組織のエフェクチュエーション ~新市場を組織ルーティンでどう創るか~
2026年6月17日更新

起業家個人の意思決定に焦点があてられてきたエフェクチュエーション。今回は、その5原則が、組織的にも新市場創造の意思決定に活用されている事例を検討しています。
本記事は、[実践]理念経営Labo Vol.16から転載したものです。東京経済大学 経営学部 准教授 山口みどり(やまぐち・みどり)

東京都立大学法学部法律学科卒業。東京都立大学大学院社会科学研究科経済政策専攻博士課程単位取得退学。修士(経済学)。東京経済大学経営学部専任講師を経て、2009年4月より現職。専門は、経営組織論。特に、組織における新規事業創造プロセスに関する研究を行なっている。著書に、『制度的企業家』(共著、ナカニシヤ出版)など。
松下幸之助の起業にみる意思決定
松下幸之助は、1917年6月、22歳で会社を辞めて起業した。アイデアはソケットのみ。材料をどこで買うか、値段をいくらにするか、どうやって作るのかなど五里霧中での起業であった。10月になんとかソケットができ上がったが、売れたのは100個ほど。資金難で製品改良も難しい中、事業の存続を可能にしたのは、12月に思いがけず扇風機の碍盤1000枚の注文が入ったことであった。ソケットの製造過程で煉物の技術を蓄積していた松下は、この注文に対応することができた。これは、初めての利益を生み出しただけでなく、注文主からの継続注文にもつながり、安定した収入をもたらした。これで電気器具の開発を本格的に行なえるようになったことが、「改良アタッチメントプラグ」や「二灯用差込みプラグ」の開発につながっていく。
この経験について、松下は「こんなことは無謀なことである」と振り返る一方で、「今思うと、すべて物はこういう形においても成り立っていくのではないかと思う」とも述べている(松下, 1986, 66・75頁)。なかなか予期した通りにはいかないが、辛抱している中で周囲の情勢が変わったり、外部からの援助があったりして、最初の計画とは全く違う形でも成功へとつなげられるというのである。
このような松下の考え方は、従来の経営学のコーゼーション的な考え方、すなわち、魅力的な市場機会を探索して目標を設定し、その目標を達成できる合理的な手段を選択して実行すべきとする考え方とは異なる。しかし近年のアントレプレナーシップ研究では、熟達した起業家は、不確実性が高い状況で、松下の考え方に近い「エフェクチュエーション」とよばれる意思決定を行なうことが明らかにされている。
本稿では、新規事業だけでなく既存事業の不確実性も高まっている現在、これまで起業家の意思決定モデルとして研究されてきたエフェクチュエーションを、企業組織で活用することは可能か、という問題について考えてみたい。
エフェクチュエーションの組織的活用
エフェクチュエーションとは、特定の効果をもたらす手段を選択するのではなく、手持ちの手段でできる結果を選択する意思決定である(Sarasvathy, 2001, p.245)。エフェクチュエーションでは、今ある手段でできることを積み重ねて新市場を創り出すため、事前にニーズや潜在顧客、期待利益を予測できない状況でも、起業に向けた行動を選択することが可能になる。
エフェクチュエーションは、以下の5原則からなる。第1に、ある目的を達成できる手段を選ぶのではなく、手持ちの手段を使って目的を創り出す「手中の鳥の原則」。第2に、期待利益の最大化ではなく、その行動による損失が受容可能かによって行動を選択する「許容可能な損失の原則」。第3に、想定外の事態は、良いものも悪いものもテコとして活用して、望ましい未来を創り出す「レモネードの原則」。第4に、目的に合わせて利害関係者を選ぶのではなく、自発的に関わってくれる関与者と目的を共創していく「クレイジーキルトの原則」。第5に、未来が予測できなくても、今ここでコントロール可能な活動に集中して望ましい結果を創り出す「飛行機のパイロットの原則」である。
これらの5原則を組み合わせたエフェクチュエーションのプロセスにおいて、熟達した起業家は、関与者を巻き込み、彼らの手持ちの手段を使いながらさらに関与者を増やす、というサイクルを繰り返し、当初は考えもしなかった新市場を創り出していく。
では、長期にわたって継続的に新市場を創造して成長してきた企業、とりわけイントレプレナーなどの「個人」ではなく、組織的な分業体制を通じて新市場を創造している企業は、エフェクチュエーションを活用しているのだろうか。
