パナソニック、きらぼし銀行が取り組む「1on1」~企業事例
2020年12月 1日更新
PHPオンラインセミナー「中原淳氏特別セミナー 1on1の失敗学~なぜうまくいかないのか」(2020年10月開催)の第二部では、企業での「1on1」導入事例をパネル討議形式で発表していただきました。 パネラーはパナソニック株式会社の大西達也さんと西峰有紀子さん、きらぼし銀行の吉田裕幸さんと山本頌さん。司会進行はPHP研究所の的場正晃が務めました。本稿ではその内容の一部をご紹介します。
【事例】パナソニックの「1on1」
パナソニックが「1on1」を導入した背景
パナソニックでは2019年4月から、パナソニック株式会社と国内の一部関係会社で「1on1」を導入しています。導入の背景としては、「事業環境の変化」と「価値観の多様化」が挙げられます。近年当社は、製品を大量生産して早くたくさん売るビジネスモデルから、お客様のニーズに合わせたソリューションサービス型へとシフトしつつあり、さらに中途採用や外国籍社員の増加等により、社員一人ひとりの意識が変化し、多様化しています。そうした変化・多様化に合わせ、これまでの当社のパフォーマンスマネジメントの仕組みを再検討しようという動きが出てきた結果、上司と部下との対話の質と量を高めるための手法として「1on1」に行き着きました。
パナソニックの具体的な取り組み
当社では、「1on1」を「社員自身が主体的に考えて動くための時間」であると定義づけています。気軽に実施できるようにテーマは自由とし、たとえ短い時間でも回数を重ねていくことを重視しています。全社展開にあたっては、なるべく「人事制度っぽさ」をなくすことで、社員の「やらされ感」がないよう、社員への発信の仕方を工夫しています。実施頻度についても「2週間から1カ月に1回、15~30分程度行う」という目安は示していますが、強制ではなく、必要だと感じるタイミングで上司と対話できる状態を目指しています。
パナソニックにおける「1on1」の実施率は、2020年7月の段階で七割弱。部下の満足度は5点満点中3点台後半です。
「1on1」の課題と今後の取り組みについて
現在(2020年10月時点)、当社の「1on1」には次のような課題を感じています。
まず、「1on1」の目的の理解度にバラつきがあることです。これに対しては、「1on1」の目的をよりわかりやすい形で発信し、社員の理解を得たうえで浸透を促進できるようにと考えています。
二つ目は、事業部によって推進状況に差が出ていることです。当社は7つの社内カンパニーに分かれており、それぞれが自組織の課題感、目的意識を持ちながら「1on1」の浸透活動を行っています。濃淡がでること自体は仕方がないことと考えていますが、良い取り組み事例のカンパニー横断的な共有や「1on1相談窓口」の設置など、全社として取り組みの底上げをしていくことで、実施率や満足度の向上を図ろうとしています。
最後に、リモートワークの増加でコミュニケーションの量が低下していることです。こちらについては全社ポータルに「オンライン1on1のコツ」を説明した記事を掲載したり、部下から上司に事前にテーマを提示する「1on1リクエストシート」の活用を進めたりすることで、オンラインでも取り組みやすくなるよう働きかけているところです。
質疑応答
的場)パナソニック様は伝統的に上司と部下が非常に親密な関係を築いてこられたと聞いています。こうした社風は現在どのように変化し、また社内のコミュニケーションにどのような影響を与えているのでしょうか。
大西)上司が部下を自宅に招くといった昔ながらの親しい関係性は、時代とともに少なくなってきました。以前は上司から一方通行で教える傾向が強かったのですが、昨今は部下が自発的に成長し、上司が部下から学ぶ機会も増えてきたように思います。
西峰)元々の土壌としてパナソニックは、上司が部下を育てる意識が強い会社だと思います。部下とのコミュニケーションを大事に考えている管理職も多く、コミュニケーションを活性化するための施策が必要、という点については、比較的スムーズに受け入れてもらえたのではないかと感じます。
【事例】きらぼし銀行の「1on1」
きらぼし銀行が「1on1」を導入した背景
きらぼし銀行は、東京都民銀行・八千代銀行・新銀行東京の3行が合併して2018年5月に誕生しました。当初は誰もが組織全体の三分の一しか知らない状態で、新しい同僚の顔と名前が一致せず、当然コミュニケーションを活性化させていく必要がありました。また、金融業に偏らず、証券やコンサル、リースなどさまざまな業態を含めた「総合サービス業」を目指していく方針のもと、「グループ体制の強化」「持続可能なビジネスモデルの構築」「社員自身がキャリアデザインしていくための意識改革」といった課題が浮き彫りになっています。このような状況において、さまざまな人事施策の効果を高める有効な手段として「1on1」を導入したのです。
きらぼし銀行における1on1ミーティングについて
きらぼし銀行では、以下の要領で「1on1」を行っています。
・実施頻度は1カ月に1回、時間は30分程度。
・全正社員を対象とし、部下の人数が10名を超える上司は、自身の代わりにミーティングを実施するサポートメンバーを任命する。
・「部下のための時間」であり、話すテーマは部下が自由に決める。
・対話の内容が第三者に聞かれない場所で行う。社外も可。
・ミーティングの日時は上司と部下で事前に決める。上司が勝手に決めてはいけない。
・事後に「コミュニケーションサーベイ」と称するアンケートを行う。
上記のルールのもと、2019年11月から本部2部署、営業店2店舗で試行しています。コミュニケーションサーベイの集計結果として、「とても役立っている」が49.6%、「まぁまぁ役立っている」が41.8%で、合計91.4%が役立っていると回答しました。コミュニケーションの活性化には大きな効果が出ている反面、キャリアデザインにつながる効果は現時点では限定的です。
