人情の機微を知る~松下幸之助「人を育てる心得」
2016年8月 8日更新
指導者は人情の機微に則して事を行なわなくてはならない。
"衣食足りて礼節を知る"ということをよくいうが、もともとは"倉廩実ちて則ち礼節を知り、衣食足りて則ち栄辱を知る"というのだそうで、中国古代の斉の国の大政治家管仲のことばだという。
管仲は、道義道徳が衰えれば国は滅びるとしてこれを大いに重視したが、同時にそれは、倉に穀物が満ち、人民が衣食に事欠かないという、物の面での豊かさに裏づけられなくてはいけないということを考えたわけである。そこで、道義道徳を奨励する一方、経済を盛んにし、国を富ませることをはかった。その結果、一小国であった斉をして、天下の最強国にまで発展せしめたのである。
管仲という人は、結局、人間というものをよく把握していたというか、いわゆる人情の機微に通じていたのだと思う。だから、こういうことをいったり、行なったりできたのだろう。実際彼は、「政令というものは民心にそって下さなくてはならない」といい、すべての政令をわかりやすく、実行しやすいものにしたともいわれている。
人間の心というものは、なかなか理屈では割り切れない。理論的には、こうしたらいい、こういうことが望ましいと考えられても、人心はむしろその反対に動くということもあろう。一面まことに厄介といえば厄介だが、しかしやはり、ある種の方向というか、法則的なものがあるとも考えられる。そうしたものをある程度体得できるということが、人情の機微を知るということになるのだと思う。
そのような人情の機微を知ることなしに、理論や理屈だけで事をなそうとすれば、人びとの反発を受けたりして、なかなかうまくいかず、労多くして功少なしという結果に終わりがちである。また、そうしたことを無理に力をもってやろうとすれば、人びとを苦しめたりすることにもなると思う。古来、すぐれた政治家、すぐれた指導者といわれる人の業績を見ると、やはりみなこうした人情の機微というものをよく把握し、それに則してものごとを行なっているようである。
人情の機微を知るためには、やはり何といっても、いろいろな体験を通じて、多くの人びとと実際にふれあうことである。その意味で、指導者になる人は、できるかぎり実社会の体験を多く有している人が望ましい。そうした体験に立ちつつ、つねに素直な目で人間というものを見、その心の動きを知ることが大切だと思う。
【出典】 PHPビジネス新書『人生心得帖/社員心得帖』(松下幸之助著)