この問題について検討するために、本稿では、組織ルーティン(organizational routines)を分析対象とし、組織の新市場創造の意思決定に関わる組織ルーティンに、エフェクチュエーションの5原則が組み込まれているかを調べた。組織ルーティンとは、繰り返し起こる問題に対し、代替的選択肢を探索せず、過去に有効だった決定を参照して解決するという決定ルールである(Simon, 1997, 邦訳154頁)。エフェクチュエーションの5原則は、起業家が起業に熟達していくなかで形成された、過去に有効だった意思決定のパターンであるため、組織ルーティンに5原則を組み込むことで、組織メンバーがエフェクチュアルな意思決定を行なえるようになる。
以下では、組織的に新市場創造を行なっているワークマンの事例を用いて、エフェクチュエーションの組織的活用の方法を明らかにしていく。
ワークマンの組織的な新市場創造
ワークマンは、個人向け作業服市場でトップシェアをとる企業である。同社の特徴は、創業以来ずっと個人向け作業服事業のみで成長してきたにもかかわらず、作業服市場の成熟に伴い2014年に新業態開発を始めてからは、ワークマンプラス(2018年)、♯ワークマン女子(2020年)、ワークマンシューズ(2022年)、ワークマンキッズ(2024年)と立て続けに新業態を開発していることにある。同社は、これらの新業態開発を通じて、低価格の機能性ウェア市場や機能性シューズ市場など、新市場を次々に創造してきた。
ワークマンは、いかにしてこれらの新市場を創造したのだろうか。以下では山口(2024)に基づき、最初の新業態である「ワークマンプラス」ができるまでのエフェクチュエーションのプロセスを、(1)製品開発、(2)仕入れ、(3)SV(店舗指導員)、(4)広報、(5)経営層の5つの職能における組織ルーティンに注目しながら検討する(図1を参照)。

まず、(1)の製品開発では、誰に何が売れるかわからない中で製品力を向上させ、作業者以外の新規顧客を開拓するという課題に直面した。この課題の解決のために、ワークマンではプライベートブランド(PB)製品の開発に本格的に取り組むことにした。PB製品の開発にあたって設定された組織ルーティンは、①低価格を徹底して追求すること(目標原価率65%)、②プロのニーズにも応えられる高い機能性を実現すること、③抜群の製品力で5年間継続販売できるようにすることの3つであった。この3つを満たせば、作業服以外でも何を作ってもよいことにした(土屋, 2020, 21頁)。
これは、「手中の鳥の原則」を組み込んだ組織ルーティンといえる。なぜなら、3つの条件を満たせば何を作ってもよいとすることで、製品開発担当者それぞれが、自分あるいは組織がもつ手段を使って、多様な製品アイデアを構想できるようになるからである。実際、この組織ルーティンの導入後、堰を切ったようにPB製品が開発され、現在は店舗売上の7割近くをPB製品が占めているという(土屋, 2020, 66頁)。
(2)の仕入れでは、開発されたPB製品を、何が誰にどれだけ売れるかわからない中、海外の協力工場に適切に発注するという課題に直面した。低価格戦略をとるワークマンでは、売れ残りが多数出てしまうと、在庫保管費用の増大によって低価格戦略の実現が阻害されかねないからである(土屋, 2020, 264頁)。
そこで、「2年目までは適正量よりも少な目に発注する」という組織ルーティンが導入された。具体的には、1年目は類似品の売れ行きなどを参考に、かなり少なめに発注する。2年目は、前年のデータをもとに需要予測を行ない、需要予測よりも5%程度少なめに発注する。3年目から、需要予測にしたがって仕入れを行なう。
この組織ルーティンは、「許容可能な損失の原則」を組み込んだものといえる。確かに需要予測はしているが、これはコーゼーションのような「期待利益の最大化」を目指したものではなく、売れ残り在庫による損失を許容可能な範囲内に収めることを目指したものだからである。
