部下指導の最強の武器となる人材育成法「フィードバック」
2017年11月16日更新
部下指導の現場においては、「コーチング」と「ティーチング」を使い分ける必要があります。そして今、両者を包含した新しい人材育成法として注目を集めているのが「フィードバック」です。部下育成に大きな効果を発揮する、その考え方と実践スキルをご紹介します。
INDEX
コーチング、ティーチング 二極化する人材育成法
2000年代に入ってからのコーチングの普及に伴い、部下に「一方的に教えてはいけない」という考えを持った管理職が増えています。一方で、自身が受けてきた指導の影響で「コーチングのようなゆるい指導では人は育たない」「指示命令を出して、上司の意図通りに動かすことで部下は育つ」といった持論を持っている管理職も少なくないようです。
どうすれば人が育つかを考える時、とかく「コーチングか、ティーチングか」といった二項対立的な発想に振れがちです。しかし、人材育成は「人」という変化性の強い存在を対象としていますので、相手の状況に応じて臨機応変に育成手法を変える必要があります。
例えば、相手の主体性を育むためには、問いかけ主体のコーチング的な育成が効果的です。しかし同じ相手であっても、間違った考えや行動をとった時には、それを指摘するティーチング的な育成をしなければなりません。
昨今、職場環境も、そこで働く人々の意識と行動も大きく変化しています。その中で実効性のあるOJT(On the Job Training)を行なう第一歩は、「コーチングか、ティーチングか」という二項対立的な発想から、「コーチングも、ティーチングも」という包括的な発想へとアタマを切り替えることです。
そんな中、両者を包含した新しい人材育成手法として注目を集めているのが「フィードバック」です。そこで、その考え方と基本スキルをご紹介します。
最強の部下育成法「フィードバック」とは
『フィードバック入門』(PHPビジネス新書)の著者である中原淳氏(立教大学 経営学部 教授)の定義によると、フィードバックとは「耳の痛いことを部下にしっかりと伝え、彼らの成長を立て直すこと」とされます。
具体的には、次の二つの働きかけを通して、問題を抱えた部下や、能力・成果の上がらない部下の成長を促進することを目指すものです。
(1)情報通知
たとえ耳の痛いことであっても、部下のパフォーマンスなどに対して情報や結果をちゃんと通知する(現状を把握し、向き合うことの支援)
(2)立て直し
部下が自己のパフォーマンスなどを認識し、みずからの業務や行動を振り返り、今後の行動計画を立てる支援を行なう(振り返りと、アクションプランづくりの支援)
このうちの「情報通知」はティーチング的なアプローチであり、「立て直し」はコーチング的なアプローチであるといえます。すなわち、フィードバックは、ティーチングとコーチングを包含した最強の部下育成手法なのです。
なぜ今、フィードバックなのか。5つの背景
では、なぜ今、フィードバックが求められているのでしょうか? その理由として、次の5つの背景が考えられます。
1.組織のフラット化
経営の効率化のために推進した組織階層の削減(フラット化)の結果、一人の管理職が見るべき部下の数が増え、一人ひとりへの育成が疎かになった
2.「突然化」「若年化」するマネジャー
組織のフラット化に伴い、係長や主任などの「監督職」での準備期間を経ずに突然管理職に昇進したり、早期選抜で若くして昇進するなどの結果、部下指導に自信がない管理職が増えた
3.「二重化」するマネジャー
かつての管理職はマネジメント専任であったが、昨今はプレーヤーとマネジャーの両方を担っているので、部下としっかり向き合う余裕がなくなった
4.若手社員の価値観の変化
今の若い世代は、所属する組織への帰属意識が以前よりも低く、ハラスメントに過剰な反応を示す傾向があるので、指導育成する難しさが高まっている
5.多様化する人材
人材の多様化の進展で、年上部下、外国人、非正規社員などが増加し、組織としての一体感を構築するのが難しくなった
これら5つの背景が相互に関連し合って、いつの間にか日本の会社が「人が育ちにくい労働環境」になってしまいました。現に、モチベーションの低下や、精神疾患にかかっている人の増加、離職率の増大など、人に関する問題を抱えた職場が急増しています。
こうした人材育成の危機に対するソリューションとして、フィードバックに注目が集まっているのです。
フィードバックのプロセス
相手のパフォーマンスの向上につながるようなフィードバックを行なうためには、次の図のようなプロセスを押さえていけば効果が上がりやすくなります。図で示したフィードバックのプロセスについて、順次説明しましょう。
事前プロセス│情報収集
