理由はこうだ。
「悪い手本になるからね。結局みんな、そういうことに慣れっこになってしまうんだと思う。そうなったら、ただの変な奴でしかないさ。僕はそういうことに慣れるのが怖いんだ」
膨大な富を自分の贅沢のために使うのはただの「浪費」であり、お金は社会のために使うのが持てる者の義務というのがゲイツの考え方だった。
ビジネスにおいては驚くほど強欲だが、お金に関しては決して強欲ではない。これはロックフェラーやカーネギー以来のアメリカの大富豪の一つの特徴であり、ゲイツもしっかりとアメリカ的大富豪の特徴を受け継いでいると言える。
参考文献 『ビル・ゲイツ』(ジェームズ・ウォレス、ジム・エリクソン著、奥野卓司監訳、翔泳社)、『世界の大富豪が実践している成功の哲学』(桑原晃弥著、PHP研究所)
桑原晃弥(くわばら・てるや)
1956年、広島県生まれ。経済・経営ジャーナリスト。慶應義塾大学卒。業界紙記者、不動産会社、採用コンサルタント会社を経て独立。人材採用で実績を積んだ後、トヨタ式の実践と普及で有名なカルマン株式会社の顧問として、『「トヨタ流」自分を伸ばす仕事術』(成美文庫)、『なぜトヨタは人を育てるのがうまいのか』(PHP新書)、『トヨタが「現場」でずっとくり返してきた言葉』(PHPビジネス新書)などの制作を主導した。
著書に『スティーブ・ジョブズ全発言』『ウォーレン・バフェット 成功の名語録』(以上、PHPビジネス新書)、『スティーブ・ジョブズ名語録』『サッカー名監督のすごい言葉』(以上、PHP文庫)、『スティーブ・ジョブズ 神の遺言』『天才イーロン・マスク 銀河一の戦略』(以上、経済界新書)、『ジェフ・ベゾス アマゾンをつくった仕事術』(講談社)、『1分間アドラー』(SBクリエイティブ)などがある。