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IGPI流 経営分析とは?~冨山和彦

2013年3月31日更新

IGPI流 経営分析とは?~冨山和彦

冨山和彦・経営共創基盤著『経営分析のリアル・ノウハウ』より、IGPI流の経営分析とはどういうものなのか、その一端をご紹介します。

美容部員の誇りと愛社精神

産業再生機構が保有していたカネボウ化粧品の売却先をめぐって、内外のメーカーやファンドがしのぎを削ったことがあった。その当時、世界的に有名な超一流コンサルティングファームのパートナーが筆者に対し、「カネボウ化粧品は販売チャネルが強い。花王は商品開発力はあるが、販売チャネルが弱い。だからこれ以上シナジーのある組み合わせはあり得ない」と熱弁を振るったことがあった。

さて、このパートナーの意見は正しいだろうか。

確かに制度品メーカー第2位のカネボウ化粧品は、7000人を超える美容部員を有している。彼女たちが全国をカバーして、対面で顧客に高級化粧品を販売する販売チャネルは実に強力。このチャネルに商品力のある他社の商品を流し、従来の売り上げに上乗せで販売できるならば、いわゆる「範囲の経済」が効いて、きわめて大きな経済的メリットを享受できる。いかにも頭のよろしい一流コンサルタントの考えそうなお話である。

しかし、実際にカネボウ化粧品を2年間にわたり経営してきた私たちの実感は、「それはあり得ない」というものだった。なぜか?

カネボウ化粧品の美容部員は、カネボウ化粧品という会社を愛し、仲間を愛し、自社の商品に誇りを持っている。だからこそ、業界水準としては必ずしも高い給料ではなかったにもかかわらず、あの大粉飾事件と経営破綻の中でも、他社の誘いを断ってカネボウ化粧品に踏みとどまって頑張ってくれた。

そして彼女たちの頑張りで、カネボウ化粧品の収益率は、再建期間の2年の間に大幅に向上していた。前に少し触れたように、制度品メーカーの場合、営業人件費の生産性向上により、大いに「規模の経済」が効いていったのである。

そこで、花王が買収したからといって、そんな彼女たちが、「はい、そうですか」と、翌日から一生懸命「ソフィーナ」などの花王の商品を売ってくれるか。それも従来の売り上げに大きく上乗せするほどの高いパフォーマンスまで上げてくれるか。

一度、百貨店の化粧品の対面販売の現場をのぞいてみればいい。もしチャンスがあれば、美容部員さんたちと一杯飲んでざっくばらんに話してみたらいい。よほど人間音痴でなければ、この問いに対する答えは明白である。

人間を観察し分析するしかない

販売チャネルの本質は、多くの場合、機械や設備ではなく、そこでものを売っている人間である。その人間性の現実を見つめなければ、範囲の経済や「シナジー」といった話は、単なる絵空事に終わる。

経営分析において、計数的なモデリングやシミュレーションを行うときに、絶対に忘れてはいけないのが、そこで置いている前提条件に人間的なリアリティーがあるか、である。このカネボウ化粧品の例は、その重要性を如実に教えてくれている。

もちろん当の花王自身は、さすがにそんなことは百も承知のうえで、カネボウ化粧品の企業価値を彼らなりにはじき、公正な入札を勝ち抜いて売却先に選ばれた。その後、やはり頭でっかちの某外資系アナリストが、「花王は、買収後のカネボウ化粧品とのシナジー実現に、時間がかかりすぎている」と、トンチンカンな批判を始めた。

しかし実際には、花王がカネボウ化粧品の企業価値の源泉である販売組織のデリケートさをよく理解しているからこそ、慎重に、物流や生産といったバックサイドの共通化から、買収後の統合を進めていったのである。

最も頻繁に語られる経営的幻想「シナジー効果」

M&Aにおいて、必ず「シナジー効果」(相乗効果、共有効果)という言葉が使われる。大企業が新規事業に乗り出すときも、既存事業との関係でかくかくしかじかのシナジーがあるからという話が出てくる。いわゆる戦略コンサルタントの人たちも、シナジーという言葉が大好きだ。

しかし、現実経営の世界で、そのシナジー物語が現実化することは滅多にない。すでに化粧品事業のM&Aに関する話で紹介した通り、シナジーの根拠になっている「範囲の経済」「規模の経済」は、そう簡単には効いてこない。そこに介在する人間のスキル、動機づけ、情緒といった問題や、一見、共通化できそうで、子細に見ていくと実に多くの調整要素があって調整コストのほうが共有コスト化のメリットを上回ってしまう問題がある。多くのハードル、障害がそこには待っている。

一時期、自動車産業の世界で、500万台クラブといって、一定規模に達しないと生き残れないと言われ、上位自動車メーカーの多くがM&Aに突っ走ったことがあった。ダイムラー・クライスラーの合併や、フォードによるボルボやジャガーの買収もそうした脈絡で行われた。曰く「プラットフォームの共通化」、曰く「部品の共通化」、曰く「販売チャネルの共通化」......しかし、ご存じの通りこれらのM&Aの結果は惨憺たるものだった。当時のM&Aの多くが解消か、すでに別の会社に事業を売却してしまっている。

M&Aが、本書で見てきたさまざまな勝ちパターンを実現する有力な手段のひとつであることは否定しない。私たちIGPIは経営コンサルタントやフィナンシャルアドバイザーの立場で、多くのM&A及び、M&A後の事業統合(いわゆるPMI)の支援に関わっている。産業再生機構時代は、41社の企業をわずか2年の間に買収し、買収後経営に関わり、さらにはその後に売却も行っている。大企業による新規事業の立ち上げ支援にも数多く関わってきた。

しかし、だからこそ、実感の問題として、いわゆるシナジーをM&Aや新規事業開発において実現することは、そう簡単ではないことがよくわかる。

こうしたシナジーは、M&Aや新規事業立ち上げによって自動的、機械的に生まれるものではない。事業統合する双方、母体企業と被買収側や、新規事業側の両方において、大変な経営努力を忍耐強く継続して、初めて実現するものなのだ。しかるべきマネジメント人材と、組織全体にシナジーによる全体最適を志向する強い意志がなければ、ほぼ間違いなく経営的幻想に帰するのが「シナジー効果」なのである。

そういう意味で、「シナジー効果」が実現できるか否か、そのためには何が必要かについては、実に詳細にわたる業務構造に対する理解と、組織と人材に対する深い洞察が必要となる。経営分析力としては、最高レベルの熟練が求められるのが、シナジー効果に関する分析なのだ。

経営において、数字を観察し分析することは、人間を観察し分析することと同義だ。生身の人間は、本の中にも、PCの中にも、スプレッドシートの中にもいない。経営分析者よ、"書を捨てよ、町へ出よう"(寺山修司)である。

<冨山和彦・経営共創基盤著『IGPI流 経営分析のリアル・ノウハウ』より>

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