アンケートで得られた「前向きな意見」と「批判的な意見」
「1on1」を実施後のアンケートでは、上司・部下それぞれの立場から、前向きな意見と批判的な意見が出ています。代表的なものをご紹介しましょう。
●部下側の前向きな意見
・月に1回上司に相談できるのは、心理的にとても安心感がある。
・上司の考えが理解できた。上司と具体的な課題の共有ができた。
●上司側の前向きな意見
・年上の部下やベテラン社員と2人で話す機会が増え、意思疎通がしやすくなった。
・今まで気づいていなかったチーム内の課題が見えるようになった。
●部下側の批判的な意見
・ほぼ雑談、愚痴を言うだけの場になっている。
・普段からコミュニケーションはとれており、あえてやる必要がない。
●上司側の批判的な意見
・部下がテーマを用意していないと、何を話せばいいのかわからない。
・「1on1」の時間を確保するのが大変。
これまで実施してきて判明した運用面での課題をクリアしながら、今後は対象部署を少しずつ広げていきたいと考えています。
質疑応答
的場)グループ全体に「1on1」を周知し、定着させていくためには、トップが旗振りをしていくことも必要ではないかと思いますが、どのようにお考えでしょうか。
吉田)こうした取り組みをトップが諸手を上げて賛成しない場合もあると思います。当社の場合ですが、トップから「反対されなければ賛成」だと受け取り、現場主導で推進をしています。
山本)コストをかけて行う限り、時間を無駄にはできません。上司を対象にコミュニケーションスキルやコーチングに関する研修を行い、結果につなげていきたいと考えています。
中原淳氏の総評
パナソニックさんはプロダクトアウトからソリューションビジネスへの転換期にあり、きらぼし銀行さんは3行合併したうえで総合サービス業を目指されているとのこと。いずれも「多様な人材がスピーディかつ主体的に行動」することが求められる時期だと考えられます。そのためにも上意下達ではなく、現場重視の「1on1」が大きな意味を持つのではないでしょうか。それこそ「あの手、この手」で機運を盛り上げ、定着を図っていただきたいと思います。
皆さん本日はありがとうございました。
※本稿は、2020年10月19日開催「中原淳氏特別セミナー 1on1の失敗学~なぜうまくいかないのか」第二部パネルディスカッションの内容をもとに作成しました。
パネラー・講師プロフィール
パネラー
大西 達也(おおにし たつや)
パナソニック株式会社 A Better Workstyle 編集局、組織開発担当主幹
1988 年 松下電器産業株式会社(現パナソニック株式会社)入社。デジタル家電の技術開発(主にソフトウェア)に従事し、携帯端末向け基盤技術の開発、海外研究所の共同プロジェクト推進、携帯電話商品開発などに携わる。その後、人と組織の支援をする仕事を志し、2012 年に R&D 本部で「組織開発」業務を立ち上げる。2015 年に本社人事に異動、全社に向けての組織開発活動を始動。個人・組織を対象とした様々な支援・啓発活動を行っている。
西峰 有紀子(にしみね ゆきこ)
パナソニック株式会社 戦略人事部 組織・人材マネジメント課 主務
国内電機メーカーでの人事を経て、2018 年 パナソニック株式会社入社。グローバル HR プラットフォーム構築を担う部署にて、本人・上司間の対話の「質」と「量」を増やす取り組み「A Better Dialogue」のグローバル導入を担当。併せてパナソニック本体を対象に「1on1 Meeting」の導入・推進に携わる。2020 年度からは上記に加え新たに従業員エンゲージメントサーベイの主担当となり、年次実施・分析・職場での活用推進に取り組んでいる。
吉田 裕幸(よしだ ひろゆき)
きらぼし銀行株式会社 人事部長
1995 年きらぼし銀行入行。職員一人ひとりが輝ける職場の実現を目指して、タレントマネジメントシステム"Cydas"の導入や"1on1"、"平服勤務"の試行等様々な施策を実施。昨年は「金融庁×きらぼし銀行×立教大学中原ゼミ」として産官学共同研究プロジェクトに関わった。2020 年 4 月より現職。
山本 頌(やまもと しょう)
株式会社きらぼし銀行 人事部 研修グループ長
2006年入社。法人営業を経験後、2015年から人事部配属となり、主に人事制度運用・労務管理業務に従事。2019年に発足した人事改革プロジェクトチームに参加し、「タレントマネジメントシステム」の導入、「1on1ミーティング・360度フィードバック」の試行導入を担当するなど、社内のコミュニケーション活性化や、職員のキャリアデザイン支援等の組織開発施策の推進に取り組んでいる。2020年10月より現職。
講師
中原淳(なかはら じゅん)
立教大学経営学部教授・博士 立教大学大学院リーダーシップ開発コース主査
1975年、北海道旭川市に生まれる。東京大学教育学部を卒業後、大阪大学大学院人間科学研究科修士課程修了。同大学大学院人間科学研究科博士課程中途退学。文部科学省大学共同利用機関メディア教育開発センター助手を経て、大阪大学から博士号(人間科学)を取得。その後マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学大学総合研究センター講師・助教授・准教授などを務める(東京大学大学院学際情報学府准教授も兼任)。2017~2019年まで立教大学経営学部ビジネスリーダープログラム主査、2018年から立教大学教授に就任。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業や組織における人材開発・組織開発について研究している。単著に『職場学習論』『経営学習論』など、共著に『ダイアローグ』『組織開発の探究』など、多数の著書・編著・監修がある。