共感性のある管理職を育てよ
2017年5月30日更新
部下を潰してしまう上司・管理職には、共感性が足りないという特徴があります。松下幸之助は上司としてどのような「共感性」を持っていたのでしょうか。
おそろしい「共感性の欠如」
前回、筑波大学医学医療系の松崎一葉教授が提起し、話題となっている「クラッシャー上司」のことを例に出しました。「クラッシャー上司」とは松崎氏の命名で、《部下を精神的に潰しながら、どんどん出世していく上司》をさすのですが、誠に言い得て妙です。
ただ、「クラッシャー上司」という定義がはっきりしたために脚光をあびているものの、昔にもそうした上司がいたことを忘れてはなりません。各世代のクラッシャーの特徴を整理すると面白いかもしれませんが、それはさておき、つまるところ部下を潰してしまう上司にはある決定的な特徴があります。それは一言でいえば鈍感だということ。もう少し心理学的に言い直しますと、他人への共感性が足りない、もしくは完全に欠如していることです。
ですから、業績が上げられない部下に対して結果だけをみて判断し、その過程で何があったかなど斟酌せず、努力が足りない、あるいは能力がないという追及をたえずくり返して潰していくのです。
共感性の欠如はどこからくるのでしょうか。いくつかの原因が考えられますが、昨今の教育事情に鑑みて一つありうるのは、上司たちが自分に対して抱く有能感(自分は他人よりも優秀であるという感覚)です。学歴・学力があり、順調にキャリアを積んでいると、自分に有能感を抱くのは当然といえば当然です。
けれども、精神的に大人ではない上司の場合、ともすると有能感が仇になり、うまくいかないのを自分の問題だととらえず、きわめて無邪気に自分以外の誰かに責任を求めてしまうわけです。こんな上司・管理職が多いといったいどれだけの部下が潰されることか。実におそろしい話です。
松下幸之助のエピソード「従業員に申し訳ない」
では、松下幸之助は上司としてどのような「共感性」を持っていたのでしょうか。ご存じのように、幸之助は部下を指導するに際して、たいへん厳しい一面がありました。目標通りにいかなければ、「君のその血の出る首をもらうぞ」とまで言ったりしたこともあるのです。けれども、部下が潰れようと何しようと結果だけ出せばいいという考え方ではありません。
幸之助の共感性を示すのにふさわしいエピソードがあります。
大正14年、幸之助は近隣の人たちの推薦を受けて、大阪市の連合区会議員の選挙に立候補、当選しますが、その選挙運動を通じて17歳年長のある区会議員の知遇を得ました。
ある日、幸之助は街角で偶然この人に出会い、久しぶりだということで、レストランに誘われます。"お茶でも"という幸之助の心づもりに反してこの人は、豪華なランチを二人前注文しました。ところが運ばれてきた食事に、幸之助は容易に手をつけようとしないのです。
体の調子でも悪いのかといぶかる相手に、幸之助は申しわけなさそうにこう答えました。
「従業員の人たちが今、汗水たらして一所懸命に働いてくれていることがふと頭に浮かびましてね。それを思うと、私だけこんなご馳走を、申しわけなくてよう食べんのです」
幸之助の言葉に感銘したこの先輩議員は、以後いっそう幸之助に対する信頼を深め、のちにはついに、自分の商売をやめて松下電器に入り、幸之助に協力することになるのです。
いかがでしょうか。"少々豪華な昼食をいただいたところで、自分は社長。別に構わないだろう"そのように考え、かつ行動しても何ら問題はなく、従業員たちが不平不満を言うこともないでしょう。
しかし当時30代の青年社長である幸之助の脳裏に、自分が留守のあいだも休みなく働く従業員たちの姿がよぎっており、一人贅沢をすることに良心の呵責を抱いたわけです。
人と共感できる人間味ある管理職を育てる
共感性というのはもっと簡単にいえば、人に対する思いやりの心に違いありません。上司・管理職がそうした人として当然備えているべき共感性を持たなければ、組織は実にゆゆしき事態になるのです。
幸之助は小学校を中退している自分は、「手紙一本書けない男」と話していました。それだけ、何から何まで人に頼って自分の経営は成り立っている。だから人間大事の経営をしなければならない。それが幸之助の経営の大前提だったと思うのです。どのような組織も、能力を誇る管理職をつくる前に、人と共感できる人間味ある管理職を育てる必要性があることを、はっきりと肝に銘じておくべきではないでしょうか。
渡邊 祐介(わたなべ・ゆうすけ)
PHP理念経営研究センター 代表
1986年、(株)PHP研究所入社。普及部、出版部を経て、95年研究本部に異動、松下幸之助関係書籍の編集プロデュースを手がける。2003年、大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程(日本経済・経営専攻)修了。修士(経済学)。松下幸之助を含む日本の名経営者の経営哲学、経営理念の確立・浸透についての研究を進めている。著書に『ドラッカーと松下幸之助』『決断力の研究』『松下幸之助物語』(ともにPHP研究所)等がある。また企業家研究フォーラム幹事、立命館大学ビジネススクール非常勤講師を務めている。