悩みあればこそ~松下幸之助「人を育てる心得」
2017年5月23日更新
一つの部門の責任者あるいは一つの会社の幹部として仕事をしていると、つぎからつぎへと、いろいろな問題が起こってきます。
はた目にはきわめて順調に推移しているように見える部門や会社でも、その責任者の心中には、"あれも早く対策を講じなければならない。これもすぐ手を打たないと......"といった問題というか悩みが、渦をまいている。ときにはそれが気になって、食事もうまくない、夜もよく眠れないといったことにもなってきます。いきおい"なんとかすべての問題をうまく解決して、安心して仕事にあたりたいものだ"といった願いをもちつつ仕事に取り組んでいる人が多いと思います。
しかし私は、そのようないわば絶対安心の境地というものは、ほんとうはあり得ない、だから私たちがとり得るのは、そうした絶対安心の境地を求めて、最善の努力を重ねていく、という行動以外にないのではないかと思うのです。
私自身の経営者としての歩みをふり返ってみても、日々これ戦い、日々これ競争という意識が常に働いており、一歩誤ればたいへんなことになるというようなある種の脅威を感じながらの毎日だったように思います。ですから、絶えず"これではいかん。あれもしなければ、これもしなければ......"といった心配があって、一日たりとも安閑としていられなかったというのが正直なところです。
しかし、考えてみますと、仕事をしているからには、そのような姿がいわば当たり前で、そのような心配を重ねてきたからこそ、今日までなんとかそれなりの成果をあげつつ、仕事を進めてくることができたのではないかという気がするのです。
こうしたことは、一国の運営というものについても見られることだと思います。それぞれの国の運営にあたる人々は、これまで絶えず、その存立を危うくする何らかの脅威を少なからず感じつつ、なんとかより以上の発展を実現しようと努力してきているのだと思います。にもかかわらず、その国のおかれた立場なり地位というものは、刻々と変化していきます。現に戦後長いあいだ世界のリーダー国として自他ともに認める存在であったアメリカにも、最近ではいろいろな面で威信低下の姿が見られるようになってきています。一国の運営にあたる人といえば、それぞれの国を代表する立派な方々といえましょうが、そういう方々が懸命に努力している国においても、それほどの変化、消長があるわけです。
まして、私たちの会社なり部署なり、あるいは個々人については、国以上に激しい変化があるのが普通だといえましょう。ですから、お互いの日々の仕事においては、心配も何もなくしてうまくいくということは、ないのが本来の姿で、したがって、あれこれ思い悩み、心配するということが、むしろなければならないと思うのです。
それは、つらいといえばつらいし、苦しいといえば苦しいことです。しかし、そうはいうものの、どんな心配、悩みの中にも、お互いの生きる境地というものはあるものだと思います。つまり、"幹部社員には悩みや不安が多いのが当然で、それがいやなら職を辞せばいい"といったように、まず腹をすえる。その上でそういう心配、悩みがあるからこそ、自分たちは勉強するんだ、それがお互いの刺激、薬ともなって、新しい工夫やすぐれた品物を生み出すことができるんだ、というように考え、その心配、悩みを克服していく。そういうところに幹部社員としての仕事の喜び、さらには生きがいを見出していくという姿勢が大切ではないかと思うのです。
【出典】 PHPビジネス新書『人生心得帖/社員心得帖』(松下幸之助著)