社員の意欲、経験、能力アップ――人材育成はだれの仕事か
2013年7月10日更新
企業の盛衰は、「企業は人なり」という言葉に尽きる。「人は石垣、人は城、人は堀。情けは味方、あだは敵なり」という武田信玄の有名な言葉に通ずる。
「人材」を「人財」に変えるために
どんなに立派な城を築いても人の心が離れてしまっては、世の中を治めることはできない。情けは人をつなぎ、国を繁栄させるけれども、仇をふやせば国は滅びる。つまり、一番大切なのは組織を構成する人材であるということだ。日本的経営には、このように社員を企業の資産として重視する思想があったから、1980年代に“ジャパンアズNo.1”と言わしめた。
しかし、バブルがはじけて、1990年代の後半から多くの企業で欧米型のマネジメント手法が導入された。人事において、大企業だけではなく中小企業も成果主義人事を導入していった。その結果、業績が良くなるどころか、社員のモラールダウンを招き、優秀な人材が辞め、うつ病患者が出たり、不祥事が起きたりするなど、企業も社員も疲弊してしまった。その反省もあって、短期的な業績志向で人件費を削減するのではなく、「人材」という知的資本をいかに活用し、効果的にマネジメントするかを企業の最重要課題においている。
企業に勤める社員の経験や能力、忠誠心、モラールといったものを、企業にとってかけがえのない存在としてとらえ「人材」価値の最大化を図っていくことが人的資本管理の基本的な考え方である。社員教育を実施することにより、社員がやる気をもって働き、周囲と協力し合って全社一丸となれば、世界に負けない新たな価値を生み出すことができる。
しかし逆に、目先の利益を確保するために人材育成を怠れば、社員のモチベーションやナレッジを失いかねない。人材育成の意義は、社員が持っている能力と可能性を活かし、組織全体を活性化することで企業の成長を図っていくことにある。変化のスピードが速いために人材の「即戦力化」が求められているが、人材育成には忍耐が必要である。時間と手間がかかるが、社員を「人材」から「人財」に育むために人材育成の正しい取り組みが求められる。
人材育成業務は経営者の代行
例えば社員が5名の会社であれば、経営者が全社員に対し評価を下すこともできるだろう。しかし、これが10名、20名となってくるとそれにも限界がある。そこで、評価を行うマネジャーの存在が必要になるのだ。そのマネジャーが管理する部門やチームごとに評価を行うのであるが、そうするとどうしても評価基準にブレが生じる。そこで企業は、評価制度(評価のルール)を導入しようとするのである。
ところで、人事や人材育成は、本来は誰の仕事なのだろうか。企業がある程度の規模になるまでは、その仕事は経営者が担っているが、企業規模が大きくなってくると、経営者ひとりでは担えなくなる。実際、社員の成長には、さまざまな立場の人間が関与している。しかし、人材育成は本来的には経営者の仕事だ。それが現場のマネジャー(上司)に権限委譲され職場全体で担っているわけである。ヒューレッド・パッカード創始者、デイブ・パッカードは、「わが社に人事部はいらない。人事というものは、すべての人の責任であるべきだ」と述べている。
※出典:『[実践]社員教育推進マニュアル』(2009年1月・PHP研究所発行)
【著者プロフィール】
茅切伸明 かやきり のぶあき
慶應義塾大学 商学部卒業後、(株)三貴入社。 その後、(株)日本エル・シー・エー入社。平成1年3月 住友銀行グループ 住友ビジネスコンサルテイング(株)(現SMBC コンサルティング(株))入社。セミナー事業部にて、ビジネスセミナーを年間200 以上、企業内研修を50以上担当し、他社のセミナーを年間50以上受講する。平成18年4月 (株)ヒューマンプロデュース・ジャパンを設立。「本物の教育」「本物の講師」「本物の教育担当者」をプロデュースするという理念を掲げ、現在まで年間500以上、累計3,000以上のセミナー・研修をプロデュースするとともに、セミナー会社・研修会社のコンサルティング、セミナー事業の立ち上げ、企業の教育体系の構築なども手掛ける。
著書に、『実践社員教育推進マニュアル』、通信教育『メンタリングで共に成長する新入社員指導・支援の実践コース』(以上、PHP研究所)、『だれでも一流講師になれる71のルール』(税務経理協会)
松下直子 まつした・なおこ
株式会社オフィスあん 代表取締役。社会保険労務士、人事コンサルタント。神戸大学卒業後、江崎グリコ(株)に入社。新規開拓の営業職、報道担当の広報職、人事労務職を歴任。人事部門では、採用、育成、人事制度設計と運用、労務管理と幅広く人事業務に携わる。独立後は学習塾の経営や大学講師の経験を経て、現在は、社会保険労務士、人事コンサルタントとして顧問先の指導にあたる一方、民間企業や自治体からの研修依頼は年間200本を超える(2011年実績)。
人材育成を生涯のライフワークと決意し、社会人教育に意欲的に向き合うかたわら、士業家の独立支援事業、文化教育事業にも取り組み、幅広く人材育成に携わっている。