まかせる~松下幸之助「人を育てる心得」
2016年5月 5日更新
指導者は自分の力より人の力を使うことが大切である
孔子が、子賤という若い弟子のことを、「あれは立派な男だ」とさかんにほめている。というのは、子賤はある地方の代官になって赴任したが、自分はいつも琴を弾いていて、それほど仕事をしていない。それでいて、その地方はピシッと治まっている。彼の前任者は、それこそ朝から晩まで一生懸命やったけれども、なかなかうまく治めることはできなかった。そこでその人が不思議に思って子賤に、「どうしてそんなにうまくいくのですか」とたずねたところ、彼は、「あなたは自分の力を使ってやろうとするから骨が折れるのです。私は人を使って、やってもらっているのです」と答えたという。
こういうことは、今日でもよく見かける姿ではないだろうか。事業経営などにおいても、悠々とやりながら成功している人もいれば、見ていて気の毒なほど一生懸命に仕事をしているのに、もうひとつ業績があがらないという人もいる。そしてその原因は多くの場合、人の力をうまく使うか使わないかにあるように思われる。
子賤という人は、孔子がほめるくらいだから、才能も手腕もあり、自分が直接やってもうまくやれる人だったのだろう。しかし、えてしてそういう人ほど、つい自分の力を誇り、それを見せようと、何でも自分でやろうとしがちである。
ところが、自分の力だけに頼ろうとすると、それには限りがあるから、いくら時間を使っても十分なことはできない。かりに人を使うにしても、それを全部見ようとして、こまかいところまであれこれ口出ししたり指図したりしていたのでは、部下のほうもわずらわしくて、意欲を失ってしまう。結局、労多くして功少なしということになりがちである。
人間はある程度責任を与えられ、仕事をまかされると、だいたいにおいて、その責任を感じ、自分なりの創意工夫を働かせてそれを遂行していこうとするものである。だから、指導者は、大綱というものをしっかりつかんだ上で、基本的な方針を示して、あとは他の人びとに責任と権限を与えて自由にやらせるという行き方が望ましい。それによって、それぞれの人の知恵が自由に発揮され、全体として衆知が集まって仕事の成果もあがってくる。
みずから何ものももたずして、ただ人にまかせるというのではもちろんいけないが、仕事のかなめを心のうちにしっかりとにぎりつつ、形の上では大いに仕事をまかせ、人を使い、いわば居ながらにして成果をあげることも、指導者としてきわめて大切だと思う。
【出典】 PHPビジネス新書『人生心得帖/社員心得帖』(松下幸之助著)