相手に刺さるようなフィードバックをするためには、できるだけ具体的に相手の問題行動の事実を指摘することが必要です。したがって、必要な情報を事前に収集していくことが求められます。その情報とは、次の「SBI」で示される三種類の情報のことを指します。
SBI情報
S(Situation):どのような状況で、どんな状況の時に
B(Behavior):どんな振る舞い・行動が
I(Impact):どんな影響をもたらしたのか。何がダメだったのか
プロセス(1)信頼感の確保
いよいよフィードバックの本格的な開始です。まず、相手を呼んで、情報がもれず、他人の目にふれない個室で上司―部下間の面談を行ないます。着席の仕方は、対面よりも「ハの字型」のほうがベターです。また、いきなり本題に入るのではなく、雑談などのアイスブレークから入りましょう。これらは、相手の過剰な緊張をほぐすための配慮なのです。
プロセス(2)事実通知
信頼感の確保ができたら、次は事実通知です。「実は、君に改善してほしいことがあるんだ」など、面談の目的をストレートに伝えます。その際に、突き放したような言い方をするのではなく、「一緒に話し合おう」「一緒に改善策を考えよう」というように、「Letsのスタンス」を示していくことが重要です。この時、事前に収集したSBI情報を、主観や感情を排除して「鏡のように」客観的かつ正確に通知することがポイントです。そのためには、「~のように見える」というフレーズを使うと効果的です。
プロセス(3)問題行動の腹落とし
事実を通知したからといって、すべてがすぐに相手の腹に落ちるわけではありません。「上司と部下の考えていることや思っていることは違う」という前提に立って、相互の理解が一致するまで、時間をかけて対話を行ないます。場合によっては、対話が数時間、あるいは複数回に及ぶこともありえます。
プロセス(4)振り返り支援
部下自身に過去・現在の状況を振り返らせ、未来の新たな行動計画や目標を自分の言葉で語らせます。その際、次のような三つの問いを投げかけることで効果が高まります。
(1)What?:何が起こったのか?
(2)So What?:それがどうしたのか?
(3)Now What?:これからどうするのか?
ここで大切なのは、「氷山モデル」で示されるように、水面下にある、目に見えない問題行動の真因を探求させるようにガイドすること。それがよりよい将来に向けた適切な課題設定につながるのです。
プロセス(5)期待通知
フィードバックをクロージングさせる段階では、期待を伝え、相手の自己効力感(「やればできる」という感覚)を高めて、モチベーションを喚起します。また、再発予防の対策についても一緒に話し合っておくことが望ましいでしょう。
事後プロセス│フォローアップ
一回のフィードバックが終わっても、それで完了とせず、フォローアップとモニタリングを継続することで、部下の成長を促進することができます。人を変えるためには、手間暇をかけ、あの手この手を尽くさないといけないのです。
フィードバックの根底に置くべき「肯定的な人間観」
ここまでフィードバックの基本の考え方とプロセスをご紹介しましたが、フィードバックは必ずしも万能ではありません。どんなにうまくフィードバックを行なっても、どうしても変わらない人はいますので、そういう場合は、配置転換、降格、退出などの「外科手術」が必要になります。
しかし、一回や二回のフィードバックで成果が出なかったからといって、安易に外科手術に走るのではなく、まずは相手の可能性を信じることが最も重要です。
松下幸之助は、「人を厳しくきたえ、育てることが大切なのも人間が本質的に偉大な存在であり、無限の可能性を内に秘めているからである」という持論を展開し、指導者が持つべき人間観について言及しています。
フィードバックはスキルだけ学んでも機能しない
昨今、フィードバックへの注目度の高まりと比例して、企業での講演会や研修が多くなっていますが、なかにはスキルだけに特化して数時間で学ぶというケースもあります。しかし、どんなにスキル・テクニックが向上したとしても、上司が否定的な人間観を持っているとフィードバックは機能しないでしょう。
人が育ちにくい時代の切り札として注目が集まるフィードバックですが、その肝となるのが肯定的な人間観なのです。
参考文献:中原淳著『フィードバック入門』(PHPビジネス新書)
出典:「衆知」2017年11-12月号(PHP研究所)
的場正晃(まとば・まさあき)
PHP研究所 人材開発企画部部長
1990年慶應義塾大学商学部卒業。同年PHP研究所入社、研修局に配属。以後、一貫して研修事業に携わり、普及、企画、プログラム開発、講師活動に従事。2003年神戸大学大学院経営学研究科でミッション経営の研究を行ないMBA取得。中小企業診断士。