(3)のSVは、PB製品の各店舗での売上を最大化するとともに、異常値の検知を通じて新たな顧客層や製品の新たな用途に気づくという役割を担っている。そのために、SVの組織ルーティンは以下の3つからなっている。まず、各店舗の課題の発見である。ワークマンでは製品の販売傾向などによって全国の店舗を24のクラスターに分類しており、各店舗の売上を同一クラスターの他店舗と比較することで課題を明らかにしている。次に、データ分析に基づく課題解決の方策の提案である。品揃えや陳列方法の改善によってどれだけ売上が変わるかを分析し、提案する。最後に、異常値の検知である。各アイテムの一般的な売れ方と異なる売れ行きの製品を特定し、その理由を分析する。これによって、新たな顧客層や、製品の新たな用途に気づくことができる。例えば、最初に異常値が検知されたのは、2015年頃の野外作業者向け防水防寒ウェアであった。売り切れになる店が続出したため理由を調べたところ、「防水性能の優秀さとコスパ」がネットで評判になり、一般のバイクユーザーに売れていたことが判明した。
これらのSVの組織ルーティンは、「クレイジーキルトの原則」を組み込んだものといえる。なぜなら、異常値を手がかりに、ネットでの情報発信者や一般のバイクユーザーなど、自発的な関与者に気づくことができるようにしているからである。
(4)の広報は、SVが異常値を通じてみつけた「自発的な関与者」をテコに、一般顧客を拡大していく役割を担う。広報の活動には、ネット上のブログやSNSの書き込みをチェックして、ワークマンの愛用者で自発的に製品情報を発信している人を探して話を聞くという組織ルーティンが追加され、これは2016年9月以降定期的に開催されている「ブロガー向け商品発表会」につながっていった。商品発表会では新作を披露し、試着した商品をブログで紹介してもらったり、製品に対する意見・要望をもらったりして翌年の新モデルに反映させている。こうした意見・要望を取り入れて、製品を改良したりラインナップを増やしたりすることで、当初のバイクユーザー以外の一般顧客にも製品が広まった。
このような広報の組織ルーティンも、「クレイジーキルトの原則」を組み込んだものといえる。ワークマンの愛用者から、新製品の広報や製品開発への協力という新たなコミットメントを引き出すことで、利用可能な手中の鳥を増やしているからである。
(5)の経営層の役割は、製品開発から広報までの各職能が協力してエフェクチュエーションのプロセスを回し、一般顧客にも売れるアイテムが増加する中、新たに進出する市場を定義し、よりよく売れる新業態を創ることである。そこで経営層は、「しない経営」とよばれる組織ルーティンに基づき、複数の目標をもたず、「作業服から一般向け市場への客層拡大」という1つの目標だけをやりきることを徹底した(土屋, 2020, 224頁)。
例えば、新業態開発を主導した土屋常務(現専務)は、当初ワークマンの強みを生かせる市場としてアウトドア市場に注目したが、勝てるイメージがわかず、市場調査でも「ブランド力がないワークマンはアウトドア市場に参入できない」という結果が出た。しかし土屋はそこであきらめず、2軸で市場を細分化する市場戦略マップを何度も描き直して考え続けた。その試行錯誤の中で、競合のいない新市場である「機能性・低価格のアウトドア市場」が創出された。ワークマンはこの市場に向けて、2018年、作業服・作業用品1700アイテムから一般顧客に売れている316品目を抽出し、外観・照明・陳列方法などの「製品の見せ方」を変えた新業態「ワークマンプラス」を開業した。この1号店は、連日行列ができ、初年度の売上目標1億2000万円を3カ月で達成したという。
以上の経営層の組織ルーティンには、「レモネードの原則」と「飛行機のパイロットの原則」が組み込まれている。なぜなら、市場調査で予期せぬ結果が出てもあきらめず、それをテコとして市場の捉え方を工夫することで、「機能性・低価格のアウトドア市場」という、より自社に適した新市場を創り出しているからである。
同社は、これらの組織ルーティンを活用して現在もエフェクチュエーションのプロセスを回し続けており、それが継続的な新業態・新市場の創造につながっている。
エフェクチュエーション活用の条件
以上の検討をもとに、エフェクチュエーションを活用できる組織の条件について、組織デザインと組織ルーティンの2つに焦点をあてて考えてみよう。
組織デザインについては、従来、既存事業の効率性向上を追求する深化と、イノベーション創出に必要な探索は両立が難しいとされ、深化担当ユニットと探索担当ユニットを分ける「構造的両利き」が提案されてきた(O'Reilly and Tushman, 2016)。しかし、エフェクチュエーションを促進するには、同じ組織が深化に専念するフェーズと探索に専念するフェーズを分ける「逐次的両利き」(淺羽, 2024, 172頁)が有効である。なぜなら、ユニットを分けると既存事業で蓄積された「手中の鳥」が十分に活用できなくなり、エフェクチュエーションのプロセスが阻害されてしまうからである。
