社員のやる気をアメで引き出すな
2015年12月23日更新
社員のやる気はアメのインセンティブで火がつくのか? 会社が利益を上げ続けるために、社長が考えるべきこととは? トリンプの社長時代、数々の改革を成し遂げ、19年連続増収増益を達成した吉越浩一郎氏は、社長は社員が「仕事で」快感を得られるような仕組みを用意すべきと言います。『社長の掟 業績を上げ続けるための60則』からご紹介します。
社員のモチベーションが上がる仕組みをつくる
会社が利益を上げ続けるためには、仕事に対する社員のモチベーションが高くなければならない。とくに、不況や競合の参入などで経営環境が厳しいときは、1人ひとりがあと数パーセントずつでも余計に売上を上げてくれたらと思わない経営者はいないだろう。
けれども、いくら朝礼で社長が「君たちはもっとできる。あと数パーセントでいいから、がんばれ!」と奮起を促したところで、「こっちはもう十分がんばっているのに、それがわからないのか!」と、逆に反感をもたれるのが関の山だ。
では、馬の鼻先にニンジンよろしく、インセンティブなどのアメを用意して、それで社員のやる気に火をつけるというのはどうだろうか。
サルやイルカに芸を仕込むのならそれでいいだろう。あるいは、おかあさんが子ども相手に「今日はおやつに美味しいケーキを買ってあるから、早く宿題をやっちゃいなさい」というような使い方ならまだわかる。
しかし、人間のおとな相手にはどうだろう。はっきりいって、この種の訓練用の餌レベル以上のものでないやり方には、私はまったく懐疑的だ。私自身、会社がそういったものをくれるから仕事のやる気が増したという経験が、かつて一度もない。ましてや、それが飛び込み営業のような特殊な営業であれば有効に機能するのかもしれないが、決まったお客を定期的に訪問するようなルートセールスでは、はなはだ疑問である。
それが個人ではなく、たとえば、「全社で、あるいは部門でこれまでの売上を達成したら、会社として全員に特別ボーナスを出す。そのために、各人に落とし込むと、あなたは前年対比○パーセントを達成してください」というのなら喜んでやるのが、それこそ日本人というものであろう。
私か働いた香港のトリンプでは、セールスマンの収入の中でインセンティブとしての歩合が大きな比率を占めていた。
個人に設定された歩合の額が大きいと、それなりに力を入れて働いてくれる。加えて、テレビコマーシャルも流し順調に売上が伸びた結果、トータルの収入があまりにも増えすぎて、歩合の比率を下げる交渉をしたことさえあった。
日本人はその点、個人が得るお金を直接的な目的とするよりも、チームワークで結果を出してもらおうとしたほうがうまくいく。皆で一生懸命働いた結果、個々の給料が上がり、ボーナスが増えればいいといった考えで、それは日本人のとても良い所だと思う。
では、そういった日本人に、どうすれば本当の意味でやる気を出してもらえるのか。
それは、いまの自分にはいささか荷が重いかもしれないという課題に、権限を任せられて果敢に挑戦するときだと思う。まったく違った意味で「やってやろう」という気持ちが強烈に刺激されるはずだ。
ここに仕事の醍醐味を感じなければビジネスパーソンとはいえない。日本人であれば、この気持ちはよくわかるはずだ。 これがもし相手が日本人でない場合なら、同じく醍醐味を感じてもらうにしても、「今回これだけ給料を出すから、この仕事をやってくれ」というアプローチになるはずだ。
そして、努力と創意工夫でなんとかその困難な課題をやり切って成果が出たときには、会社が用意したアメなどとは比べものにならないくらいの満足感が得られるし、周囲の賞賛の声がさらにそれを高めてくれる。
一度でもそれを味わったら、次もまたがんばろうという気持ちになるのは当然だ。
つまり、仕事そのものから喜びを感じられるようにすれば、下手な小細工などしなくても、モチベーションは自然と高まるのである。
だから、本当に社員のモチベーションを高めたいなら、そしてそれが日本人相手なら、アメなどといったレベルの低いインセンティブではなく、社員が「仕事で」快感を得られるような仕組みをつくればいいのだ。
この"雰囲気が盛り上がった状態"を作り出せるかどうかで、会社のスピードも業績も大きく変わってくる。もともと日本人は一生懸命働こうとする気持ちをもっているのだから、環境づくり、雰囲気づくりにこそ、社長は努力をすべきだ。
それに、アメというのは、仕事をやり遂げてほっとしたとき、思いもかけず大きなプレゼントをされるから美味しいのではないだろうか。
トリンプ・インターナショナル・ジャパンでは、私が辞める最後の数年は、その年度の売上と利益目標を達成できたら、通常のボーナスとは別に、全社員に一律ひとり5万円を、「第ニボーナス」として出していた。しかも、その金額を毎年1万円ずつ増やすことにしていたが、もらってうれしいのは、絶対こっちのアメのほうだ。
トリンプ時代、「徹底」を合言葉に、社員からのブーイングに逆らってありとあらゆる改革を成し遂げた。部下はなぜ、彼から離れていかなかったのか。実際のエピソードを多数収録。
吉越浩一郎(よしこし・こういちろう)
1947年、千葉県生まれ。上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業。メリタ香港の勤務を経て1983年にトリンプインターナショナル(香港)に入社、1986年よりトリンプ・インターナショナル・ジャパン(株)に勤務。1987年代表取締役副社長、1992年に代表取締役社長に就任し、2006年に60歳になるのを機会に退社。その間、同社では即断即決経営を武器に19年連続増収増益を達成。早朝会議、デッドライン、残業ゼロ等の経営手法を取り入れ、効率化を図り会社を急成長させた。現在、東京と、夫人の故郷である南フランスの2か所を拠点に、余生ではない「本生」を実践しつつ、国内各地で幅広く講演活動、執筆を行う。主な著書に、『新装版「残業ゼロ」の仕事力』(日本能率協会マネジメントセンター)、『結果を出すリーダーの条件』(PHPビジネス新書)、『デッドライン仕事術』(祥伝社黄金文庫)などがある。