組織ルーティンについては、従来、組織メンバーの行動を一義的に決める硬直的な行動パターンであると捉えられてきた(Becker, 2004, pp.644-646)。しかし、Feldman and Pentland(2003)は、どのような組織ルーティンも、それが実践される際には、その時々のコンテキストや状況、他者の行動に合わせて調整されており、毎回硬直的に適用されるわけではないと指摘している。実際、Sarasvathy(2008)が行なった実験でも、27人の起業家は同じ架空の製品からスタートし、エフェクチュエーションという共通の意思決定パターンを用いて、18の異なる市場の定義に到達している。このように多様な行動を引き出す、組織ルーティンの創造的側面に注目し、それを活かす必要がある。
今回は、組織におけるエフェクチュエーションの活用方法について検討したが、これをより深く追求することで、創造性を高める組織マネジメントについて新たな知見が得られるだろう。
参考文献
Becker, M.C.(2004)"Organizational Routines: A Review of the Literature, "Industrial and Corporate Change, Vol.13, No.4, pp.643-677.
Feldman, M.S. and B.T. Pentland(2003)"Reconceptualizing Organizational Routines as a Source of Flexibility and Change, "Administrative Science Quarterly, Vol.48, No.1, pp.94-118.
O'Reilly, C.A. and M.L. Tushman(2016)Lead and Disrupt: How to Solve the Innovator's Dilemma, Stanford Business Books(入山章栄監訳『両利きの経営:「二兎を追う」戦略が未来を切り拓く』東洋経済新報社, 2019年).
Sarasvathy, S.D.(2001)"Causation and Effectuation: Toward a Theoretical Shift from Economic Inevitability to Entrepreneurial Contingency, "Academy of Management Review, Vol.26, No.2, pp.243-263.
Sarasvathy, S.D.(2008)Effectuation: Elements of Entrepreneurial Expertise, Edward Elgar Publishing(加護野忠男監訳『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』碩学舎, 2015年).
Simon, H.A.(1997)Administrative Behavior, A Study of Decision-Making Processes in Administrative Organizations, 4th edition, The Free Press(二村敏子・桑田耕太郎・高尾義明・西脇暢子・高柳美香〔訳〕『新版経営行動:経営組織における意思決定過程の研究』ダイヤモンド社, 2009年).
淺羽茂(2024)『二兎を追う経営:トレードオフからの脱却』日本経済新聞出版.
土屋哲雄(2020)『ワークマン式「しない経営」:4000億円の空白市場を切り拓いた秘密』ダイヤモンド社.
松下幸之助(1986)『私の行き方考え方:わが半生の記録』PHP研究所.
山口みどり(2024)「組織的な市場創造とエフェクチュエーション:ワークマンの事例分析」『東京経大学会誌(経営学)』Vol.324, 127-149頁.





































































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